【ディスク12】帰り際の騎士たち

「さぁ、ここからは大人の時間だ。子供は帰りなさい」

「だから子供扱いはやめてくれるって何度言ったら分かるのっ?! イグナートの脳みそはチーズで出来てんのッ?!」

「見た目が子供だからだ。精神も引きずられて大人気オトナゲない」

「言っとくけどボクの中身はそれ程子供じゃないよっ?!」

「DTなのに?」

「貞操を大事にしてるって事ですけどォ?! 誰かさんみたいに幼少期から狙ってた危険人物には言われたくないなっ!! なのに貞操サッサと捨てて更に気持ち悪ッ!!」

 もう止めて。

 公衆の面前でする口喧嘩じゃない……

 アタシはマジで頭痛を感じてコメカミを押さえた。


 暫く公園でノンビリした後、少し周辺の池や神社を散策して夕方になった。

 今日はそろそろお開きかと思っていたら、最後に行きたい場所があると王弟殿下イグナートが言い出した。

 そこでし始めた言い争い。

 ホント、仲がいいのか悪いのか。

 嗜好は正反対のようだけど、やっぱり似たもの同士だよ、二人とも。


「参考までに。これから何処へ行こうとしてんの?」

 アタシは嫌な予感がして王弟殿下イグナートに確認する。

『大人の時間』とか言い出すぐらいだから、あんま期待できないけれど……

「ラウンジだ。軽く酒を酌み交わしたい」

 ホラやっぱり。

「ラウンジには子供は入れない。スヴェン、大人しく帰れ」

「ぐぅッ……」

 流石に、見た目は十五・六歳のエルフショタスヴェンではラウンジは無理だな。

 居酒屋もNGだろう。

 ってか……

「ラウンジは高過ぎるし、外では付き合い以外では飲みたくないよ。

 そもそも、今鎮痛剤飲んでるから酒NGだし」

 鎮痛剤飲んでなくても、普段もあんまり飲まないんだよね。酒、強くないから。

 前まではナイトキャップ的に一杯缶ビール空けてから寝てたけど、不眠気味が治ってからは全然飲んでない。

 酒飲むと、ゲームできなくなるしさ。酒も翌日に残るようになって来たし、翌日の午前中が丸々潰れたりするのが嫌で、もう飲まなくなって久しい。

 ……ああ、それでか。

 今日のお出かけに、車出そうかって言ったら、王弟殿下イグナートが頑なに拒否して電車を提案して来たの。

 酒呑ます気だったな? 全く。油断できん。


「そうか……残念だ」

 ホントにガッカリ、といった感じで少し肩を落とす王弟殿下イグナートエルフショタスヴェンは鬼の首を獲ったかのように胸を張った。

「ほーら! そういう事だから、諦めてそろそろ帰るよ!!」

 そう言って、エルフショタスヴェンはアタシの手を痛くない程度にヤンワリと握って来た。


「しかし、俺はまだよし子をエスコート出来てない。博物館はスヴェンのエスコートだったし」

 それでも食い下がってくる王弟殿下イグナート

 それを、アタシは小さく笑って否定した。

「そんな事ないよイグナート。細かい所でエスコートしてくれてたじゃん。扉開けたりとかさ、アタシまだ手首痛いからちょっと億劫おっくうなんだけど、それに気づいて開けてくれたりしてたし。

