【裏イベント5】選択のその後

「俺を選んでくれ、聖女。お前を必ず守る」

 そうアタシに向かって手を伸ばすのは──猫を思わせる縦に切れた瞳孔と金色の瞳。ツヤがあり輝くような黒髪と、猫科を思わせるピンと立つ耳。少し浅黒な肌は筋肉質でいてしなやか。黒くて真っすぐで長い尻尾が、アタシを誘うかのようにユラユラと揺れていた。


 かたや。


「聖女様。私を……貴女のおそばに置いてください。何があっても、貴女のおそばを離れません」

 ゆるゆると手を差し伸べたのは──若干カールしたフワフワの金髪をボブにまとめ、透き通ったみどりの瞳の美しい青年。司祭という割には筋肉質で引き締まっている。白い肌をほんの少しピンクに上気させ、懇願するかのような困り顔で真っすぐにアタシを見上げつつも。フサフサの尻尾をパタパタと振っていた。


「さあ、選ぶピュシャ」

 二人を交互に見つめていたアタシの背中を、桃茄子ピエプがゆっくりと押す。

 一歩前へと進まされた私は、一度自分の右てのひらを見つめる。

 それをグッと握り締め、アタシは──


「え、どっちも嫌なんだけど──」

 ズガァアアアアアアン!!!


 拒絶のセリフと吐くのとほぼ同時に、物凄い雷鳴が轟いた。

「……申し訳ないピュシャ。返答が聞こえなかったピュシャ」

 アタシの右斜め上辺りをフヨついていた桃茄子ピエプが、真剣な顔つきのままそう謝罪した。


「さぁ、選ぶピュシャ」

 さっきと同じ口調、同じ声、一言一句同じ言葉を再度吐く桃茄子ピエプ

「だから、どっちも嫌──」

 ズガァアアアアアアン!!!

 アタシも全く同じ事を言おうとしたら、再度雷鳴が轟き渡る。

「……申し訳ないピュシャ。返答が聞こえなかったピュシャ」

「どっちもい──」

 ズガァアアアアアアン!!!

「……申し訳ないピュシャ。返答が聞こえなかったピュシャ」

「両方い──」

 ズガァアアアアアアン!!!

「……申し訳ないピュシャ。返答が聞こえなかったピュシャ」

「いや、あの──」

 ズガァアアアアアアン!!!

「……申し訳ないピュシャ。返答が聞こえなかったピュシャ」

「待って、あの──」

 ズガァアアアアアアン!!!

「……申し訳ないピュシャ。返答が聞こえなかったピュシャ」

「あのさ──」

 ズガァアアアアアアン!!!

「……申し訳ないピュシャ。返答が聞こえなかったピュシャ」

「そうじゃな──」

 ズガァアアアアアアン!!!

「……申し訳ないピュシャ。返答が聞こえなかったピュシャ」

「……」

 ズガァアアアアアアン!!!

「……申し訳ないピュシャ。返答が聞こえなかったピュシャ」

「何も言ってねぇよ」

 ズガァアアアアアアン!!!

「……申し訳ないピュシャ。返答が聞こえなかったピュシャ」

「聞く気がねぇのか」

 ズガァアアアアアアン!!!

「……申し訳ないピュシャ。返答が聞こえなかったピュシャ」

「どういう状況──」

 ズガァアアアアアアン!!!

「……申し訳ないピュシャ。返答が聞こえなかったピュシャ」

「ええ加減にせぇよお前ら!」

 ズガァアアアアアアン!!!

「……申し訳ないピュシャ。返答が聞こえな──」

 桃茄子ピエプが全部言い切る前に、アタシはその低反発の身体を両手で引っ掴んで縦横にグイングインを揉みしだいた。

「何回やらせるんだよこのやり取り!」

「ユ……ユーが騎士と司祭のどっちかを選ぶまでピュシャ……」

 縦横にグイグイ揉んでると、気のせいか段々桃茄子ピエプの身体が更に柔らかくなってきた気がする。


「まぁ……薄々そんな気はしてたんだけど、さ」

 アタシは、柔らかくなって茄子の形というより完全なる球体になった桃茄子ピエプの身体から、そっと手を放してあげた。

 力なくヨレヨレと空中へと戻って行く桃茄子ピエプ

「わ……分かってくれたピュシャ……?」

「ああ、分かったよ」

 アタシは部屋の片隅に置いてあった鞄の方へとゆっくりと近寄ると、それを拾い上げて肩にかける。

 ポケットから電子タバコ本体を取り出し、そこに煙草を差してスイッチを入れた。


 暫くして煙草の水蒸気を深ァーく吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。

 そして、薄く、ほんの薄くだけ、唇の片方を少し持ち上げて笑った。

「そうだなァ。アタシは猫も犬も好きだけど……今回は、犬を選ぼっかなァ」

 ゆったりとそう答えると、桃茄子ピエプがヨッシャ! と存在意義が希薄な短い腕を天へと掲げる。

 尻尾をユルユルと下げ、イカ耳にしてあからさまにガッカリと肩を落とす猫耳騎士とは反対に、耳をピンと立てて千切れんばかりに尻尾をブンブン振って喜びの表情をする犬耳司祭。


