【イベント4】究極の選択

「ラファエル……ここで何をしているんだ?」

「ガブリエル様こそ。そのような、枕など持って……」

 扉から入ってきた猫耳騎士は、ベッドの上に転がる犬耳司祭を少し厳しい目でジロリと睨みつける。

 犬耳司祭の方も、シーツを持ったまま体を起こし、猫耳騎士を不敵に笑った顔でめ上げた。

 嫌な予感しかしないアタシは、二人から離れて壁に背をあずける。出来るだけ存在感を消した。

 痴話ちわ喧嘩げんかおぼしき物に巻き込まれるいわれはない。


「お前は神に仕える身だろう。そのような恰好で聖女の前に現れて、どういうつもりだ」

「ガブリエル様こそ、清廉潔白である必要のある騎士というご身分のハズ。なぜ聖女様のご寝所に」

 二人とも、少し声を厳しくして相手に対して言及する。一歩も引かない。

「俺は……この激しい雷に聖女が怯えているのではないかと心配になって見に来たんだ。お前はどうなんだ」

「私は、魔王との激しい戦いで心と体に傷を負ったであろう聖女様を慰めに参りました」

 何適当な事ぶっこいてんだよコイツ等。さっき言ってた事と全然違うじゃん。

 雷怖いって言ってたの、猫耳騎士だっただろうが。

 暗いの怖いとか言ってたの、犬耳司祭だったろうが。

 こっちの母性本能くすぐろうと思ってた下心、駄々洩れだったぞ。金髪王子ハルトエルフショタスヴェンだってもう少し下心隠すの上手いわ。

 それに残念ながらアタシは、それで『あらまぁ可哀そうに!』と思うような慈愛に満ちた感性は持ち合わせていないしな。

 子供じゃねんだから自分でなんとかせぇ、としか思わん。


「ラファエル……そんな事を言って、聖女の寝所に夜這よばいをかけにきたか、とんだ聖職者め」

「それはこちらのセリフですガブリエル様。こちらの世界へいらっしゃったばかりの聖女様を篭絡ろうらくしに来ましたか」

 存在感を消してるおかげか、二人はアタシの方に目もくれず視線をぶつからせてバチバチいわせている。

 さっきから『夜這よばい』とか『篭絡ろうらく』とかって不穏ふおんなワードが飛び交ってるけど、このゲームホントにコレで『恋愛要素少ない』のかよ。マジで世の中、アタシが知ってるより刺激的になってきたんだな。それともアタシが年取っただけか?


