【ディスク9】おみくじの結果

 猛烈な嫌悪感に突き動かされ、アタシはすかさず立ち上がった。

「気安く触るな。気持ち悪い」

 マジで本当に気持ち悪くなり、振り返って二人を見下ろしつつ、アタシは露骨に嫌悪の表情をした。


 立ち上がったアタシに呼応するかのように、腕を伸ばしてきた方の男が立ち上がる。

「突然そんな風に言うの、失礼じゃない?」

「いきなり服ん中に腕突っ込んでくる方が失礼だろうが」

 アタシは右足を半歩引いた。


「嫌だったら最初っから嫌だって言ってくれないと分からないよ?」

 レジャーシートに座ったままだった男の方が、そう言いながらトートバッグを掴んでゆっくりと立ち上がる。

 ──やっぱり。狙ってたな、バッグを人質にとる事。

「独りじゃないって最初っから言ってたでしょうが」

 アタシは近くに立つ男の方を警戒しながら速攻でそう反論する。

「だって嘘じゃん、それ」

「嘘じゃないし」

 最初っから本当の事しか言ってねぇわ。

「それに、例えそれが嘘だとして。嘘つかれてるって分かってるんなら、そこから『拒絶されてる』って察しろよ。なんでそこだけ突然察しが悪くなるんだよ」

 嘘だと察する事は出来るのに、それが『拒絶』だと察せられないのは何のバグだ?


 アタシが完全に拒絶の構えをすると、今までヘラヘラさせていた表情を突然イラついたものに変える男たち。

「うっわ。面倒くさい女だった」

「そりゃフラれるわ」

 そう言った男たちはお互いに顔を見合わせて、肩をひょいっとすくませた。


 ──ああ、なるほど?

 コイツ等の中では、アタシは『男にフラれて独りで海に来きた女』って設定なのか。

 なんだよそれ。昭和の女像かよ。

「どう言ったってそう思うんだろ。勝手にすれば? 本当に人を待ってるから、さっさと消えてくれない? お前たちこそ面倒くさい。目障めざわり」

 アタシもイラついてしまい、つい口から強い言葉が出てしまう。

 瞬間、近くにいた男の顔色が変わったのが目に入った。

 反射的に顔をかばう。


 予想通り、男の腕が飛んできてアタシの左腕に当たった。

 足元が砂浜だったせいで踏ん張りが聞かず、そのまま後ろへと吹っ飛ばされてしまう。

 視界が急激に回り、次の瞬間、体への衝撃と舞う砂が見えた。

 いったァ……

 痺れた左腕と咄嗟に砂浜についた右腕に痛みを感じる。

「調子乗ってんじゃねぇぞブス!!」

 なんとか立ち上がろうとした背中に、そんな罵声が浴びかけたられた。


「……そのブスに声をかけて、あわよくばを狙ってたヤツがよく言うわ」

 顔をあげて二人を睨みつけながらそう吐き捨てつつ、アタシは唇を引き上げて笑う。

 アタシが恐怖や悲嘆に暮れた表情を見せないせいか、男たちは本気の怒りの表情をしてこちらへと近寄ってこようとしていた。

 アタシはなんとか立ち上がれる態勢になりつつ砂浜の砂を握り締めて、ヤツ等が射程範囲に入るのを待った。


 ──が。


「お前ら!! 何してる!!!」

 そんな怒号が遠くから発せられた。

 あの声は──金髪王子ハルト

 声のした方を見ると、金髪王子ハルトが砂浜の中を猛烈な勢いで走り寄って来ている姿が見えた。


「チッ」

 金髪王子ハルトのトートバッグを掴んでいた男が、走り寄ってくる彼を見て舌打ちをする。

「ちょっと喧嘩してただけですよー」

 アタシを突き飛ばした男の方が、ヘラヘラとした表情になってそう金髪王子ハルトに弁解の言葉を投げかける。


 しかし


「嘘は良くないなぁ。知らない女性と何で喧嘩するっていうんだ?」

 その声は、アタシのすぐそばからかけられた。

 見ると、金髪王子ハルトと反対側にいつの間にか現れていた商人息子ナーシルが、アタシを助け起こそうと手を貸してくれていた。

 思わず商人息子ナーシルに声をかけようとして、声が出なかった。


 珍しい。商人息子ナーシル、ブチ切れてる。

 顔は笑顔だけど、マジな怒りを感じる。

 商人息子ナーシルが気に入って買った中古の自転車を、金髪王子ハルトが無断で借りてガードレールに突っ込んでオシャカにしても、苦笑して終わらせてた商人息子ナーシルが。


「例え喧嘩だとして。相手を突然殴るのも良くないんじゃないかなァ」

 アタシに手を貸して立ち上がった商人息子ナーシルが、アタシを背中に庇いながらそう相手に言葉を叩きつける。

「殴ってねぇよ。突き飛ばしただけじゃん」

「それは結果論ね。顔狙っただろ? 見てたよ。彼女が咄嗟とっさに顔をかばわなかったら、彼女の鼻か歯、折ってたんじゃない?」

 そう反論する商人息子ナーシルと、アタシを突き飛ばした男の間にヤバい空気が流れる。

 レジャーシートの所にいた男も

「女にいい恰好見せたいってイキっちゃって平気?」

 そう言いながら近寄ってきた。


 そしてそこへ

「よし子に近寄るなァー!!!」

 そう叫んだ金髪王子ハルトが滑り込んできて、砂浜を蹴──

 ──ろうとしたので

「ハルト!!! ステイ!!!」

 アタシは咄嗟にそう怒鳴る。

 すると、砂浜で急ブレーキで立ち止まった金髪王子ハルトは、相手をガルガル威嚇しながらも、一定の距離を保った。

 よし、いい子。


「ほら、コイツらがアタシの待ち人。独りじゃないって嘘じゃなかったろ?

