【ディスク10】知的好奇心充足イベント

「怪我、治ってないのに……無理しないでね」

「いつでも言ってくれ。抱いて歩く準備は出来ている」

「お気持ちだけで充分。ありがとね」

 アタシは、心配げに見上げるエルフショタスヴェンと、腕を抱くような形で見せつけてくる王弟殿下イグナートに、手で拒否の仕草を見せつけた。


 少し曇天の空の下、葉が落ちて寒々しい姿を見せる木々と、冬の間にも青々と茂る木々が並び立つ公園を三人で歩いていた。

 エルフショタスヴェンはモコモコの可愛らしいアウターに膝丈のパンツ。ニット地のレギンスにブーツという、鬼可愛い恰好。コレが似合う成人済み男子って、改めて考えるとすっげぇな。

 でも、メチャクチャ似合ってる。似合ってる服を選べるエルフショタスヴェンもすっげぇな。

 かたや王弟殿下イグナートは、ジャケットにセーターとシャツ、下はウールのパンツに革靴という、まぁ落ち着きも落ち着いた大人の男って感じで。

 ……なんか、親子三人のお出かけに見えてそうだなぁ、なんて、ふと思った。


 前回、金髪王子ハルト商人息子ナーシルとのお出かけから帰って来た後、念の為病院行ったら。殴られた左腕は打撲だぼく、倒れた拍子に砂浜についた右腕は、肩と手首は軽い捻挫ねんざという事だった。

 通りで痛いワケだよ。

 それを知ったエルフショタスヴェンが烈火の如く怒って、金髪王子ハルト商人息子ナーシルを激詰めしてた。


 実は。

 あの時──アタシが男に絡まれてる時、商人息子ナーシルが証拠として使えるようにと、スマホでその様子を録画してたんだよね。走りながらだったからブレブレの画面だったけど、ヤツらがアタシの顔目掛けて殴りかかり、アタシが腕で咄嗟に庇って吹っ飛ばされた映像が残ってた。

 それを見たエルフショタスヴェンは、よくやったコレで奴らの人生破滅させてやろうと息巻きつつも、録画してる暇があるなら全力で走れよと商人息子ナーシルをなじってた。

 褒めるかけなすかどっちかにせえや、とツッコミ入れたら『両方やってこその乙女ゲームのキャラでしょうが!』と、妙に納得してしまいそうな言葉を吐いてたなぁ。

 確かに、乙女ゲームのキャラなら、それやりそう。物理法則無視してな。


 大事をとってから改めてお出かけしようか? とエルフショタスヴェン王弟殿下イグナートは提案してくれたんだけど、としまたぐと年度末の仕事で休む暇なくなるし、二人の休みをまた合わせるのが大変でしょ? と伝えて、予定通りの今日、出掛ける事にした。

 幸い、多少痛くても動かすに少し不便を感じるだけで、歩いたりする分には問題ないしね。

 それに──


「今日は博物館でしょ? 腕が多少痛くても大丈夫だって」

 アタシはそう笑い飛ばした。

 エルフショタスヴェン王弟殿下イグナートのお出かけプランは、意外や意外。『よし子の知的好奇心を満たそう』という趣旨だった。

「でも意外だったよ。博物館を行き先に選ぶなんてさ。てっきりスヴェンなら、遊園地とか選ぶかと思った」

 アタシがそうケラケラ笑うと、エルフショタスヴェンがむぅっと頬っぺたを膨らませる。

「みんなそう言うよね! でもボク、あんまり人が多いウルサイ場所って好きじゃないんだよ!?」

 そう、プンスカと怒ってみせてきた。

「エルフだからか?」

 王弟殿下イグナートがそう問いかけると、エルフショタスヴェンは不満そうにしながらもコックリと頷いた。

「そう。もともと自然の中で自然と交わりながら暮らす民族だからね、エルフって。人間みたいに大人数で群れる性質もないし。だから正直ウルサイのって苦手」

 へー。そうなんだ。

「その割に、ウチでは一番ウルサイぞ」

「一番ウルサイのはアホ王子だよ! それに、ボクがこうして声をあげるのは、アンタとかがやらかすからツッコミ入れてるだけ! 本来のボクは大人しいのっ!」

 ……それはどうだろうか?