篭絡ろうらく、とは……はっ。笑わせる。ラファエル、お前のその丁寧にみせかけた口調と媚びた態度。前々からいけ好かないと思っていた」

「言わせてただきますがガブリエル様。あなたこそ、その強引な態度で聖女様を自由に出来るとお思いで? 誰しもが強気な態度がお好きだとは限らないのですよ?」

 丁寧な口調と媚びた態度──ああ、なんか。そうそう。ワンコみたいだな、と思ってた。例えるならゴールデンレトリーバーね。

 かたや強気な態度っていうのは、ニャンコっぽい。自分が可愛い、愛されてると信じて疑わないニャンコね。勿論嫌いじゃない、そういう猫も。


 ただし。

 嫌いじゃないのは犬、そして猫の話であって、そういう人間には一mgも興味がない。人間は人間らしく自立していて欲しい。


「聖女を守るには、俺のような人間の方がいいんだ。お前じゃ無理だ、帰れ」

「貴方こそお帰りください。聖女様を癒すには私の方が適しています」

 どっちも帰って欲しい。さっさと。


「二人とも、バチバチピュシャね。聖女様はモテモテピュシャ」

 そんな甲高カンだかい声がすぐ隣から聞こえてきてギョッとした。

 驚いてそちらを見ると、いつの間にか戻ってきたのか、ビショ濡れの桃茄子ピエプが私のすぐ隣に、フヨフヨ浮きながらウンウンうなずいていた。

「どうやって戻ってきたんだよ桃茄子ピエプ! 窓は閉じた後鍵かけたハズだぞ!?」

「城の入り口へと回って普通にそこの扉から戻ってきたピュシャ」

「早くね!?」

「直線では音速超えたピュシャ」

「音速超えるナビキャラって何!? そこはホラ、不思議な力で転移してきたとかさ!」

「音速出した方が楽なんだピュシャ」

「そうなの? そんなもんなの? …………音速のが、楽???」

 このシリーズのナビキャラって、もうなんかよく分からない。なんでナビキャラにこういう属性とかスキルつけてんだろ。ナビキャラが高機能って意味分からん。


「それよりピュシャ!! 酷いピュシャ! 雷鳴轟く外に突然放り出すとか!!」

「だってウルサイんだもん。その妙に甲高い声もちょっと苦手」

「この体に合った声だピュシャ!? このピンクの愛らしい可愛い茄子の妖精で、どこぞの渋面しぶメンハリウッド俳優みたいなダンディ声だったら違和感バリバリピュシャ!」

「確かに……

 ──待て! その手には乗らんぞ!? お前のその声、絶対声優さんが裏声だかなんだかで無理矢理出してる声だよ! 白茄子エグプ金茄子ゴエプもそうだったもん!!」

「そこ気づいちゃダメピュシャ! そういうのはスタッフロール見て『あの人だったんだ!』とニヤニヤ後から楽しむ事だピュシャ!」

「スタッフロールとか言うな! ちょっとぐらいそのメタさ隠せよ!!」

「今さらそれ言うピュシャ!? 最初っからメタ会話全開だったピュシャに!?」

 確かにな!!

 そういえば。ゲーム中の白茄子エグプ金茄子ゴエプの変な声、あんまりよく覚えてないなぁ。あの大御所声優さんたちの裏ダミ声、よくよく考えると貴重だったなぁ。もっとちゃんと聞いておけばよかった……


「聖女!」

「聖女様!」

「はいぇ!?」

 突然呼ばれて、アタシは反射的に返事をする。

 やば。聖女って呼ばれて返事しちゃった。暗に自分を聖女だって認めてる感じがして、なんか嫌だなぁ……

 声の主──黒髪猫耳騎士と、金髪犬耳司祭が、二人で真剣な目でアタシの事を見据えていた。あ、どんな感じの話になったんだろ。途中から桃茄子ピエプと話してて全然聞いてなかった。


「我々のどちらを選ぶ!?」

「は!? 何の話!? どんな選択肢!? なんでその二択!?」

 なんで突然、騎士と司祭のどっちかを選ぶ感じになってんの!?

 二人の話合いがどうしてそんな方向に転がってんだよ!?

「知らなかったピュシャ? この序盤で二人のどちらかを選ぶんだピュシャ。選んだほうが当初の伴侶はんりょとして、復興作業を二人で進めているピュシャよ」

伴侶はんりょ!? 選ばせんの早くね!? どっちの人となりも分からないんだけど!?」

「安心するピュシャ。選ばれなかった方は、あとから再度出てくるピュシャ。そして、伴侶のあずかり知らぬ所で絆を深める事により、ちょっとした浮気関係を楽しめるようになってるピュシャ」

「ハートフル!! ハートフル!!! このゲームに冠した『ハートフル』を全面否定してるよその流れッ!!!」

「正式な婚姻関係を結ぶワケじゃないから大丈夫だピュシャ。ただ既成事実作るだけピュシャ」

「既成事実つった!!」

「心配ないピュシャ! ゲームでは朝チュンで濁されるピュシャ!」

「アタシこのゲームに生身で登場しちゃってるんですけど?!」

「なら仕方ないから普通にヤラれろピュシャ」

「ヤラれろとか今言ったか?! 全年齢乙女ゲームの分際で!!!」

「大丈夫だピュシャ!

 最初の肉体関係を貫き通すのか、後から肉体関係を深めた方に鞍替えするのか、ドキドキの選択が楽しめるピュシャよ」

「肉体関係とか生々しい単語使うなや!! スローライフが聞いて呆れる! どんなドロドロ人間関係を展開させるつもりだよ!! 心休まらねぇよ!!!」

 ただでさえ、家で六人の顔だけ男たちが、ウザい性的好意を向けてきてウンザリしてるってーのにッ!!

「スローライフさせてくれよ! 心穏やかにゲームさせてくれよォ!!」

「心穏やかにラブラブすればいいピュシャ」

「背徳関係がチラチラしてる所のドコで心穏やかにいろってんだよ! コレのどこが恋愛関係だゴラァ!!!」

「行為そのものを描写しないから恋愛関係だピュシャ」

「そういう意味での恋愛関係なの?! いにしえの乙女ゲームが裸足で逃げ出すなチキショウめがッ!!!」

 古き良き乙女ゲームカムバック!


 嫌な選択肢を突然目の前に突きつけられ、アタシは応える事が出来ずに奥歯をギリリと噛み締めることしか出来なかった。

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