【裏イベント6】世界の崩壊

 その場にいた三人が、何故かヒィッと小さく悲鳴をあげる。

 ああ──気が付いた?

 そうだよ?

 その通りだよ。


「世界を更地にしてゼロに戻してから、全てをやり直そうか。こんな無理矢理選択させるような歪んだゲーム世界を壊して、ゼロからアタシの望みのままの世界に作り替えるよ」

「魔王の所業!!!」

 アタシの言葉に、悲鳴のようなツッコミを入れる桃茄子ピエプ

「だから言ったじゃん。なんで『凄い力を持った転移者が国を助けてくれる』って何でナチュラルに思い込んでんのって。

 なんでアタシが、お前らのいう通りに行動すると思ってんの?」

「でもピュシャっ……」

「騎士か司祭を選んだから? 世界を救ってと言われて『はい』と答えたから? 世界の復興をお願いされて『やるよ』って答えたから?」

「そ……そうピュシャ……」

「でも、その内容や方法については何も言及されていないよね?」

「それ……は……ピュシャ……」

 桃茄子ピエプが言葉に詰まる。


「幸い、アタシは生身なの。選択肢を選ばされたからといって、行動まで制限を受けてるワケじゃないんだよね。

 だから、アタシは好き勝手する。この狂った乙女ゲームの世界を、壊して、あげるよ」

「やめるんだ聖女ッ!」

「やめてください聖女様!!」

 アタシが腕をゆっくり広げると、それを止めようと猫耳騎士と犬耳司祭が一歩前へと出てこようとする。

 それを顎を引いて上目遣いに睨みつけると、体をビクリとさせて足を止めた。


「じゃあ、さようなら」

 アタシは窓の方へも向き直る。

 そして頭の中で考えた。


 このゲームの世界、魔法の扱いが雑だった。

 覚醒する為には『覚醒』って叫ぶだけだった。

 つまり。

 世界を更地にしたいなら、そう、ただ言葉にすればいいだけなんだろうな。


 アタシは息を深く吸い込む。

 そして口を開いた。

「世界よ!」

 その瞬間、アタシの身体のどこか分からん所から光が溢れてくる。

 自分が発光体になるって貴重な体験だなぁ。

「更地に──」

 言葉を続けると、光が段々と強くなっていく。

「なれェ!!!」

 そう言い切ると。


 部屋中が光で満たされる。

 その光が世界へと広がっていき、真っ白に染め上げていく。


 そして──


 アタシは意識を失った。


 ***


「いてっ!!」

 デコに痛みを感じて思わず叫ぶ。

 目の前が光った気がする! 火花が飛んだ気がする!!

「まだ寒いから、こんな所で寝てたら風邪引くよ?」

 痛い額を手で押さえて目を開けると、手を引っ込めるエルフショタスヴェンの姿が目に入った。


 気づくと、アタシは居間の座椅子に座り、真っ白な映像を延々映し出すテレビの前にいた。

 このデコの痛さは……さてはエルフショタスヴェン、デコピンしたな?!

 痛む額をさすりながら、アタシはボンヤリした頭で考える。


 あ。

 そうだ。

 さっきまで変なゲーム世界にいたんだった。

 でも今は──築六十年の借家の居間にいる。

 って事は!

「戻って来れた!!!」

 アタシはその場に膝立ちしてガッツポーズをキメた。


「戻って、これた? って事は、よし子……また──」

「大丈夫! 今回はお持ち帰りエンドじゃないし、帰還魔法陣とかも使ってないから!!」

 ちょっとゲーム世界をぶっ壊そうとしたけど、まぁそれぐらい許されるよね! 現実世界に帰って来る為だもん!