 金髪王子ハルト王弟殿下イグナートのボケを放置できずに、終始ツッコミ入れまくってるのに。無視して放置すればいいだけじゃん。

 ま、分かるよ。アタシも放置できないタチだからね。

 つい声帯駆使くししてツッコミ入れちゃうし。


「言っとくけど、自然と交わりながら生活してるからって、文化水準が低いワケじゃないからねっ!? マナの力を最大限利用して、ある意味自然科学的に生きてるんだよ!? 人間が野蛮すぎてツッコミ入れずにはいられないのっ!」

「野蛮? フッ。洗練された人間の生活が羨ましいのだろう? 無理をするな」

「してない! そうやってエルフを田舎者扱いする人間ってホント嫌い!!」

「短命種とこちらを見下すエルフがよく言う」

「はいはいそこまでー。喧嘩するなら帰るよー」

「こんなに仲がいいのにっ!?」

「ジャレてるだけだ。いつも通りに」

「そうだよっ!」

 こういう時だけ突然息ピッタリになるエルフショタスヴェン王弟殿下イグナートって、ホント、何なの? 本当は仲がいいの? 悪いの? ドSなエルフショタスヴェン王弟殿下イグナートは、ある意味相性は良さそうだけどさ。


「そういえば、人が多くない場所として博物館を選んだっていうのは分かったけど、数ある人が多くない場所で、なんで『博物館』だったの?」

 それ、気になってたんだよね。ついでに、イベントの趣旨の『アタシの知的好奇心を満たそう』っていうのも。

「よし子、好きでしょ? 博物館とか」

 アタシの横を跳ねるように歩きながらも、キョトンとした顔でアタシを仰ぎ見るエルフショタスヴェン

「あ、まぁ、確かに好きだけど……」

 あれ? そんな事、言った覚え、ないけどなぁ。

「なんで分かったの?」

 そう尋ねると、アタシを挟んでエルフショタスヴェンの反対隣を優雅に歩く王弟殿下イグナートが口を開く。

「よし子の書庫を見た。様々なジャンルの本が収納されていたので、色々な事に興味を持つのだろう──そういう、知的好奇心を満たすのが好きなのだろうと、予想したんだ」

 低く落ち着いた声で、王弟殿下イグナートがそう小さくアタシに向かってウィンクを飛ばしてきた。


 書庫──ああ、本棚のあるアタシが物置にしてる部屋だね。

「ホント色んな種類あったねー! 漫画も小説も、美術書も専門書も、解説書も啓発本も! 何目指してんのっって感じだったもん!」

「いや、別に何も目指してないけど、面白そうだなって思ったヤツとかは、つい買っちゃうんだよねェ」

「だからあの量か。凄いな」

「アレでも、あの家に引っ越して来た時に随分減らしたんだけどねぇ」

 今の家に引っ越すってなった時、本を段ボールに詰めてみたら凄い量になったから、さすがにコレは多すぎるなぁと思って、結構売っ払ったわ。


「売って……アレなの?」

 そう言ったエルフショタスヴェンは引きつった笑顔でアタシを見てきた。

 何、その顔。

「そんなにまだ量多い?」

「いや、量じゃなくって……」

 言葉を継いだのは王弟殿下イグナートだった。

「エロ本を後生大事に本棚に収納しておくのは、どうなのだろうな?」

 輝くような優しい笑顔で、そう、アタシを見下ろしてきていた。

「は?」

 エロ本? 何言ってんだ?

「アレはエロ本じゃない。レディコミとティーンズラブだよ」

 ちゃんと正規で売ってる本だい。……年齢制限は、ついてると思うけどね。ネットで買った。


「しかもさ、専門書とかのお堅い本の横に並べとくのって、どうなの??」

 エルフショタスヴェンは苦笑いしながらそう付け加えてきた。

「え? 作家名順に並べてるんだけど」

 その方が分かりやすいよねぇ? あ、でも、作品名順の方が探しやすいかな?

 しかし、エルフショタスヴェン王弟殿下イグナートが、揃って同じようなしッぶい顔をする。

「ジャンル分けを推奨するよ、よし子。歴史小説の間に挟まるピンクの背表紙は、浮いていると俺も思ったよ」

「あ、アレはティーンズラブの小説。結構面白かった」

 最初はあなどってたけど、一時期ハマって読みふけったなぁ。

 そう言うと、王弟殿下イグナートの顔が真剣味を帯びた。

「そうか……アレが趣味なのか。俺も履修しなければ……」

「やめて。これ以上脳みその中身をピンクにしないで」

 真顔で呟いた王弟殿下イグナートの言葉を、エルフショタスヴェンがピシャリと切り捨てていた。


 そんな風にワイワイと喋りながら公園を歩いていると、木々の向こうから博物館の荘厳な建物が姿を現した。

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