【ディスク6】温泉堪能

「ただ、それでも渋られた上に、妥協案としてよし子の寝顔の写真をねだられたヌミョ」

「……寝顔盗撮してみろ。スマホへし折ってやるわ」

「だと思ったギョリュ。だから丁重に断った代わりに──」

 一度、そこで気になる言葉の切り方をする白茄子エグプ


「DTを殺す服をネットで注文しておいたギョリュ」

「それを着させる事で手を打ってもらったヌミョ」

「はァッ?!」

 どんな妥協案だよソレぇ?!

「やだよ!! なんでそんなの着なきゃいけないんだよ?!」

「……俺たちの前で遠慮なく全裸になれるギョリュに?」

「裸より恥ずかしいわあんな服!」

「なるほどヌミョ。よし子も資質あり、という事ヌミョな」

「言葉のアヤだ額面がくめん通りに受け取るなや!!」

「まぁ、少し理解出来るギョリュね。服を着るなんて、羞恥プレイもいいトコギョリュ」

 え?! そういうモンなの?! それは分からんわ!! ごめん!!

「いや、そうじゃなくって……あんなエロ目的にした服を、ハルトやナーシルの前で着るのは抵抗があるんだよ」

「なんでギョリュ?」

「あの子たちは、なんか甥っ子とか年下のいとことか、そんな感じなんだよ。

 子供って思ってるから対象じゃないし、子供にエロい物を見せたり気持ちを表現するって事に、もうなんか嫌悪感があるっていうか……」

「なるほどヌミョな」

 そう頷いて、金茄子ゴエプが少し動いて湯船の中の段差に座り直す。汗が浮く額を、頭の上に乗っけてたタオルで拭いていた。


「少し、可哀想ヌミョな」

 ポツリと、金茄子ゴエプがそう呟く。

「俺としては、彼らがライバルにならないっていう事が分かって、ちょっとホッとするギョリュ」

 白茄子エグプが、呟いた金茄子ゴエプを仰ぎ見て少し息をついていた。

「ハルト殿下もナーシルもスヴェンも、本気でよし子の事が好きだヌミョ。このままだと、彼らにはそのチャンスはないって事ヌミョよね? 年齢差は永遠に埋まらないヌミョ」

 金茄子ゴエプがアタシの顔をジッと見ながらそう尋ねてくる。

「……年齢差が問題なんじゃないんだよ。アイツらが、まだ子供だってのが問題なの。アタシにとっては、二十歳以下はまだ子供なんだよ」

 アタシは金茄子ゴエプから視線を外してそう答える。

「まぁ、よし子の好みは年上ギョリュしな」

 援護射撃するかのように、白茄子エグプがそう追加した。


「……それを言ったら、イグナート殿下も対象外ヌミョか?」

 金茄子ゴエプに問われ、え? と思い彼の顔を見た。

「なんでイグナート?」

「だってイグナート殿下は三十二歳だヌミョ」

「あれで年下かよ!!」

 マジか!! 金髪王子ハルトと対立するオトナゲなさはありつつも、てっきり同じぐらいかと思ってたのに!

「そりゃ、乙女ゲーム主人公が十七歳の設定ヌミョ。乙女ゲームでは大概十五歳の年齢差がギリヌミョ」

「なるほどな?!」

 十七歳から見たら、そりゃアラフォーなんてもう父親世代だもんな。ギリアラサーまでか。ま、当たり前か。

 ……冷静に自分として置き換えて考えると、三十二歳で十七歳にラブオーラ出すとか、ホントイグナートのヤバさが際立つな。


「ま、まぁ、イグナートは、年齢だけで言ったら別に対象外ではないけどさ。別の意味で対象外なだけで。

 ただ、気になってたんだけど……」

 アタシは自分の前髪をかきあげながら、これまで疑問に思っていた事を口にする為に言葉を続けた。

「ゲーム内ではゲーム内のルールや設定に縛られてただろうけどさ。

 なんでゲームから出ても好感度が維持されてんの?

 みんなには、今のアタシがちゃんと三十五歳に見えてるよね? ゲーム内の主人公とは違う人間だって認識されてるよね??」

 それがずっと不思議だった。

 現実世界に出て来たら、可愛い愛しいと思ってた少女の姿はなくって、三十五歳の疲れたOLがいるだけなんだよ?

 さすがに洗脳的なモノも、解けない??


 アタシにそう問われ、白茄子エグプ金茄子ゴエプが顔を見合わせる。

 何故か少し苦笑しあっていた。

「見えてるギョリュよ。と、いうか」

「ゲーム内の頃から三十五歳に見えてたヌミョ」

 そうなの?!