 ゲーム世界に転移してたのは、もうマジ勘弁してくれよって感じだけど、戻って来れたし、誰も連れ帰ってないんだから、まぁヨシとしよう。


 もうあんなゲーム世界の事は忘れたい。そう思ってゲーム機本体のスイッチを切ろうとしてふと気づく。

 そういえば、さっきからテレビ画面が真っ白なままだ。前までは、ゲームのスタート画面が表示されたりしていたのに。

 アタシはまさか、と思いながらも、コントローラーの決定ボタンやキャンセルボタンを押す。

 しかし、画面は真っ白な状態から変化しなかった。


 ……。

 ゲーム世界を全部ぶっ壊して更地にした、と、思う。めっちゃ光ってて状況は見えてなかったけれど、多分、魔法は発動して実行されたんじゃないかなぁ。

 もしかして、アタシ、本当にこのゲームを壊してしまったんじゃ──


 ま、いっか。

 こんなゲーム、もう金輪際やらん。ゴミ箱へ真っすぐダンクシュートじゃ。


 アタシは問答無用でゲームスイッチを切り、座椅子から立ち上がった。

 腰を伸ばして肩を回して、最後に両腕を真上にあげてウーンと伸びをする。

 そして、自分の部屋の方へと足を向けた。


「あれ? もう寝ちゃうの? 今日は早いね」

 アタシの背中に、エルフショタスヴェンがそんな声を掛けて来る。確かに、時計を見たらまだ二十時ぐらいだった。

 そうそう、今日は久々早く帰って来れたから、ゲームしようと思ってたんだよ。

 ……やらやきゃ、良かった、な。

「今日はなんだか疲れたから早く寝るよ。スヴェンは今日は起きてるの?」

 彼はいつもなら太陽と共に活動してるから、夕飯も食べ終わって暫くしたこんな時間に、まだ居間にいるのは珍しい。

「あー、今日は見たい映画がテレビでやるから、オンタイムで視聴したかったの」

 なるほど。いつも二十一時からやる映画だね。

 アタシはいつもその時間には家にまだいないので、あの番組はいつも録画予約して撮り溜めておいて、土日の時間ある時に見ていた。


 テレビの映画をオンタイム視聴、か。

 なんか、贅沢だなぁ、オンタイムで見れるって。

 普段絶対に出来ない事の誘惑に後ろ髪引かれながらも

「じゃ、アタシはもう部屋に引っ込む。おやすみー」

 エルフショタスヴェンにそう手を振って、自分の部屋へと戻って行った。


 しかし……

 お持ち帰りエンドじゃなくて、本当に良かった。

 これ以上扶養家族が増えたらたまったモンじゃない。戸籍を作った影響で、支払わなきゃいけない税金も増えたしさ。

 白茄子エグプ金茄子ゴエプ商人息子ナーシルが、免許取りたいって言ってたから、その費用も捻出ねんしゅつしなければならない。


 あー、でも。

 戸籍が出来たことにより、商人息子ナーシルは転職を考えてるみたい。ハローワークの職業訓練に申し込んでいたし、王弟殿下イグナートも資格を取る為の勉強を始めていた。なるべく自分にかかる費用は自分で捻出したいからって。今までのおんぶに抱っこの状況、あんまり良く思ってなかったんだなぁ。

 ま、稼げる金額が増えれば生活が楽になるかもしれないし、もしかしたら独立してその分生活費が減るかもしれないし。


 もう少しの辛抱だ、頑張ろう。


 アタシは自分の部屋の扉を開いて部屋の隅に鞄を投げると、ベッドの上にひとまず腰掛けてから電子タバコのスイッチを入れ──

 あ、やめよう。

 ゲーム世界で、バカスカ煙草を吸ってしまった。また今から減煙を再開しようっと。

 これも、健康になる為だ、ウン。


 アタシは電子タバコをベッドサイドのテーブルの上へと置いて、よっこいしょとベッドの上に横に──


 ぐにゃっ


「何っ?!」

 何か柔らかいモノが手に当たったので、ビックリして手を引いた。

 もしや、また金髪王子ハルトがアタシのベッドに無断で潜り込んで寝てんのか?!

 アタシは立ち上がってベッドを見下ろし、掛け布団をガバリとまくり上げた。


 そこには──


 ***


「今の悲鳴は何ギョリュ?!」

「大丈夫ヌミョか?! よし子!!」

「緊急事態かっ?!」

「よし子どうしたのっ?!」

 私の悲鳴を聞きつけた白茄子エグプ金茄子ゴエプ金髪王子ハルトエルフショタスヴェンが、バタバタという慌てた足音を立てながら、アタシの部屋へと駆け込んで来た。


 そんな中でアタシは──


 のし掛かられた大型犬にベロベロと顔を舐められつつ、普通の猫より随分大きな黒猫にゴロスリゴロスリと身体を擦り付けられていた。


 な……なんでアタシのベッドに犬と猫がいるんだ?!

 アタシは訳もわからず混乱した頭で、ただひたすら猫と犬にされるがままになっていた。


「よし子、その犬と猫は?」

 金髪王子ハルトにそう問われたが

「知らないよ! アタシのベッドで寝てたんだよ、この子たちが……」

 全く状況が理解できず、アタシはそう返答するしか出来なかった。

「スヴェンが拾ってきたギョリュか?」

「えー、ボクじゃないよ! 拾って来る可能性が高いのは、よし子じゃん!」

「確かにヌミョ」

「あ……アタシじゃないよ?! 今この状況で、犬猫の終生飼育なんて保証出来ないし!」

 しっかり面倒見れないなら拾って来ないよ!


「もしかして、何処かの飼い犬と飼い猫が、迷い込んで来たのかもしれないな」

 金髪王子ハルトが腕組みしながら、そうフムと結論づける。

 確かに、この家は誰かが起きてる間は窓に鍵がかかってなかったりする。気づかず微妙に開いてた窓があって、そっから入ってきたのかもしれない。

「あー、そうか。だとしたら、警察に連絡しなきゃな。迷い猫、迷い犬の届出が出てるかも」

 アタシは大型犬と猫の首筋を両手で撫でながら、どうやって警察に連絡すればいいのかと思案した。

 一一〇番? 緊急じゃないのにその番号にかけていいのかな──


「聖女ッ! 俺は迷い猫じゃないぞ!」

「聖女様! 私もです! 私の伴侶は貴女しか有り得ません!」

 ……。

 …………。

 ………………。

 い、今、なんか、き……聞き覚えのある声が、したような、気が、しなくもなくもなくもないんだけど……?


 しかし、視線を巡らせ自分の部屋を見回しても、その声の主らしい姿は見えない。


「ま……まさか……」

「そのまさかピュシャね」

 アタシの震える声に被せてきた、聞き覚えのある語尾。

桃茄子ピエプ?!」

 アタシは声の主を探す。しかし、その声の主と思しき姿も見えなかった。

 アタシがキョロキョロしていると

「ここピュシャよ」

 そう言いつつ、アタシの目の前──の、大型犬の頭に、ピンク色のインコがフワリと着地した。

「桃色の茄子の妖精──ピンクエッグプラント、ピエプだピュシャ!」

 その小さなクチバシから、そんな流暢りゅうちょうな日本語が垂れ流された。

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