【ディスク11】公園でランチ

「手首が動かせないでしょ? お口開けて? ハイ、あーん」

「子供にそんな事をされたら恥ずかしいだろう。俺がやる。さぁ、よし子──」

「いいかげんにせぇお前ら。家で箸使ってんの見てんだろうが。そもそもサンドイッチじゃ。食えるわ」

 公園の広場にレジャーシートを敷いて、三人で三角形に向かい合わせで座る。

 二人が突き出して来たサンドイッチを、首を横に振って拒絶した。


 博物館巡りを終えて遅めのランチタイム。

 曇天だったが今日は比較的風が緩く、気温もそれほど寒くない。

 博物館のそばの広い公園の芝生の上で、白茄子エグプが作ってくれたお昼ご飯を広げていた。

 利き手である右手の手首を捻挫したので、箸などを使いにくいアタシの為に、今回はサンドイッチにしてくれた。おかずも、爪楊枝で刺して食べられるようになってる。

 細かいところまで気が利いている白茄子エグプの心遣いに感謝した。


 が。


 この二人はお構いなしに、あーんと突き出して来た手を下げない。

 ここぞとばかりに、まったく、この二人は……

 喧嘩しながら息ピッタリとか、本当に意味が分からない。


 つか。

 ここには他の家族連れもおるっちゅーねん。恥ずかしいわ。

 てか、家族連れいなくてもはずかしいわ。

 いつまでも手を下げない二人を無視し、アタシは自分で手にしたサンドイッチを食べた。

 あ、コレ美味しい。アタシの好みに合わせて、マヨに少しカラシを効かせてくれてる。

 さっすが白茄子エグプ


 アタシが完全無視したからか、エルフショタスヴェン王弟殿下イグナートは手にしたサンドイッチをモソモソと食べ始めた。

「恥ずかしがる必要はないのに」

 そう、不満そうにボヤく王弟殿下イグナート

「や。ボクは羞恥に頬を染めるよし子が見たかっただけー」

 とんだドS発言をブチかますエルフショタスヴェン

「それは間違っているぞスヴェン。そういう顔は、公衆の面前ではなく二人きりの時に見るのが醍醐味だぞ」

「違うよイグナート。公衆の面前だからよし子は恥じらうんじゃん。こういう場でしか見れないモノってのがあるんだよー。分かってないなァー」

「一理ある。が、そんな顔を第三者に見せたくはない。独占したい」

「あー、なるほどねー。それも分かるわー」

 ……ねぇ? ホントは熱烈に仲がいいんじゃないの?

 正反対の性質を持ってるように見せかけてさ、実は根っこは同じなんじゃないの?


「確かに見せたくないなァー。特に、イグナートなんかに」

 レジャーシートの端っこに足を投げ出すように座り直したエルフショタスヴェンは、足をパタパタさせながらそうボヤいた。


「俺もスヴェンによし子のそんなアラレもない姿は見せたくない。子供にはまだ早い」

 エルフショタスヴェンの言葉を軽く鼻で笑い飛ばした王弟殿下イグナートは、彼を横目に見ながらペットボトルの紅茶を口にする。


「子供扱いしないでくれるっ?! こう見えてイグナートの五倍は長生きだよ?!」

「なるほど? 今流行りの『こどおじ』というヤツか」

「意味が違うよバカ!! 『こどおじ』っていうのは『子供部屋おじさん』のこと! 生活スタイルが親に何でもしてもらう子供のまま中年になった人の事だよ?!」

「? まさにお前の事だろう?」

「まさにアンタの事でしょーがッ!!

