【ディスク13】お約束のクリスマス

「よし子ー! 早く早く!!」

「いや、ちょっと待ってくれ。見てないのに既に想像しただけで殺されそうだ」

「気が早いです、ハルト殿下」

「俺は既に殺される覚悟はできた。いつでもいいぞ」

「みんな落ち着くギョリュ」

「そうだヌミョ。やっと着てくれたんだから、下手に刺激してよし子にヘソを曲げられたら、俺と白茄子エグプの努力が水の泡になるヌミョ」

 閉じられたふすまの向こうから、そんなキャイキャイした声が聞こえた。


 アタシといえば。

 ホントに届いたDTを殺す服を着て、しかもわざわざそのためだけに、追加購入されたたピンヒールを履いている。

 何してんだろう、アタシ……

 こんな、横乳も背中も丸出しで、ケツの割れ目すら見えそうな服着てさ。

 あー、なんかやだ、もう言われるまでもなくヘソ曲げまくってるわ。


 温泉の交換条件の為とはいえ……なんか……くっそう……理解は出来るが感情がついてこないんだよ!

 恥ずかしいってのも勿論あるが、これは『こんなあられもない姿を見られて、恥ずかしいっ……』っていう可愛らしいモンじゃなくって、コスプレ姿で会社に行くような羞恥しゅうちなんだよ!

 一瞬でも気を抜くと自分の姿を客観視してしまって、気持ちが絶対零度まで下がりそうになるんだよ!!

 頑張れアタシ! 温泉の代償だいしょうだ!!

 それに──

 頑張って、アタシを癒そうとしてくれたみんなに、何か、返したかったし。

 でもなぁ!! ソレがコレって、どうなんだ?! どうなんだよ自分!! もう混乱して来て判断つかんわ!!!


 みんなにそれぞれ接待され癒してもらった事により、恐ろしく忙しかった年末の大詰めの仕事も何とか乗り切れた。

 そしてやってきたクリスマスイブイブの土曜日。

 この日に、クリスマスパーティをしようという話になっていた。


 クリスマスを祝うなんて何年振りだろうか。

 学生の頃や二十代前半の頃は、恋人や友達とかと祝ったり飲み明かしたりしたけどさ。二十代後半になってからは、友達ともライフステージが変わって来たし、そもそも体力もガクッとなくなってきたのか、自然とそういうのはしなくなった。

 しかも、師走しわすは仕事がクッソ忙しいから、クリスマスやイブが平日なら普通に終電仕事だし、土日だとしたら死んだように寝て終わっていた。


 今回なんでイブや当日ではなくイブイブなのかというと。

 イブとクリスマス当日は、商人息子ナーシルエルフショタスヴェンがフルでバイトが入ってるから。クリスマス当日も月曜日でアタシもまた終電仕事だし。仕事納めまで残り数日しかないから、もう大詰めも大詰めでキツキツだよ。

 今日しか全員が揃う日がなかったんだよね。


 ……ああそっか。

 アタシもちょっと、クリスマスに浮かれてるんだな。

 白茄子エグプ金茄子ゴエプはパーティ用の料理を丹精たんせい込めて用意してくれたし、エルフショタスヴェン商人息子ナーシルは部屋を飾りつけたりしてくれた。

 ただ……金髪王子ハルト王弟殿下イグナートが、そこそこの大きさのモミの木を背負って帰って来た時には、思わず『元の場所に戻してきなさい!!』と怒鳴っちゃったよ。

 てっきり誰かの家の庭から勝手に掘り返して来てしまったのかと思って。

 ちゃんと話を聞くと実はそんな事はなく。

 王弟殿下イグナートが仲良くなった造園業の人から、育成途中のヤツをクリスマス時期限定で借りて来たんだってよ。

 ドデカイ鉢にアタシの腰程の高さのモミの木を入れて家の居間に飾ってる。

 ……和洋折衷せっちゅうにも程があるな、と思ったけれど、なんか昭和のクリスマスって感じがして、逆にちょっと楽しくなって来た。


 ……ヨシ。

 もう悩むのも面倒臭ェ。

 今日はパーティだ! 腹ァ括ってやらァ!!


「ハイ、行くよー」

 アタシは半分ヤケクソになって、そうふすまの向こうへと声をかけた。

 すると、途端に静かになるふすまの向こう。

 ……え、何。この沈黙。もしかして、満を辞して登場したら、実はそこに誰もいないとか、やめろよ??

 流石のアタシも傷つくからな?