 分かったらサッサと消えて」

 アタシがそう吐き捨てると、二人はブツブツ

「独りじゃないなら最初っからそう言えってんだよなぁ」

「無駄に誘いやがって」

 とか、ありもしない事をボヤきながら、レジャーシートの上に金髪王子ハルトのトートバッグを叩きつけて砂浜から出て行った。


 気づくと、我々がいる砂浜を遠巻きにして人が集まって来ていた。

「……場所変えようか」

 アタシは服についた砂をパタパタとハタき落としながら、二人へとそう伝える。

「でも──」

 金髪王子ハルトがそう言い募ろうとしてきたが

「……警察が来ると、面倒だから?」

 商人息子ナーシルがそう付け足してきた。

「その通り。まだ戸籍がないアンタ達を巻き込みたくない。就籍許可申請に変な影響出たら嫌だしさ」

 そう冷静にアタシが伝えると、二人はグッと喉を鳴らして押し黙る。

 ま、ホントに一人だったら遠慮なく騒ぎ立てて、殴られた事で警察沙汰にしてやってたわ。

 でも、今は優先させたい事がある。


 アタシが小さく笑ってレジャーシートを折りたたみにかかると、その手を金髪王子ハルトにガッと掴まれた。

 思わず体がビクリと反応してしまう。

「……よし子、震えているぞ」

 アタシの手をそのままやんわりと両手で包み込んだ金髪王子ハルトは、砂浜に膝をつきながら、アタシの顔を驚いた顔で覗き込んできた。

 思わず笑いの息が口から洩れてしまう。

「そりゃ……怖かったからね」

 そう、素直に感情を言葉にした。

 アタシの言葉を聞いた金髪王子ハルト驚愕きょうがくの表情になる。

「怖かった、のか!? あんなに毅然きぜんに振舞っていたのに!?」

「見えてたんだ」

「俺は砂浜の向こうにあるトイレに行っていたからな。遠かったが見えていた。トイレが混んでて遅れた。すまん。全力で走ったが砂に足を取られて……鍛えなおさないとダメだな」

 そう言って、金髪王子ハルトが叱られたワンコみたいに肩を落として小さくなっていた。


「……ごめん、俺は気づくの遅くって。あそこの曲がり角を曲がって初めて気づいた」

 そう、顎をしゃくったのは、アタシの代わりにレジャーシートから砂を落としながら綺麗に畳んでくれている商人息子ナーシル

 二人が申し訳なさそうにしていたので、アタシは立ち上がって胸を張った。

「アンタたち二人がそのうち戻ってくるって分かっていたから、毅然と対応できてたの。じゃないと怖くって無理だっての」

 いつ殴られるか、引きずり倒されるか、そうずっと緊張し通しだった。

 だから震えがまだ収まらないんだよ。恐怖もあったけど、体の緊張がとれなくって。

 でも。

 おみくじにも書いてあったし。

『来るには来るが、遅い』

 って。

 だからできるだけ時間を引き延ばそうと思って。

 ただ、従順にして体をベタベタ触られまくるのはマジで嫌だったから、ああいう対応になったけど。


 片付けが終わり、さぁ撤退だ、そう思った時だった。

 金髪王子ハルトが両腕をガバリを広げて見せてきた。

「よし子! 俺はよし子を安心させたいから抱き締めたい! 抱きしめて震えを止めてやりたい!!」

 そう言いつつ、彼は腕を広げながらも、アタシへは一歩も近寄って来なかった。

 ああ、前に「勝手に触るな」って言ったからね。こういう時は忠実に守るんだね。

 ……金髪王子ハルトがなんか柴犬みたいに見えてきたわ。

「俺だってよし子を慰めたいよ」

 金髪王子ハルトに感化されたのか、商人息子ナーシルもそう言ってその場で腕を広げてきた。

 腕を広げて待つ二人を交互に見て、アタシは思わす苦笑が漏れてしまった。


「……よろしい。特別に許可してしんぜよう」

 アタシはそう言って、小さく腕を広げてみせた。

 すると、右側からガバリと抱きしめてくる金髪王子ハルトと、左側からゆっくり優しく抱きしめてくる商人息子ナーシル

 二人の体を両腕で抱き返していると、体の震えが本当におさまってきた。

 ……まさか、二人に安心させてもらえる日が来るとはな。


「……よし子を、二度と独りにしない。今日この日に誓う」

「よし子も無理しないで。大声で助け呼んで。危ない目に遭う所なんて、もう見たくない」

 アタシの肩に顔を埋めた二人が、そう、小さく溢してきた。

「了解」

 アタシも、二人にそう小さく言葉を返した。

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