「って事は、ユーは世界を復興させてくれるピュシャ?!」

「うん。やるよ」

 桃茄子ピエプの言葉に、アタシは煙を吐き出しながらニッコリしてうなずいた。

「よしピュシャ! そしたら我々は邪魔だピュシャね! あとは若い者同士で親交を深めてもらうピュシャよ!!」

 新円の体をブルンブルンと震わせた桃茄子ピエプが、いつの間にか部屋の片隅で膝を抱えてうずくまる猫耳騎士の肩をポンポンと叩く。

 彼を立たせて部屋の扉の方へとユルユルと近寄って行った。


「聖女様……っ!」

 感激に打ち震えている、といったテイの犬耳司祭が、腕を広げてアタシを抱き締めようと近寄ってきた。

 なのでアタシは──

「あ、朝には迎えに来るピュシャよ! その時にでも、今後の世界復興の方法を──」

 桃茄子ピエプが扉から出る直前、最後の説明を、といった感じ振り返った時。

 その動きをビシリと凍らせた。


「な……何してるピュシャ?」

 アタシの行動を、信じられない、といった声音で問いかける桃茄子ピエプ

「え? いや。犬にはまず序列を教えないといけないでしょ? どっちがボスなのか、ちゃんと教え込まないと」

 アタシは、床の上に四つん這いになった犬耳司祭の背中を踏んづけていた。

「せっ……聖女様ッ……」

 四つん這いにさせられた犬耳司祭は、オロオロとしながらも小さく問いかけてくる。

「黙れ犬耳。誰が吠えていいと言った」

「キュウン……」

 ビシリと返答すると、犬耳司祭の耳がイカ耳状態になる。が、何故か尻尾はブンブンと振り続けていた。


「想定外のしつけ方法ピュシャ! ラファエルはユーの伴侶はんりょになるんだピュシャよ!?」

 シャッとこちらへと飛んできた桃茄子ピエプが、アタシの顔に若干めり込みながらそう叫んだ。

 ベリッと桃茄子ピエプを顔面から剥がしたアタシは、ぽいっとその辺に桃茄子ピエプを捨てる。

「うるせぇ。朝チュンで濁されるなら、濁された最中に何がされてても問題ないだろうが」

「確かにプレイの内容に言及はされていないピュシャがっ……」

 ベッドの上にポインポインと跳ねた桃茄子ピエプは、転がりながらもそう不満の声をあげた。

「それが伴侶はんりょにする所業ピュシャか!?」

 そんな桃茄子ピエプを見下ろして、アタシはニヤリと笑って見せた。

「ああ。だって、伴侶はんりょにしねぇもん」

「何言ってるピュシャ!?」

 アタシの返答に、桃茄子ピエプがガバリと起き上がる。

「でも、さっき、ラファエルを選んで──」

「ああ。どっちか選べって言われたから選んだよ? でも、伴侶はんりょにするとは言ってねぇ」

 そう吐き捨てて、アタシは吸い終わった煙草を鞄の中へとしまいこんだ。

 そして、何故かさっきから尻尾が止まらない犬耳司祭の背中から足を下ろす。

 アタシの足が背中から離れた瞬間、床へとベシャリと突っ伏す犬耳司祭のその身体は……小刻みに震えていた。

 見なかった事にした。


 扉の所でさっきまでガッカリ、といったテイだった猫耳騎士が、耳と尻尾をピンと立ててガバリと振り返る。

「じゃあ俺を──」

「黙れ猫耳。誰が喋っていいって言った」

 何かを言い募ろうとした猫耳騎士を速攻で切り捨てる。

 彼はふにゃあと言いながら動きを止めて座り込み、パタパタと不機嫌そうに尻尾を動かしていた。


 アタシは凝った首をコキコキ鳴らしながら、大粒の雨が打ち付ける窓の方へと近寄っていく。

 手首をほぐして指を鳴らしてから、窓の鍵を開けて開け放った。

 その途端、猛烈な風が部屋の中へと吹き込んでくる。激しい雷鳴が聞こえつつ、雨がアタシの顔を打ち付けてきた。

「な……何をするつもりピュシャ?」

 そんなアタシの背中に、桃茄子ピエプが恐る恐る声をかけてきた。

 なのでアタシはゆっくりと振り返り

「……世界を、復興させるんだよ?」

 優しくそう、微笑んだ。

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