【ディスク15】自立への後押し

「俺たちだけギョリュ?」

 アタシから少し体を離した白茄子エグプが、アタシの顔を覗き込みながらそう尋ねてきた。

「いや、実は全員分あるよ。直接受け取りに行ったの。支払い手続きもあったし。クリスマスプレゼントと思って秘密にしてた。みんなには寝てる間に傍に置いておく」

 サンタさんみたいにしてさ。目覚めた時にあっと驚いて欲しくて。

「ただ、二人には特に普段から頑張ってくれてたから、直接手渡したかったんだ」

 アタシがそう小さく答えると、再度二人にギュッと抱き締められた。強い強い。


 最初の四人──白茄子エグプ金髪王子ハルト商人息子ナーシルエルフショタスヴェンに対して、ちょうど『就籍許可を取ろう』と覚悟を決めて、弁護士に相談してる最中に二人──金茄子ゴエプ王弟殿下イグナートが来たから、丁度良いからと全員同時で再度相談した。

 一括で申請する事により、多少金額もまけてもらえた。これは友人の茜の采配さいはい。『この人数だとお金キツイっしょ』と言って、そうしてくれたのは本当に嬉しかった。また今度、改めて茜にちゃんとしたお礼をしないとな。


 本当に嬉しいのか、二人はアタシをギュウッと抱き締めたまま動かない。白茄子エグプに至っては、アタシのデコに頬を擦り付けていた。ちょっと痛いって。

 さすがに苦しくなってきて、アタシは彼らの腕から逃れようとモゾモゾする。

 しかし二人とも腕を緩めない。


 どうしたもんか。


 まさかここまで喜んで貰えるとは思ってなかったし、でも喜びに水を差すのもアレなので、アタシは脱出を諦めてされるがままにする。

 そうしていてどれぐらい時間が経った頃か──


「よし子、愛してるギョリュ」

 アタシの耳元に、そんなくぐもった小さな呟きが聞こえてきた。

 一瞬ドキリとしたけれど、アタシは小さく笑って白茄子エグプの背中(ツルツル)をゆるゆるさする。

「アタシもだよ。いつもありがとね、白茄子エグプ

 アタシは笑って、いつものようにそう返事した。


「よし子、俺も愛してるヌミョ」

 意外な声が、もう片方から放たれた。金茄子ゴエプはアタシの後頭部に顔をくっつけてるみたい。後ろから声が聞こえた。

「ハイハイ、アタシも。ありがとね金茄子ゴエプ

 彼はアタシへの好感度は普通と言ってた。こっちは意味深ではない為ヘラヘラと返事をする。

 しかし

「改めて、俺も目指すヌミョ。よし子の夫の座を」

 そう続けられてアタシは驚き、そのままシュッと下へとしゃがんで二人の腕から脱出する。

 ザッと二人から距離を取った。思わず眉根が寄ってしまった事は自分でも分かった。

「……今、何つった?」

 聞き間違い、だよね?


 アタシが腕から抜け出した事により、二人はキョトン顔をアタシの方へと向けてきた。

 オイ。なんでそっちが『なんで?』って顔すんだよ!?

 そりゃアタシが感じるべき感情じゃね!?

「聞き間違い、だよね? 金茄子ゴエプ

 恐る恐るそう再確認すると、金茄子ゴエプは小さく首をひねった。

「? 何がヌミョ?」

 まるでアタシが空耳したみたいな反応しないでもらえますかね!?

「今、金茄子ゴエプ、『夫の座』とか、言わなかった?」

 ホントに空耳?

「言ったヌミョ」

 言ったんかい!!

 やっぱり聞き間違いじゃなかったんかいッ!!!

「なんで!?」

 信じられない状況に、アタシは思わず身構えてしまった。


「なんで……てヌミョ?」

 マジで本当に、アタシが不思議な事を言ったかのような顔をする金茄子ゴエプ

 しかも、白茄子エグプまで不思議そうにしてんのは何でだよ!?

「いやいやいやいや! アンタここに来た時点では好感度普通だったじゃん! なんで今!? なんで今更!?」

 アタシがコメカミを両手で抑えつつそう怒鳴ると

「よし子、俺たちはもともと乙女ゲームのキャラだったギョリュよ?」

 腕組みした白茄子エグプが、やれやれと言いたげに小さく首を横に振った。

健気けなげに頑張り、自分の為に金も時間も心まで砕いてくれる女性と一緒に生活してて、好感度が上がらないワケがないヌミョよ」

 同じく腕組みした金茄子ゴエプが、白茄子エグプの鏡合わせのようにして立ち、同じように首を横に振った。


「しかも、他メンバーとは違って、直接手渡ししたかったとか可愛い事言われて、キュンとしないハズないギョリュ」

「好感度アップの効果音が脳内で鳴ったヌミョ」

「分かるギョリュ。俺もギョリュ」

「乙女ゲームの通常設定ヌミョな」

「乙女ゲームの王道展開ギョリュね」

 そう、二人で狛犬よろしく立ってこっちを見る二人に、アタシは声が出せなかった。


 いやだ……

 やめてくれ……

 この家で、金茄子ゴエプと接する時だけが、心の癒しだったのに。

 性的好意を向けてこない彼と対応する時だけが、気持ちが休まっていたのにッ!