 そういうので充分なんだって」

 アタシは今日だけでも気づいた王弟殿下イグナートのエスコートに、感謝の言葉を素直に述べた。

「それは……当たり前の事だ」

 しかし、不満そうにそう呟く王弟殿下イグナート

「当たり前じゃないよ。そういう細かな気遣いって、出来ない人間も結構多いよ」

 特に、金髪王子ハルトとかね。彼なんかは露骨だし、やったらやったで『頑張ったよ褒めて!』オーラバシバシ出すし。

「でもイグナートは、そういう行動が自然でスマートで、相手に気遣いを気づかせない。

 そういうのは、素直に凄いなって、思ってる。

 今日は本当にありがとね」

 手首を痛めてなかったらきっと気づかなかった。アタシが要所要所で、利き手を痛めてる事で面倒だな、と思う部分を全部それとなくサポートしてくれてた事に。

 レジャーシートに座る時すら、地面に手をつくのが痛いのに気づいてくれて、それとなく手を貸してくれてたし。


 アタシのその言葉を聞いて、王弟殿下イグナートは少し照れたように頬を崩す。

 逆に、エルフショタスヴェンはムゥっと唇を歪めた。

 が。

「やるじゃん、イグナート」

 ……わ。エルフショタスヴェンが褒めた。そういう事が素直に言えるエルフショタスヴェンも、凄いと思うけどね。


「……そうか。よし子が満足してくれていたのなら、それでいい。帰ろうか」

 王弟殿下イグナートが小さく笑う。

 納得してくれたようなので、アタシたちは駅の方へと歩き出した。


 ***


 夕方で、これから夜の街を楽しもうとする人と、電車に乗って帰ろうとする人で、そこそこの広さがある歩道もごった返していた。

 エルフショタスヴェンを先頭に道を歩く。彼は背はさほど高くないけれど、黄緑の髪が目立つので見失うことはなかった。彼もチラチラと振り返りながら歩いてくれてたしね。

 アタシの後ろを王弟殿下イグナートが歩いていた。


 なんとかエルフショタスヴェンを見失わないようにと頑張って歩いていたが、その時──


 ドンッ


 突然、向かいから歩いて来た男が急激に横へとスライドして来て、肩にぶつかられてしまった。

 それが運悪く捻挫していた右肩だったものだから──

 鋭い痛みと衝撃で、喉でうめいて後ろへとよろける。

 すかさずその腰を、後ろから支えられた。

 王弟殿下イグナートだった。


 ぶつかった男を振り返る余裕もなく、痛い肩を抑えてうつむくと──

「オイ!!!」

 鋭い声が前から飛んだ。


 見ると、エルフショタスヴェンがアタシの横を素早くすり抜けて、後ろにいた男の腕に掴み掛かっていた。

「見たよ! ぶつかったでしょ?! 謝ってよ!!」

 エルフショタスヴェンは、普段のプリプリとした怒り方ではなく、歯を剥き出してドスの効いた本気の怒声をあげていた。


「なっ……何の事だ?!」

 腕を掴まれた男は、エルフショタスヴェンに掴まれた腕を振り払おうとしていたが、彼の力が思ったよりも強いのか、振り払えずにオロオロとする。

「とぼけたって無駄だよ?! よし子の肩に、オマエの薄汚いマナがこびり付いてんのが見えてんだよ! 謝れ!!」

 普段の彼からは想像もできない程の強い声。

 普段のツッコミとはレベルの違う怒りの声で、エルフショタスヴェンが本気で怒っているのが分かった。

 周りも、彼の尋常ではない様子に気づいて、立ち止まったり大きく避けて歩いたりしていた。


「俺も見ていた。わざとぶつかっただろう」

 アタシの腰を支えてくれていた王弟殿下イグナートが参戦する。

「な……何を根拠に──」

 突然参戦して来たガタイのデカい王弟殿下イグナートに、すっかり及び腰になっている男。アワアワと言い訳する言葉を、王弟殿下イグナートはピシャリと遮った。

「移動方向が不自然過ぎだ。よし子の直前で横に移動して、彼女の肩に自分の肩をぶつけただろう。運が悪かったな。よし子は今日、一人ではない上に──」

 そこで一度言葉を切った王弟殿下イグナート。しかし次の瞬間

「よし子は怪我をしていてな。お前がわざとぶつかった、右肩を。

 ……同じ目に、遭わせてやろうか……」

 物凄い怒りのオーラを、王弟殿下イグナートが全身から発した。


「同じ目? イグナートは優しいなぁ。ボクなら、この場にひれ伏して『生きててごめんなさい』と謝りながら、あらゆる体液を顔の穴という穴から垂れ流させるのに」

 男の腕を掴んだままのエルフショタスヴェンが、冷めた目で男を見据えてそう薄く微笑んだ。

「ああ、それはいい。手を貸そう。どうする? 取り敢えず人の少ない場所までエスコートしようか」

 王弟殿下イグナートも、目に狂気の色を浮かべて優しく微笑んだ。


 すると男は──何故かアタシに向かって媚びた視線を向けて来た。

 え? 何、その目。

 まさか、『そこまでしなくていいよ』っていう、アタシからのフォローでも期待してんの?

 馬鹿かよ。

 ぶつかられた本人が、そんなフォローするワケねぇだろうが。

 アタシは無表情で男を見返した。


 アタシからのフォローが期待できないと気づいた男は、唇をフルフルと汚く震わせた後

「すっ……すみませんでした!!」

 何故か王弟殿下イグナートに謝った。

 アタシが呆れてツッコミを入れる前に

「あれェ? もしかして、本当に身体中の体液を顔から垂れ流したいのかな?」

「謝る相手は俺ではない」

 鋭い声が二人から飛ぶ。


 顔を真っ青にした男は、アタシの方を横目でチラリと見て

「すみませんでした……」

 小さくそう呟いた。

「イグナート、聞こえた?」

「全く」

 すかさず、エルフショタスヴェン王弟殿下イグナートが言い募る。

「すみませんでした!!!」

 男がアタシに向かってそう叫んだ為か、エルフショタスヴェンが掴んでいた腕をパッと離す。

 すると、若干転がるようにして、男は雑踏へと紛れて逃げて行った。


 男が逃げて行った方向を二人は暫く睨みつけた後

「よし子、大丈夫?」

 エルフショタスヴェンがアタシの右肩に対して、触れないようにしつつも見えない何かをぬぐうかのような仕草をした。

「痛みは?」

 心配げに、アタシの顔を覗き込んでくる王弟殿下イグナート


 さっきまでの凄い鋭い空気を消して、いつも通りに戻った二人に、アタシは思わず笑ってしまった。

 アタシが突然笑い出した理由が分からなかったのか、疑問顔でお互いの顔を見合う二人。


 そんな二人に

騎士ナイトが二人もついていたから、全然平気だったよ。

 ありがとう、騎士ナイト様がた」

 何故か目尻に浮いて来た涙をぬぐいながら、アタシは二人に向かって、そう丁寧にお礼を伝えた。

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