【イベント3】寝室訪問イベント

 コンコンコン


 扉がノックされる。


 コンコンコン


 ずっとノックされる。


 コンコンコン


 ──これ、反応しなきゃまた延々続くのかな?


 コンコンコン


 なかなかしつこいな。

 普通、これだけ無視したら諦めないか?


 コンコンコン


 手、痛くならんのかな?


 コンコンコン


 まぁそんなの私が気にする事ではないか。

 無視して寝よう。


 コンコンコン


 そういえば部屋にワインバーがあったから、そっから何本か失敬して浴びるように飲んで寝ようそうしよう。


 コンコンコン


 あんまりお酒強く無い事が幸いだ。多分一本空ける前に泥酔でいすい出来て寝れるだろうし。


 コンコンコン


 でも、ワインあんまり好きじゃ無いんだよなぁ。ビールだったら良かったのに。


 コンコンコン

 バタン!


 扉が勝手に開いた!!

「なんで触ってすらいねぇ扉が勝手に開くんだよ! 木製で観音開きの自動ドアとか聞いた事ねぇぞ?!」

「だからイベントは無視出来ないって言ったピュシャよ。諦めるピュシャ」

「何なのこのユーザー置いてきぼり感満載なゲームは!」

「奥手なユーザーにもイチャラブイベントを楽しんで貰う為の親切設定だピュシャ」

「そういうのは親切って言わん!!」

「そうピュシャ?」

「そうだよ! 選択肢あってこそだろ?! ホントに嫌かもしんないじゃん!

 ってかこのゲーム、『恋愛要素、少し』じゃねぇの?! 夜の寝室に強制突入はどうなん?!」

「最近は多少の恋愛要素ではみんな動じないピュシャ。これぐらいはまだまだ序の口だピュシャ」

「みんな刺激に鈍感になってる!!」

「だからこれはもはや普通の事だピュシャ」

「強制突入が?! 選択無視が?! 人間の尊厳は?!」

「ないピュシャ」

「なにげに酷い!」


 私と桃茄子ピエプが言い合いをしている間に、扉の前に立っていた男性がスルリと入ってきて静かに扉を閉めた。

 首痛めたの? という感じで首に手を添えた、さっきガブリエルとか呼ばれていた、黒髪猫耳騎士。

 今は鎧は着ておらず、緩いチュニックの胸元をガバァと開けた姿。下も木綿と思われる緩いズボンで、横からスラリと長い黒い尻尾が覗いてピコピコ動いていた。なんで裸足?

「せ……聖女。ちょっといいか。実は……眠れなくて……」

 少し照れた風の潤んだ瞳で私を上目遣いに見上げた黒髪猫耳騎士は、どんだけ首痛いのってぐらいに首をさすって小声で呟く。


「雷怖いとか言うんだろ。耳栓──いや、その耳なら帽子で充分か。ナイトキャップかぶってアイマスクして布団被って羊数えて寝ろ。ハイ、おやすみ」

 私は猫耳騎士の肩を押して、素早く扉を開いてその向こうに押しやった。

 バタン。ガチャリ。

 扉を素早く閉めて、ついでに鍵もかけたった。


 何事もなかったかのように、私は手にした電子タバコから、改めてゆっくり煙を吸い込んだ。


「雷怖がる人間にする仕打ちじゃないピュシャよ!」

 猛烈に抗議の声を上げてくる桃茄子ピエプ。私が吸っていた煙草を取り上げて床へと叩きつける。

 やめろ!! 電子タバコだから本体は精密機械!!

 アタシは慌てて電子タバコを拾い上げて、スイッチ等を確認する。ああ良かった。壊れてない……この野郎。煙草吸えなくなったらマジで大暴れしてやるぞ……ッ

「だってこの城、石でできてんだろ?! 落雷したって感電しねぇから大丈夫だよ!」

「そうじゃないピュシャ! そこは照れつつも迎え入れてどこからともなくホットミルクでも淹れてあげるのが淑女のたしなみだピュシャよ!」

「淑女は! 今日初めましての男性を! 寝室に入れない! ホットミルクでも淹れてって、それを作る為の機材が何もない部屋でどうやって用意すんだよ!? 空中からマグカップと暖かい牛乳でも出せってのか!? ご都合主義すぎんだろ!」

「選ばれし聖女様なら、そんなのちょちょいっと出せるピュシャ! そこは主題じゃないから流すピュシャ!」

「流せるかボケ! 魔法でなんでも出来るとしたら、この世界の法則カオスすぎるだろうが!」

「ゲームの世界に法則なんであってないようなモンだピュシャ!」

「『世界観』というフィクションであっても大切な要素を雑に扱うなや!!」

「エロの前ではそんなもの邪魔なだけピュシャ!」

「エロって言った! 恋愛要素が聞いて呆れるわ!

 そうだよ! アイツなんで無駄にあんなに胸元開けてんだよ! この国の立派な騎士様だろ!? あんなあられもない姿でしかも裸足で歩いてたら、城内騒然だろが!!」

「みんなちゃんとスルーするから大丈夫だピュシャ! そこらへんは完璧だピュシャ! 例え玉座でヤッたところで皆んな気づかないフリしてくれるピュシャ!」

「例えが! グロい!!」

「それが親切設定だピュシャ!」

「親切の意味履き違えてね?!」


 桃茄子ピエプは、尚も食い下がる私を無視して扉の方へと近寄ろうとする。

 そうはさせるか!!


 私は桃茄子ピエプのその低反発で生暖かい身体を鷲掴みにすると、部屋の中をダッシュで横切って、速攻で雷雨吹き荒れる窓の外へと投げ捨てた。

 ヨシ。これでウルサイのは全部消えた。

 ワイン飲んで寝よう。


 そう思い、体の向きを変えた瞬間。


「聖女様……私、暗いのが……実は苦手なのです……」

 私のベッドの上に、フワフワのボブをしどけなく乱れさせ、その隙間から犬耳をピコピコさせた──最初司祭のような格好をしていた男性が、寝そべってシーツを掻き抱いていた。フサフサの尻尾をゆったりパタパタ振っている。

 なんでか知らないけど、ホントなんで上羽織ったシャツの前全開にしてんのッ!? 下は履いてるけど、なんで腰骨丸出しの腰パンなのッ!? なんでそんなに無駄に腹筋見せつけるような恰好してんの!? 司祭って神に仕える職業じゃないの!? その恰好は結構アウトだと思うんだけど、どうなの!?

 しかも──

 いつの間に侵入された?!

 気配がしなかったぞ?! 職業司祭じゃなくて暗殺者の間違いじゃね?!


「聖女、お願いだ。一緒に──」

 タイミング悪く、扉から再度、どっから持ってきたのか枕を抱いた猫耳騎士が入ってくる。

 鍵どうした?! かけたハズやぞ?! まさか、ピッキング?! 騎士にあるまじきスキル!!


 二人の動きがピタリと止まった。

 扉の前に呆然と立ち尽くす猫耳騎士。

 ベッドの上でビックリ顔の犬耳司祭。

 お互いがお互いを凝視していた。


 なんだか修羅場の予感しかしないその場で、私はどうしたらいいのか分からず、立ちすくむしか出来なかった。

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