「ただ、ゲーム内はゲーム設定至上主義だギョリュ。そこから外れる動きが基本できないギョリュ」

「例外は俺たちナビキャラヌミョな。メタ的アドバイスをする関係上、自由に振る舞えるヌミョ」

「え、待ってよ。じゃあ……」

「ハルトもナーシルもスヴェンもイグナートも、ゲーム内にいた『よし子』自身に対して好感度を上げてたギョリュ。

 だから、こっちの世界に来ても、それは基本変わらないギョリュよ」

「マジか!!」

 てっきり、アイツらが熱を上げてたのは、ゲーム内の主人公の少女に対してだと思ってたのに……


 っていうか!

 アイツらストライクゾーンが広すぎねぇか!? 下手したら親の方が年齢近いってのになぜ好感度があげられるんだ!?

 少女漫画によくある『おもしれー女』ムーヴかよ! そういうのは二次元の向こう側だけにしておいてくれよ! こっちは本気で拒否ってっからさァ!! リアルで対面すると怖いよ普通に!!!


 あー……参ったなァー……

 アタシはズブズブと湯船の中に沈んでいく。顎までお湯にかりつつ。

 自分の勘違いと、これからの事で頭が痛くなった。

「てっきり、現実を見て醒めたらそれで問題なくなると思ってたのに……」

「何が問題ギョリュ?」

「アイツらの恋心に、アタシは応えない。でも、他人に『諦めさせる』って出来ないじゃん。本人が『ああ無理なんだ』って理解しない事には……

 それまでアタシは、延々と拒否続けなきゃならないって事っしょ?」

 なんだよその罰ゲーム的な状況は……

「一方的にぶつけられる性的好意を跳ね除けるのって疲弊ひへいすんだよ……

 何度『こっちにその意思がない』って伝えても暖簾のれんに腕押しになるじゃん。

 スルーするにも限度があらァ」

 あー。だからDTを殺す服も着たくないんだよ。一mgも可能性のない期待をあの三人に持たせたくない。あわよくば、とも思って欲しくない。

 子供にエロい姿を見せる事自体も嫌だし、エロい姿見せてその気持ちをあおるのも嫌だ。

 そもそも恋愛対象じゃない人間にそんな姿を見せるのも嫌だしな。


「よし子の気持ちも理解できるギョリュが……」

 ザパザパと、お湯をかき分け白茄子エグプがこっちへと近寄って来た。

 お湯で少し上気した頬に思わずドキリとさせられてしまう。

「彼らにその試行しこう錯誤さくごはさせてあげて欲しいギョリュ。どんなに想っても上手くいかない事もある、と感じさせる事も成長の一環だギョリュよ」

 アタシのそばまで来た白茄子エグプが、お湯の中からザパッと腕を出してアタシの額にかかった前髪の一房を後ろへと撫でつけた。

「嫌な事は嫌、ムカつく事はムカつく、今まで通り、よし子はそれを口に出して行動すればいいヌミョ。

 俺たちも彼らの行動にある程度制限をかけるし、もし本当にヤバい時には俺たちが助けるヌミョよ」

 少し離れた場所にいる金茄子ゴエプも、そうやって優しく笑っていた。


 ……そうか。

 まぁ『面倒を見る』って覚悟してしまったからな。面倒だとしても、そこはハッキリ線引きし続けよう。相手に気持ちをゴリ押せば通るんだという成功体験をさせちゃダメだ。

 特に金髪王子ハルト。彼はもう少し気持ちの表現する時のTPOを考えさせなきゃ。素直で真っすぐなのは彼の美点だが、TPOの考えなさが致命的過ぎるし。

 ……なんで成人済み男性たちを再教育せねばならなんのか本当に理不尽を感じるけれど、こっちの世界に連れてきてしまった責任もある。頑張ろう。


「ただ、DTを殺す服は着て欲しいヌミョ。それは一泊温泉についての交換条件だったヌミョ」

「そうギョリュな。そうじゃなかったら、全員連れてくるハメになっていたギョリュ。割引対象は四人までだったギョリュから、七人で来ていたら三人分正規料金で支払う必要があったギョリュよ」

 あー。そりゃダメだ。財布に大打撃過ぎる。

 でも、特にエルフショタスヴェン王弟殿下イグナートは車に細工してでもついて来ただろう。

 この温泉の極上時間は、二人が代替だいたい案で妥協だきょうしてくれたおかげ、か……


 ……人生、本当にままならんなぁ。どうしてだよ……

 ただ乙女ゲームがやりたかっただけなのに。


 アタシは再度二人に背を向けて、湯船のヘリに腕をかけて外に視線を向けた。

 この貸切温泉は半露天になってて、夕日が林の向こうへと沈んでいくのが見える。空は薄っすらとオレンジに焼けており、そこから紫、群青へとグラデーションしていく空が恐ろしく綺麗だった。

 アタシはそのまま目を瞑って、外の空気に冷やされる頬と、顔を撫でる蒸気の揺らぎにひたるのだった。

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