【ディスク14】パーティの余韻

 さっきまでの喧騒けんそうが嘘みたいに静かになった家の居間。

 パーティしていたためテレビはつけられていなかったし、今も消えたままになっている。冬特有の静けさがシンと耳についた。

 しかし嫌な感じは全くせず、パーティ後の心地よい気怠けだるさが漂っていた。

 そんな中に。

 死屍累々ししるいるいと、みんなが横になっていた。


 もともと太陽と共に生活してたエルフショタスヴェンは、かなり初めの方に脱落し、居間の隅っこで座布団を枕にして、アタシの半纏はんてんを肩にかけて眠りこけていた。


 朝の五時に起きて夜の九時には寝てしまう、今時の小学生でもしねぇよという健康生活を送っている金髪王子ハルトも、さっきまでは頑張って起きていたものの、いつの間にか電池切れを起こして座卓に突っ伏して寝ていた。


 普段はよいりの商人息子ナーシルも、不規則なシフト生活で疲れが溜まっていたのか、壁を背にして膝を立てたまま眠っている。


 明日は早朝仕事があるという事で、王弟殿下イグナートもさっき自分の部屋へと戻って行ったし。


 ここには、白茄子エグプ金茄子ゴエプ、そしてアタシだけが起きていた。

 アタシは乾杯だけは小さな缶ビールを一つ飲んだが、それ以降はずっとノンアルコール。

 でも、実はアタシも既に眠い。昨日まで終電仕事だったからね。お腹いっぱい食べたし騒いだし、心地よい疲れと満腹感で、既にまぶたがマジ重い。


「よし子、お疲れ様ギョリュ」

 座椅子に座ったまま欠伸あくびが出てしまったアタシに、畳の上に足を放り投げ片腕をついて座った白茄子エグプがそう優しく声をかけて来た。

白茄子エグプもお疲れ様。大変だったでしょ、コレだけの量の料理を用意するの」

 昨夜から下拵したごしらえの準備を始めてたの、知ってた。

金茄子ゴエプも手伝ってくれたからソレほどでもなかったギョリュよ」

「買い物の方がなにげに大変だったヌミョな。がないから、カート使って何往復かしたヌミョ」

「免許は早く欲しいギョリュ」

「俺もヌミョ」

 そう言いながら、白茄子エグプは手にした缶ビールから残りをあおり、彼と少し離れた場所で対面になるように胡坐あぐらをかいて座った金茄子ゴエプは、手にした缶ビールをユラユラ揺らしていた。


 アタシは湯呑みに残っていたヌルいお茶を全部飲み切り、一息ついて周りに視線を巡らせる。

 可愛い寝顔でスヨスヨと寝るエルフショタスヴェン

 自分の肩を首を預けて、あどけない寝顔を晒す商人息子ナーシル

 座卓に突っ伏して自分の腕を枕に、若干ヨダレを垂らしながら寝る金髪王子ハルト

 彼らの顔を見ながら、アタシは不意に苦笑いにも似たモノが漏れた。


「……ここ一ヶ月で、思い知らされたなァ。子供だと思い込んでたの、アタシだけだったんだなって」

 特にこの三人は。

 最初は乙女ゲームキャラらしく、あまり現実味のない存在だった。性格のアクは強いし突拍子もないし、乙女ゲーム攻略対象特有の人間臭くない感じがしてた。

 だから、画面というモノを挟んだ向こう側を見てるみたいに、記号的なものをより強く感じて、『子供だな』と思ってた。


 でも、違った。

 この子たちは、アタシが思うほど、子供子供してなかった。

 心強かったり、格好良かったり。もうしっかりとした『男』だった。


 それに。


 この三人だけじゃなくってここにいる白茄子エグプ金茄子ゴエプ、そして王弟殿下イグナートもそうだけど。


 フラグ制御でルート通りの反応をするんじゃなく。

 彼らは彼らの意思で、ゲームの世界とは違うファジーな状況に都度都度違う、個人の反応を示して行動する。

 愛情の示し方もそれぞれだし、ゲーム内では見れないであろう、不機嫌な顔だったり怒ったり、呆れたりツッコミ入れて来たり。

 疲れるしケガもするし風邪もひく。眠くなればこうして寝るし。

 アタシが見えないところで、自分たちで行動範囲を広げて、その先でアタシの知らないコミュニティに属して、アタシの知らない人達と仲良くなり、独自の人間関係を構築してる。


