シリーズファンBOX編

【ディスク1】更なる日常

「嫌だ嫌だ嫌だ! 絶対嫌だッ!!」

 ヤマネコかよってぐらい大きな黒猫の姿になった元猫騎士──ガブリエルが、全力で大暴れする。

 アタシは獲れたてのカツオを逃さないようにする漁師の如く、その体を抱いてなんとか踏ん張っていた。


 春の陽気が、築六十年の借家の開いた窓から吹き込んでくる。

 今日の天気は快晴だけど風がささやかで暖かい。上着がなくっても大丈夫そう。

 そんな麗らかな春の日の午前中に、アタシは大型猫と格闘していた。


「ハーネスを嫌がったのはガブリエルだろ!? じゃあクレートに入るしかないんだよ! お願いだから入ってくれよ! 手足を突っ張るな!」

 アタシは、大型犬用クレートの蓋を開けて、その中に元猫騎士ガブリエルの身体をなんとか捻じ込もうと躍起になる。

 しかし、クレートの入り口に四肢を踏ん張られてしまい、元猫騎士ガブリエルの身体をクレートに入れる事が出来ずに、さっきから延々奮闘しっぱなしだった。

「俺は分別ふんべつがあるんだよ! ハーネスを付ける必要もクレートに入れる必要もねぇよ!」

「お前に分別ふんべつがあるかどうかは関係ねぇんだよ! 動物病院に行く時はそうしておかないとダメなんだって! 待合室の他の人とか犬猫がビビるだろ!?」

「なんで動物病院なんだ!? 俺は動物じゃない!」

「動物だよ! どっからどう見ても猫だろうがッ!」

「健康だから病院行く必要もないだろ!!」

「あるよ! そろそろ五種混合ワクチン打っておかないと! あとマイクロチップもな!」

「マイクロチップ!? 俺を『ろぼっと』みたくする気かッ!?」

「ちっげぇよ! 身体に埋め込む迷子札だ!」

「俺は迷子にならない! ちゃんと自分で家に帰って来れるわ!」

「アホか! お前みたいな大型猫がその辺歩いてたら、保健所に速攻捕まるに決まってんだろ!! マイクロチップがないと処分されっぞ!?」

「そんな事になったらちゃんと言葉で説明する!!」

「馬鹿ッ!! 外で喋ってみろ!? 家に戻されるどころか研究所まっしぐらじゃ!!!」


 そんな言い合いをしつつ、押し問答&実際の押し合いをしていたが、元猫騎士ガブリエル全然諦めない!