 ボクは働いてるし家庭菜園もやってエンゲル係数下げる努力もしてるもん! 見た目に惑わされてるよ! コレだから世間知らずでお金の使い方も知らない『こどおじ』は!!」

「金を持ったのが初めてだから仕方ないだろう。学んでる最中だ。そういう意味では俺は伸び代があるが……不老のエルフは、どうなんだ?」

「ムカつくコイツ!!」

 ……もう、勝手にせえ。

 アタシはギャイギャイ喧嘩し始めた二人を無視し、次のサンドイッチを拾い上げて食べる。

 あー、美味しいサンドイッチに広い空。うららかな午後の空だなァー。


 アタシは雀がピヨピヨ鳴きながら飛び去っていくのを、穏やかな目で見送った。


 ***


「すみませーん」

 そんな声と共にふと視線をあげると、レジャーシートの所に蛍光ピンクのボールが転がってきたのが見えた。


 エルフショタスヴェンは目をパチクリさせながら、そのボールを拾い上げる。

 声の主は遠くからこちらへと手を振っていたが、その前を猛烈な勢いで突っ走る茶色の毛玉が。

 その毛玉──猛烈な笑顔で走り寄って来たミニチュアダックスフントが、ボールを持ったエルフショタスヴェンの足元をハフハフとたぎりながらグルグル回った。

「わっ! わっ!! わっ!!! ちょっと待ってちょっと待ってって!!」

 エルフショタスヴェンは笑いながらボールを高く掲げる。

 そして、走り寄って来たさっきの声の主──恐らくこのダックスの飼い主の女性にポーンとボールを投げ渡した。


 ボールを目で追ったダックスは、今度は飼い主の方へとズダダーッと走り去って行く。

「ありがとうございますー!!」

 飼い主の女性は、こちらへとペコリと頭を下げると、ニコニコ笑顔でボールをダックスの鼻先に掲げた。

 ボールを欲するダックスは、ピョイピョイ跳ねながら飼い主の足元に纏わりつく。

 そして、我々と反対方面へと投げられたボールを追いかけて、またズダダーッと走り去って行った。


「あー……いいなァー、ワンコ。可愛い〜」

 その様子を見て、思わずアタシの口元が緩み、そんな言葉が漏れ出てしまう。

「よし子は犬が好きなのか?」

 アタシの言葉にすかさず反応した王弟殿下イグナートが、そう問いかけて来た。

 彼の言葉に、アタシの脳裏にはとある記憶がふと蘇る。

「……好きだね。猫も好きだけど、犬も好きだよ」

 郷愁きょうしゅうのような気持ちのまま、アタシは遠くでボールにはしゃぐダックスを目で追いかけた。


「……飼ってたの?」

 アタシの横へと座り直したエルフショタスヴェンが、アタシの顔を覗き込むかのように身体を乗り出して来た。

「昔ね、実家で。柴犬。名前は……柴太郎」

「ビックリするぐらいそのまんまの名前だね」

 エルフショタスヴェンがすかさずそうツッコミを入れて来たので、思わず笑ってしまった。

「名前で犬種と性別まで分かって一石二鳥でしょ? ──って、命名した母がよく言ってたよ。確かに、だよね」

 懐かしくなって、思わず笑いが溢れてしまった。


「アタシより先に家にいたから、お兄ちゃん、だったよね。向こうもそのつもりだったらしくって、アタシが何かやらかした時、いっつも服の裾引っ張られて止められたっけ」

 まだ意識もおぼろげな頃の曖昧で断片的な記憶──

 アタシの袖を焦った顔で引っ張る柴太郎。

 転んで泣くアタシの顔を必死に舐める柴太郎。

「もう飼わないのか?」

 柴太郎の思い出を芋蔓式に思い出していたアタシに、王弟殿下イグナートが声をかけて来た。


「そうだね……今は、養わなきゃいけない奴らが六人もいるからね。余裕ないし」

 彼の言葉に返事をしながら、懐かしい遠い思い出を脳裏で撫でる。

 我が物顔でアタシの枕を占拠する柴太郎。

 お気に入りの人形を抱き締めて寝る柴太郎。

 ……痩せ細った柴太郎。

 アタシの腕の中で、眠るように逝った──柴太郎。

 二十年以上昔の事なのに、昨日感じたような痛みを胸に感じて、アタシは思い出すのをヤメた。


 アタシが言葉を続けられなくなって、ただため息をついた事に何かを感じ取ったのか、エルフショタスヴェン王弟殿下イグナートは何も言わない。

 その場に、風が草を撫でる音と木々がさざめく音、遠くでファミリーたちの楽しげな声が駆け抜けて行った。


「……一緒にいた時間が楽しかった分だけ、いなくなった時が、辛いよね」

 アタシの隣に座っていたエルフショタスヴェンが、そうポツリと呟いてアタシの肩に頭を乗せて来た。

「同じ時間を生きてた筈なのに、なんで同じ速度で生きられないんだろうって、思うよね」

 そう小さく語りつつも、エルフショタスヴェンはこちらを見ずに遠くを見ていた。

 ……それって、アタシと犬の事じゃないね?

 エルフショタスヴェンと……誰か、他の人の、事だね?

 多分、彼と、彼の友人の事だ。


 さっき、エルフショタスヴェン王弟殿下イグナートの五倍は長生きしてるって言ってた。王弟殿下イグナートの事を三十ぐらいと見積もってたとして、百五十歳か。

 それなら……彼が見送って来た友人は、一人や二人では、ないだろうな。


「でもね、ボクは人間が好きだから、人間の世界で生きる事を止めないんだ。

 ボクの中で……ボクの記憶の中で、あの人たちは、まだ生きてるから」

 そう静かに語りながら、エルフショタスヴェンはゆっくりと目を閉じる。

「でもさ。やっぱり別れは、辛いよね。何度体験しても、さ」

 彼の髪を、風が優しく撫でていた。

 アタシはエルフショタスヴェンの肩を抱く。

 アタシの隣にスッと近寄って来た王弟殿下イグナートが、アタシの背中越しに腕を回して来て──エルフショタスヴェンの頭をポンポンと撫でた。

 いつもなら烈火の如く怒るエルフショタスヴェンだったが、今は、大人しく王弟殿下イグナートの大きな手にされるがままになっていた。


「だからね、よし子。

 お願いだから、長生きして。できるだけ長く。一分一秒。少しでも、長く。

 ボクの中に、留まって……」

 エルフショタスヴェンの閉じられた瞼の隙間から、一粒、涙がツーっと流れ落ちて行った。

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