 アタシは信じられない展開に、立っていられなくなって、その場にズシャリと膝をついた。


 もう……平穏な日常は……アタシには存在しないって、事、なのか……?


「なるほど。これがよし子が求めていた、逆ハーレムという状況だな」

 そんな声が、少し離れた場所から飛ぶ。

 声にそちらを見ると、開いた障子の所に王弟殿下イグナートが立っていた。手には──あ、それ、物置の本棚に突っ込んでたティーンズラブ小説!

「イグナート! 寝たんじゃないのかよ!?」

「眠る前は読書の時間だ。よし子の嗜好を理解する為の勉強をしている」

「それで学習すんな! そりゃフィクションだッ!!」

「こういう目に遭いたいから、楽しんでるのではないのか?」

「非現実的状況を楽しんでたんだよ!」

 現実世界で、一緒に住む男全員から性的好意を向けらえるとか、どんな地獄だよッ!?

「一つ屋根の下に暮らす全員から、好意を向けてもらってウハウハ。

 ……なるほど? よし子はの嗜好は、複数人といちどきに行為を行う、俗に言う──」

「違ぇよ!!!」

 そんな趣味はねぇ!!!


「……うるさいなぁ。何、どうしたの……」

 そんな声をあげたのは商人息子ナーシル胡坐あぐらをかきながら目をゴシゴシとこすっていた。

 見ると、エルフショタスヴェン金髪王子ハルトも寝ぼけまなこで起き出して、こちらをボンヤリと見ていた。

「逆ハー展開に、よし子が嬉しい悲鳴をあげていた」

「しれっと嘘を吹き込むなイグナート! コレは純然たる悲壮感たっぷりな悲鳴だ!!」

「俺が愛してると言ったら、よし子も『私も』と応えてくれたギョリュ。これはもう俺とのゴールイン寸前って事ギョリュな」

「そういう意味じゃない!」

「それを言ったら俺もヌミョ。俺の愛にも『私も』と応えたヌミョ」

「いつものノリじゃん!」

「さてはやはり、よし子。さては3──」

「言わせねぇよッ!?」

 放送禁止効果音など入らない現実世界で、卑猥なワードなんか使わせねぇぞ王弟殿下イグナート


「ちょっと待ってよ。どうしてそういう流れになってんのっ!? ボクが寝てる間に何があったのっ!?」

 飛び起きたエルフショタスヴェンが、白茄子エグプ金茄子ゴエプ、そして王弟殿下イグナートをアワアワしながら見る。

「あー……何、金茄子ゴエプ、もしかして、とうとうよし子に言っちゃたんだ」

 どこか気怠けだるそうな雰囲気をもったまま、商人息子ナーシルが流し目のような視線を向けてきた。

「そうヌミョ。我慢できずに愛の告白をしたヌミョ。そして、受け入れられたヌミョ」

「だから違ェって!」

 速攻で否定して、ふと気づく。商人息子ナーシルの言葉に。

 って言った!?

 って事はまさか──

「……ッ、いつから!?」

 アタシは信じられない気持ちが沸き起こってきて、そのままの気持ちで金茄子ゴエプを見た。

「よし子、まさか、金茄子ゴエプの気持ちに気づいていなかったのか?」

 座卓から起き上がって、首を痛そうに抑えた金髪王子ハルトが、少し意外そうな声をあげる。

「そりゃ、俺の気持ちの隠し方が完璧だったからヌミョね」

 そう、少し恥ずかしそうに頬を崩す金茄子ゴエプ

「でも、よし子があまりに可愛くてついヌミョ」

「えー! ボクも可愛いよし子見たかったァ!」

「子供にはまだ早い」

「だから子供扱いしないでくれる!? イグナート!!」

金茄子ゴエプ! 言った筈だ。俺の方が愛しているから諦めろと!」

「ハルト殿下。選ぶのはよし子だヌミョよ」

「やだなー……またライバルが増えたのかよ」

「ナーシルは最初から対象外だから、その心配は不要だギョリュ」

「そんなことはないね。よし子は俺を見直してる。さっき言ってたの、聞こえてた」

「起きてたんだギョリュ? 盗み聞きはイイ趣味じゃないギョリュね」

「裸族よりはマシだと思うよ?」

「俺たちは裸族じゃないギョリュ! お前達が被服族なだけだギョリュ!!」


 全員が再度居間への集合し、ワイワイと騒ぎが始まってしまう。

 アタシは一人、そこの中心に立たされつつも──


 マジか。

 もう、ダメなのか。

 この家には、平穏な時間というものは、もう一秒も存在しないって事なのか。


 その事に絶望を感じ……

 棚の引き出しにとびつき、そこから複数の封筒を引きずり出す。

 そしてソレを座卓へとバシッと叩きつけ

「オラ戸籍だ受け取れ! そしてさっさと自立せェー!!!」


 胎の底からの怒号を、全力でその場で喉から絞り出すのだった。

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