 そろそろ疲れてきてしまい腕の力が緩んだ瞬間、アタシの腕からヌルリと脱出する元猫騎士ガブリエル

「絶対嫌だからなッ!!」

 アタシの方へと向き直り、やんのかスタイルを取ってそう吐き捨てた元猫騎士ガブリエルだったが──

「よし子の手をわずらわせるんじゃない」

 そんな声と共に、元猫騎士ガブリエルの両手両足がガバリと大きな腕に包み込まれる。

 王弟殿下イグナートだった。

 王弟殿下イグナート元猫騎士ガブリエルを抱え込んで動かなくしてくれた隙に、アタシはすかさずクレートを抱え上げる。

 そして王弟殿下イグナートがその中へと元猫騎士ガブリエルを押し込んでくれたので、すかさず蓋を閉じた。

「鬼! 悪魔!! ドS!!!」

「残念だったな。俺はドMだ」

 クレートの空気穴から罵詈雑言を吐く元猫騎士ガブリエルの言葉を鼻で笑い飛ばす王弟殿下イグナート

 ソレ言っちゃうんだ、自分で。


「こっちも準備できたよー」

 そんな声を振り返ると。

 居間の片隅で、小刻みなバイブレーションが止まらない茶色の大きな毛玉と、そこから伸びるリードを持ったエルフショタスヴェンがいた。

 茶色の大きな毛玉──一見、ゴールデンレトリーバーのように見える元犬司祭のラファエル。彼にはエルフショタスヴェンにハーネスを付ける事をお願いしたけど。

 ……見なかった、見なかったよ。彼の背中に足を置いて、まるで縛り付けるようにハーネスを取り付けていたエルフショタスヴェンの姿なんて。

「どうして……こんな酷い事をなさるんですか……」

 バイブレーションが止まらない元犬司祭ラファエルが、ショボンとした顔をこっちへと向けてきた。

「ラファエルは狂犬病ワクチンを打たないといけないからさ。マイクロチップはそのついで」

 元犬司祭ラファエルは姿が犬だから、自治体への届け出を行った。そしたら狂犬病ワクチンの通知が来た。そういえばやらないといけないな、と思い出して。

「あ、ラファエルはもっかい動物病院行くよ。一週間ぐらいあけてから、十種混合ワクチンね」

「ヒィっ……」

 アタシの言葉に、元犬司祭ラファエルは更に大きく身体を震わせて、部屋の角へと鼻先を突っ込んでしまった。


「さて、じゃあ車を回して来るから」

 アタシは肩を回してから自分のバッグを取る。王弟殿下イグナート元猫騎士ガブリエルが入ったクレートを抱え上げ、エルフショタスヴェン元犬司祭ラファエルのリードを引っ張った。

 が。

 元犬司祭ラファエルの身体はビクともしない。三十キロぐらいあるからなぁ。エルフショタスヴェンの力じゃ無理かな。

「ラファエル、そろそろ観念しな。行くよ」

 アタシがそう声をかけると、ピタリと止まるバイブレーション。

 彼の耳がピコリと動き、こちらへと向けられている事に気がついた。


「……聖女様……」

 くぐもった小声が、元犬司祭ラファエルから発せられる。

「ゲームの世界から出たから、もう聖女じゃねぇって言ったろ」

 アタシはげんなりとして言い返す。

「しかし聖女様……」

「だからソレやめろって」

 聖女とか言われると悪寒がするわ。

「聖女さ──」

「いい加減にしろ!!」

 それでもアタシを『聖女』と呼ぼうとする元犬司祭ラファエルを叱りつける。

 すると──


「わあ、コイツ、尻尾振ってらぁ……」

 パタパタとご機嫌に動く元犬司祭ラファエルの尻尾を見て、ウンザリという顔をするエルフショタスヴェン

 アタシも実は同じような顔をしてたと思う。

「そ……それではよし子様……ダメな私をののしって下さい……」

 ホラやっぱ来たァ……

 なんか知らんけど元犬司祭ラファエル、アタシに叱られたら怒られたりすると、喜ぶんだよなァ。

「やだよ」

 勘弁しろよ。ホント嫌。

 本気で嫌な顔をするが、それを見て更に尻尾の振りを激しくする元犬司祭ラファエル

 すると、元犬司祭ラファエルとアタシの間に、エルフショタスヴェンが視線を遮るかのように身体を捩じ込んで来た。

ののしられたいならボクがしてあげるって言ってんじゃん駄犬」

「やめて下さい! ののしられたいのはよし子様だからです! 貴方からののしられるなど! おぞましい!!」

「ハァ?! 何我儘ワガママぶっこいてんのっ?!」

我儘ワガママではありません! よし子様のののしりだから気持ち良いのです!!」

 ののしりが気持ちいいって言っちゃってるよ、この子。

 また変なのが家に来ちゃったなァ……


「みんな諦めるピュシャよ! 大人しく注射されて来るピュシャ!」

 そんな甲高カンだかい声で笑いながら何処からともなく現れ、私の肩にまったのは桃茄子ピエプ。姿は相変わらずピンクのインコだった。

 ケラケラと笑う桃茄子ピエプの身体を、ガシッと掴むアタシ。

「何するピュシャ?!」

 慌てて羽根をバタつかせて逃げようとするが、アタシは両手で優しく包み込んで離さない。

 鳥籠とりかごを持った白茄子エグプが居間へと入ってきたので、その鳥籠とりかごの中に桃茄子ピエプを突っ込んだ。

「お前も健康診断だ。アタシは鳥の飼い方とか分からないから、細かい話も聞かないといけないしな」

 鳥籠とりかごの中から脱出しようとバタバタ暴れる桃茄子ピエプに顔を寄せて、アタシはニヤリと笑った。

「助かったギョリュ。桃茄子ピエプは飛んで逃げるから捕まえられなかったギョリュよ」

 疲れた顔でそうため息をつく白茄子エグプ。ああ、桃茄子ピエプの捕獲をお願いしてたからな。追いかけ回して疲れたんだろうな。


「鬼! 悪魔!! 魔王!!! ピシャア!!!」

「ハイハイ、アタシはお前の世界を更地にした魔王ですよ」

桃茄子ピエプの罵倒だか悲鳴だかをアタシは聞き流す。

「よし、行くぞ」

 アタシは肩の鞄の位置を改めて直した。

 そして、それぞれを引き連れて玄関へと向かって行った。

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