『ハートフルケモライフ』編

【イベント1】プロローグイベント

「もう、魔王に立ち向かう為の手立てはないのかッ……」

 空にポッカリ開いた禍々まがまがしい黒いあなに向かい、ガックリと膝を折る騎士。

 彼の、本来耳がある場所は漆黒の髪で隠され、逆に髪しかない筈の側頭部にはピコピコとうごめく耳が。ついでに言うと、彼のケツの辺りからはほっそりとした長い尻尾がコンニチワしてる。


「ガブリエル様ッ! そんな事はありません。私たちには……私たちにはっ! 彼女がいらっしゃるではないですか!」

 その背中を支えるかのように手を添えるのは、どっかの宗教の司祭の衣装を魔改造したかのような身なりの、金髪フワフワボブの男の子が。彼の頭も先ほどの騎士っぽい男と同様になってる。違うのは耳の形。

 騎士っぽい方は猫科を彷彿とさせ、司祭っぽい方は犬科に多い気がする。しかもコイツのケツにも、フサフサの飾り毛がたゆたう尻尾がついてる。


 何、コイツらのズボンのケツ部分には、ワザワザアレを出す為の穴でも空いてんの???


 その二人が、言葉を発してからゆっくりと振り返ってアタシを見た。やめろ、こっち見んな。


「そうだな。俺たちには、彼女がついている」

 改めてそう強い光を目に宿す黒髪猫科耳騎士。

「そうですとも。彼女が──精錬せいれんの聖女様がついていらっしゃいます」

 金髪犬科耳司祭も下がり眉毛をキリリと上げて強くうなずく。

 だから、こっち見んな。


「や。アタシに期待されても困るんだけど……」

 アタシは、そのねちっこい視線に我慢できずにジリジリと後ろへと下がった。

 すると、目にも止まらない速さで手首を猫科耳騎士に掴まれた! 逃げられない!!

「聖女! お前も選ばれし者なら覚悟を決めろ!」

「いや! 選ばれてねェし! ただのしがないOLだから! 聖女でもないし!!」


 そう、さっきから『精錬せいれんの』とか『聖女』とか言われてるけど、アタシ一般人だから! 会社ではお局様的立ち位置になってきた、もうそろそろ三十六歳アラフォーのただの雇われ会社員だから!!


「いえ、聖女様はこの世界にいる聖女候補の中で飛び抜けた資質の持ち主。私は存じ上げております。その鎧の中に秘められた熱くたぎるエネルギーを」

 犬耳司祭が、アタシのそばへと寄って来て、何故かアタシの髪の匂いを嗅──ごうとしたので、アゴつかんで上へとそらす。

 ぎぃっ! 力強っ!! 力が拮抗きっこうしてミシミシいってんのに、コイツ諦めない!!


「見て分かんだろ? どっからどう見ても一般人だろ?! 若干疲れ気味だろ?!!

 それに、鎧、見える? 見えないよね? だって着てないから! 普通のスーツ姿でしょ?! なんでアタシの外見ガン無視できんの?!」

「お前なら出来る、聖女!」

「そうですよ! 聖女様!」

「あれ?! これってRPGによくある『はい』って選択しないと延々会話がループするヤツ?! 選択肢があるように見えて実はないヤツ?!

 これ、そういう系のストーリーだったん?! 聞いてた話と違うんだけど?! ってか、友達にハートフルケモ耳ゲーって聞いてたのに、どこがハートフルだチキショウ! 状況逼迫ひっぱくし過ぎだろ!! 嘘つかれた!!!」

 アタシは、聞いてた話と違うと言わんばかりに非難の声を上げた。


「ケモ耳ハートフルだピュシャ。数多あまたある乙女ゲージャンルの中の『私TUEEE』に分類される無双モノだピュシャ。

 だから怖がる事は何もないピュシャ!

 ユーには世界を更地に変えるほどの力が秘められてるピュシャ!!」

 ……なんか、変な語尾の甲高カンだかい声が聞こえる。

 ああ、このシリーズお約束のナビキャラかよ……


 声の主の方に嫌々視線を向けると、そこにはピンクのバレーボール大の、茄子にツブラな目口がついたような生き物が、不可思議な力で空中にフヨフヨ浮いていた。

 やっぱ、この開発会社の作ったゲームはナビキャラのデザイン統一されてんだな……

「お前は……」

「ミーは桃色茄子の妖精、ピエプだピュシャ!」

 やっぱり。

 その桃茄子ピエプは、アタシと猫耳騎士・犬耳司祭の周りをグルグル回る。

 ……どうでもいいけどさ、今まで出てきたナビキャラ。白、金、そしてピンク。

 このカラーラインナップ、見覚えあるぞ。アレじゃん。バ○ちゃんじゃん。丸い体に短い手足。頭に茄子のヘタが乗ってなかったらそのまま○ボちゃんじゃん。

 何? このゲーム開発会社、バレーボールの協会か何かとズブズブなの?


「兎に角! 今はユーの力が覚醒するイベントだピュシャ!」

 桃茄子ピエプがその存在してる事の意味を問いたくなる短い腕で、空に開いた黒い大きなあなをビシリと指差す。

「いや待て。アタシ生身でこのゲーム世界に取り込まれたのね?!

 つまり、ここに居るのは私TUEEEの聖女じゃなく、ただのOLなワケね?!

 だから、無理なのよ! しないのよ覚醒!」

「大丈夫だピュシャ! 例え疲れたBBAでもゲーム内では聖女設定だから覚醒出来るピュシャ!」

「地味にいまディスったね?!」

「早くするピュシャ! さもないとストーリー進まないピュシャ!! 延々会話がループするピュシャよ? どこぞのゲームと違って源氏の小手こては手に入らないピュシャ!」

「他のゲーム事情に詳しいね?! 懐かしいなそのネタ!!」

「だからさぁ! 覚醒するピュシャ!!」

 そうか。現実世界に帰るにしても、まずはこの無限ループイベントは越えないといけないのか。

 じゃあ仕方ない。覚醒するか!


 ……どうやって?


「どうやって覚醒すんの?!」

 やり方分からんよ?!

「もう! ダメ聖女ピュシャねっ!!

 簡単ピュシャよ!!

 こう、グッとやってピコーンっとして、ゴパァッ!! って感じピュシャ。さ、やってみるピュシャ」

「何一つ伝わって来なかった!」

「考えるな、感じろピュシャ!!」

「何をだよ! その言葉はやり方の詳細を説明してから言う言葉だボケ!!」


 イベント進めなきゃいけないのに進め方が分からない。

 ひたすら『頑張って!』『やれば出来る!』と励ましてくるケモ耳野郎どもや桃茄子ピエプに囲まれて、頭を抱える事しか出来なかった。

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