 個人として、肉体を持って生きてる。


『自立出来るようになれ』とは言ってたけど、実際にソレが既にみんなにあるのだという事が、今まで実感としてなかった。

 ちょっと遅かったかもしれないけれど、やっと今分かった。

 もう既に、みんなアタシの手から離れ始めてるんだよなぁ。

 そう、だって、子供じゃないし、二次元のプログラム通りにしか動かないじゃ、もうないんだもんな。


 だからといって、アイツらの気持ちには応えないけどな。応える気もない。

 今は、まだ──


「さて。片付けはアタシがやっておくから、二人も休んだら?」

 アタシは湯呑みを持って座椅子から立ち上がった。あー、腰が痛い。少し体も重いな。疲れてるんだろうな。

 でも、幸い明日も休みだ。ま、休日作業を発生させない為にも、今日までゴリゴリ終電仕事してたんだけどさ。

 片付けまで二人に任せるつもりはない。

 どのみち、食器類は水につけおきして本格的な片付けは明日やる。量が量だけど、料理道具等については白茄子エグプ金茄子ゴエプが料理した先から片付けていたみたい。これならさほど大変じゃない。

 パーティ中も、商人息子ナーシルがある程度ゴミもまとめてくれていたしね。

 みんな有能だなぁ。


「俺はもう少し起きてるギョリュ」

 白茄子エグプは座卓の上に置いてあった、まだ開いてない缶ビールを手に取る。

「冷えてるのまだ冷蔵庫にあるんじゃね?」

 アタシはその手をとどめさせ、腰をちょっと伸ばしてから台所へと足を向けた。

「……俺は──」

 そう口を開こうとした金茄子ゴエプの目の前に、戻ってきたアタシは冷蔵庫から出してきた缶ビールを突き出す。

 アタシが無言でそのまま動かないと、何かを言いかけた金茄子ゴエプはそのまま口を閉じて缶ビールを受け取った。

「俺を酔わせてどうするヌミョ」

 そう、苦笑しながら。

 アタシはもう片方に持っていた冷えた缶ビールを白茄子エグプへと手渡す。

「もしかしたら、よし子は酔いつぶれた俺たちに、あんな事やこんな事をする気かもしれないギョリュ」

「しねぇわ」

 白茄子エグプ軽口かるくちに小さく笑って、アタシは立ち上がったついでに棚の方へと歩いていった。

 引き出しをゴソゴソ漁り、目的のものを取り出す。

 引き出しを閉めて、アタシは二人へと振り返った。


「遅くなったね。クリスマスプレゼントだよ」

 アタシは二人へと、手にした物──封筒を突き出した。

 お互いの顔を一瞬見合った白茄子エグプ金茄子ゴエプは、口をつけていた缶ビールを座卓の上に置いて立ち上がる。

 そしてアタシから封筒を受け取った。


 封筒の送り主は──司法書士だった。


「戸籍、及び住民票の取得おめでとうございます。

 那須なす白哉はくやさん、

 那須なす金哉かねやさん」

 口にしたその名前に、私は思わす笑いが漏れてしまった。


 この封筒──書類は、白茄子エグプ金茄子ゴエプの就籍許可申立もうしたてから審議等が無事終わり、司法書士さんが代理で他全ての申請等を行って終わらせてくれた事を示すものだった。

 もろもろの書類──そして、新しく作成された戸籍謄本の写しと、住民票の写し、そしてついでに手続きしておいた健康保険証や年金手帳も入ってる。

 あー。住民税から社会保険、年金まで。更に金がかかるようになったなぁ。

 生きるだけで金がかかる。生きるって大変だよホント。

 ま、その価値は、あると信じたいけどね。


「……しっかし、名前、それでホントによかったん?」

 就籍許可申立もうしたての時に名前を書くんだけど、なんて書くのかと思ったら……

 てっきり、普段から呼んでる『エグプ』と『ゴエプ』に当て字するのかと思ってたのに、日本語名を書いた時には驚いた。

 でも。

 名が体を表すで、その場で思わず笑ってしまった。今も思い出し笑いしてしまって、肩が震えてしまう。

 苗字の『ナス』が『茄子』じゃなくて『那須』で幸いだったけど。

 もし『茄子』だったら『茄子ナスしろかな』『茄子ナスきんかな』で、マジでそのまんまじゃんってなるトコだったし。


 そんな笑うアタシを放置し、二人は封筒の封を切って中から書類を取り出す。クリアファイルに挟まれた戸籍謄本の写しや住民票の写しをマジマジと見て、二人は眉毛を下げて同じような笑みで少しずつ顔を崩した。

 そして──

「「ありがとう、よし子!」」

 そう叫んで、二人はアタシをバフリと抱き締めてきた。


 嬉しさで抱き締められるのは良いとして。

 あのさ。

 二人とも、上半身裸なんですけど……

 その気はなくても微妙ビミョーな気持ちになる。

 ツルツルやな、二人とも。乙女ゲームの男って、体毛生えないん? それとも、毎日お手入れしてるん??


 二人に抱き締められながらも、アタシはそんな場違いな疑問を頭に浮かべていた。

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