 少し躊躇ちゅうちょしたけれど、アタシは鋭く深呼吸してから、スパンとふすまを開け放った。


 そこには──

 正座をしつつ、サンタコスをした金髪王子ハルト、トナカイのツノと茶色のパーカーを着た商人息子ナーシル、サンタコス(レディース)を着たエルフショタスヴェン、そしてトナカイの着ぐるみを着た王弟殿下イグナートが。

 座卓の向こう側には、上半身裸で腕組みして座った白茄子エグプ金茄子ゴエプがいた。


 アタシは仁王立ちして、こちらをマジマジと見る六人を見下ろした。

 ……何だろう、この、間は。

 静かすぎて、耳が痛い。


「……オイ。なんか言え」

 沈黙ヤメろや。冷静になってたまれなくなる。

 しかし、六人は何も言わない。正座した四人はアタシをひん剥いた目で凝視してるだけ。

 白茄子エグプ金茄子ゴエプだけは、別段変わった風もなく、反応しない四人を心配げに見ていた。


 一番最初に反応したのは金髪王子ハルトだった。

 ガバリと膝立ちになったのち、首から上を突然真っ赤にしていく。

 そして

「我が人生に一片の悔いなし……ッ」

 と小さく溢したかと思うと、そのまま前のめりにバタリと倒れてしまった。

「ハルト殿下! それ言えるほどまだ何もやり遂げてないですよ!!」

 慌てて金髪王子ハルトを介抱する商人息子ナーシル

 エルフショタスヴェンは顔を両手で抑えつつ、指の隙間からアタシの姿を覗き見て

「3Dえっぐい……っ!!」

 そう言って、畳の上に膝を抱えてゴロリと横倒しになってしまった。


 物凄くにこやかな笑みをたたえたのは王弟殿下イグナート

 ゆっくりとした動きで腰の後ろへと手を回したと思った瞬間。

 光より早いんじゃねぇの、という動きでスマホをかざして来た。

 その指がボタンを押す前に

「遅い!!!」

 アタシは王弟殿下イグナートの手首に鋭い蹴りを叩き込み、スマホを跳ね飛ばした。

「ぐあ!!」

 蹴られた手首を抑えて畳の上をゴロゴロ転がる王弟殿下イグナート。その動きがピタリと止まったかと思うと

「……ふふっ。もっとだ。もっと欲しい……」

 そう小さく呟く。

 無視した。


「よし子……その格好で蹴りはしない方が良いヌミョよ。色んなものが見えたヌミョ」

 苦笑いした金茄子ゴエプがそう突っ込んできた。

「大丈夫だ。ヌーブラしてるし、ベージュのヒップハングサポーターも履いてる。見えた気がしただけで、実際は絶対見えねぇ」

 そこら辺は抜かりねぇよ。

「そういう事は言っちゃダメギョリュ! 見えたかもしれないという幼気いたいけな男の夢を壊すギョリュ!」

「知らねぇわそんな身勝手な夢! 見せたくない部分は完全防備するに決まってんだろうがっ!!」

 身勝手な理想押し付けて来てんじゃねぇよ!

「言わぬが花というヌミョ」

「いらん夢は持たせない主義なんで」

「現実主義ヌミョね」

「当たり前だ。夢で腹は膨れない」

 アタシがそう答えると、金茄子ゴエプは『確かにヌミョ』とウンウン頷いた。


「じゃ、見たね? もういいよな」

 アタシは頭をガリガリ掻いて、さっき出て来たふすまの向こうへと戻ろうとする。

 しかし、その足首を誰かにガッと掴まれた。

「まだだ……まだ踏まれてないっ……」

 そんな、地獄の底から放たれたような声を放ったのは、確認するまでもなく王弟殿下イグナート

「俺の全ての小遣いを投資したピンヒールだっ……さぁ、思いっきり──」

 そこまで言った王弟殿下イグナートの口に、座卓の上に並んだ料理から素早く唐揚げを手掴みして突っ込んだ。

「お前の趣味嗜好に付き合う気はねぇ」

 油でベトベトになった手を舐めながらそう吐き捨てると

「ご……ご馳走様……ッ」

 そうモゴモゴ呟いた王弟殿下イグナートが、その場にバタリと倒れ込んだ。

「趣味嗜好に付き合う気ないって言いつつ、しっかりイグナート殿下のリクエストに違う形で応えてるんだよ、よし子」

 そう、商人息子ナーシルからツッコミの声が上がったが、それも無視した。


「暖房入ってるとはいえ、この築六十年の家だとこの格好寒いんだよ。だからもう着替えるからな」

 アタシは改めて全員に背中を向けて襖へと手をかける。

「よし子、背中綺麗っ……」

「テコンドーの成果が出てるギョリュ」

「サポーター履いてると言われても、やっぱアレだよな。期待は持っちまうモンだな」

 その背中に投げかけられたエルフショタスヴェン白茄子エグプ商人息子ナーシルの声は聞かなかった事にして、私は奥の間へと入ってすぐにふすまの戸をピシャリと閉めた。


「……本当に恐ろしい服だ……身体のあらゆる部分が反応して危険だった……」

 ふすまの向こうから、そんな弱々しい金髪王子ハルトの声が聞こえて来ていた。

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