【ディスク7】癒しのパワースポット

「今日のエスコートは任せてくれ!」

 不安しかない言葉が私の右隣から吐かれる。

 言葉の通りだったらどんなに良かったか……

「普段通りだとすると不安しかないですね。ゲームの中だとあんなに安定キャラだったのに……」

 ホントだよ。

 ゲームから出てきた途端バグだらけなんじゃねーのと思えるんですけど。

 左隣から聞こえた声に同意しか出来んわ。


 少し薄い色の青の空が遠く見える冬の晴天。

 雲一つなく抜けるような天気で気分も清々しかった。

 ……右隣に、何かやらかすんじゃないかとヒヤヒヤする人間──金髪王子ことハルトがいる事を除けば。

 金髪王子ハルトはウールのロングコートにざっくりとしたセーターとジーンズ。そして首にはマフラーを巻いてて、なんかオシャレ大学生みたい。最近の大学生なんぞ知らんけど。

 全部リサイクルショップの服なのに小綺麗に見えるんだから、やっぱり体型や顔か。顔のせいでよく見えてるだけなのか。

 喋らなきゃ、あのキララとかいうぶっ飛んだ女の子がのぼせ上がったのも分かる気がする。

 喋らなきゃな……


 しかしまぁ今日は大丈夫かな。

 もう一人は心強いツッコミ──商人息子ことナーシルがいるから。

 ウチにいる貴重なツッコミ要員。

 商人息子ナーシルがいない間の我が家はボケ供給過多で、マジ声帯にポリープ出来そうだよ。

 彼はカーキ色の少しモッタリとしたアウターにパーカー、チノパンとブーツという格好。こっちもこっちでオシャレに見えた。

 ……顔か。やっぱり顔なのか。いや、スタイルもだな。伊達に乙女ゲームから出てきてないって事か。チッ。

 白茄子エグプ金茄子ゴエプといい……世の中は不公平だなぁ。


 そういえば、白茄子エグプ金茄子ゴエプも基本ツッコミのハズなんだけど、アタシに対してはツッコミ入れるのに、何故か他メンバーについては放置か無視が多いんだよなぁ。なんでだよ。納得いかない。


「しかしまさか……二人のエスコート先が神社とは……しかも、海目の前の。凄い所見つけたね」

 アタシは目の前の景色に感嘆の声を漏らした。

 海に突き出た岩場に、白っぽい大きな鳥居が立っている。風が比較的強いので波が白く泡立ちつつ岩場に当たり、なんか荘厳そうごんな雰囲気を醸し出していた。


「パワースポットというんだろう?! 疲れたOLに人気だとネットで出てきたぞ!」

 金髪王子ハルトがキラキラしたドヤ顔をする。

「疲れたOLって枕詞はいらんやろ……」

 間違ってないけどさ。

「色んな癒し系パワースポットってあったんだけど、海の目の前っていうのが珍しいって出てきたんだよ。……見つけたのはハルト殿下」

 そんな商人息子ナーシルの言葉に思わず驚いた。

「えっ?! マジか。……伊達にネットで色々調べてないね」

「裸の女性の画像はタップしてないぞ。見るだけに留めている」

「せんでいい、そんな主張」

 聞きたくねぇわ、そんな事。

 なんでそういういらん主張するんだ金髪王子ハルトは……


 でも。


「ありがとう」

 素直にお礼を言った。

 アタシの為に色々調べて吟味してくれたんだもんな。その気持ちは嬉しいわ。

「……裸の女性をタップしないでいる事がか?」

「違うわアホ」

 なんでこうなんだよ金髪王子ハルトは。本当にポンコツなのか、天然なのか。天然でポンコツなのか。

「狙っててコレなら、俺は勝てないって思ってただろうなァー」

 そう、商人息子ナーシルが小さく苦笑した。

 私が彼の言葉にふとそちらを見ると、商人息子ナーシルの視線とぶつかる。

「パワースポットを提案したのは俺なんだけど、海のそばのっていうので見つけたのはハルト殿下なんだよね。

 ……前によし子、ポロッと『海に行きたい』って漏らしてたって、ハルト殿下が覚えててさ」

 商人息子ナーシルがそう言葉を続けた。その言葉に再度アタシは驚く。

 みんなの前でハッキリと『海に行きたい』と言った記憶はないけれど、ただふとそう思う事は多かったし。一人暮らしだった時は、時々ふらっと海へと行ってボンヤリする事もあったし。つい口に出ちゃった事はあったのかも。

 金髪王子ハルト……それ、覚えててくれたんだ。

 凄いな。

「俺、結構マメな方だって評価受けるけど、当たり前の事に気づくだけなんだよな。

 かたやハルト殿下は、そういう『誰かにとって大切な事』を覚えてたりするんだよ。

 ……これでポンコツじゃなければ、俺、勝てる要素なかったろうなぁ」

 自重気味にそう笑う商人息子ナーシルの様子に気づく事なく、金髪王子ハルトはアタシの手を握ってズンズン参道を進んで行っていた。


 なるほど確かに。これでポンコツじゃなければ完璧王子だったろうな。

「……あれ? でも、乙女ゲームでは完璧王子だったんじゃないの? 品行方正、主席で生徒会会長、女性のエスコートも上手でソツなく何でもこな──」

「ああ完璧だったぞ!!」

 私アタシが全部言い切る前に、ドヤ顔で振り返る金髪王子ハルト

「乙女ゲームという『マニュアル』通りの言葉を選び、乙女ゲームという『マニュアル』の通りに行動していただけだからな!」

 鼻の穴を広げてフンスと荒い鼻息を吐き出していた。

 ……あー、なるほどね。

 全ては『マニュアル通り』だったってワケか。設定至上主義のゲームの中ではその設定通りに動くだけだもんな。

 その世界から飛び出したから……化けの皮が剥がれちゃったんか。

 残念過ぎんな、本当に。


「でも!!」

 参道を歩いていた足を突然止めて、金髪王子ハルトは完全にアタシの方へと向き直る。

 そしてアタシの両手をガッチリと握り締めてきた。

「俺は今が楽しい! 何も上手くできない! それが楽しい!! 試行錯誤がこんなに楽しいなんて知らなかった!! この世界に連れてきてくれてありがとう、よし子!」

 輝くような笑顔をアタシに向けて、そうハッキリと言い切った。


「……ハルトは、殆どの打席盛大な空振りする割に、時々こういう特大ホームランをカッ飛ばすから怖いな」

 アタシは思わずそうポツリとこぼす。

「ちなみに俺は、毎打席安打タイプだから」

 横からそう商人息子ナーシルに呟かれたボヤきに、チラリとそっちを見てアタシは小さく笑った。

「確かに。アタシはどっちも嫌いじゃないよ。ナーシルには毎日助けてもらってるしね。みんなも頼りにしてるしさ」

 そうアタシがフォローを入れると。

 少し目を見張った商人息子ナーシルは、フイっと視線を逸らしてから恥ずかしそうに頬を崩していた。

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