【ディスク5】サプライズ

「お買い上げ、ありがとうございました〜!」

 メチャクチャスッキリとした顔でそう頭を下げる高橋店員に見送られ、アタシは服がたんまり入ったデカい紙袋を両肩にぶら下げて店を出た。

 服が決まり、あとは支払うだけとなったので、白茄子エグプ金茄子ゴエプには先に店の外に出て待っててもらう事にしていた。


 大きな紙袋を抱えてヨタヨタ歩く。マジ疲れた。

 白茄子エグプ金茄子ゴエプには、モール内の椅子のある場所で待っててくれと伝えたので、そこまで重い足を引きずった。

 ヤバいな。

 結構人が多くって、見つけられる気がしない。でも、両肩に服の入った紙袋を下げてるからスマホ取り出すのも面倒臭い。

 歩きながら、どうしようかと悩んでいた時──


 あ。いた。見つけたわ。


 人が無数に行き交うモールの中に、一部ポッカリとスペースが空いており──

 その先にある椅子に優雅に腰掛けた白茄子エグプと、その隣に立ちつつ手すりに寄りかかってスマホを見る金茄子ゴエプがいた。

 あー……そこだけスペースが空いてる理由が分かったわ。

 なんか微妙に迫力あるんだよな、あの二人。

 今は外出時なので二人とも服を着てる。

 シンプルなジャケットとシャツ、チノパンと革のカジュアルな靴という恐ろしくシンプルな格好をしてるんだけど、それが余計に……なんか、こう、休日のハリウッドスターみたいな雰囲気になってんだよな。

 なんなんだよアレ。無駄に絵になるなぁ。あそこだけ異世界かよ。

 神様は人に二物も三物も与えてんじゃん。アレと並んで歩くとしたら、どんな服着たって意味ねぇよ。

 そりゃ、みんな遠巻きにするわ。


 あ。


 見てると、オズオズと二人に声をかける二人の女の子たちがいた。離れてるので声は聞こえない。

 何かを問われた白茄子エグプはゆるゆると首を横に振った。

 女の子がスマホを構えたせいか、金茄子ゴエプが身体を起こす。そしてヤンワリと女の子のスマホを大きな手で覆った。

 二言三言、女の子たちと言葉を交わした二人が手を振る。すると女の子たちも二人へと手を振りかえしつつ、何度も振り返りながらキャーキャーという黄色い声と共に離れて行った。


「……お待たせ」

 やっと二人の元へと辿り着いたアタシがそう声をかけると、白茄子エグプがスクリと立ち上がった。

「予算内におさまったギョリュな?」

 そう聞かれたので

「うん。ありがとう」

 素直に頷いた。白茄子エグプが『金に糸目はつけない』と適当な事をぶっこいたので、あの後ヤンワリと予算を伝えた。

 そしてあの高橋店員は、見事に予算内──いやむしろ、大幅予算以下でおさめてくれた。

 いや、マジあの店員さん有能過ぎるわ。部下に欲しい。

 それに、ファストファッション店の金額帯も凄いわ。全身コーデだったのに想定よりも全然安くすんだし。ファストファッション店尊敬します。存在していてありがとう、作ってくれた企業ありがとう。


「そういえば、今声をかけられてたね。どうしたん?」

 さっきまでの光景を思い出し、二人に一応聞いてみた。

「ああ、なんか、『俳優さんですか』って聞かれたヌミョ」

 アタシが肩にかけていた紙袋を受け取った金茄子ゴエプがそう答える。

「写真を撮っていいかって聞かれたギョリュが、断ったギョリュ」

 私のもう片方の肩に掛けられた紙袋を白茄子エグプが受け取りながら、そうため息と共に吐き出した。

「服を着てる姿を写真で残されるなんて……耐えられないヌミョね」

「そうギョリュな」

 二人がそう、ウンウンと頷きあった。

 ……あ、やっぱ神様は二人に、姿と声という二物は与えたけど、それを相殺する変な矜持きょうじと語尾までついでに与えたんだな。神様公平ー。


「さてと」

 アタシは左右を見回して、駐車場はどっちだったっけと確認する。

「他、どこか寄る必要のある場所、ある?」

 せっかくモールに来たのだから、ついでに他に必要な物を買い揃えてもいいな、と思ってそう言った。

「このモールは終わりだギョリュ」

「でも、行きたい場所はあるヌミョ」

 アタシの前をエスコートするように歩き出す白茄子エグプと、背中をゆっくりと押す金茄子ゴエプ

「え? それ、どこ?」

 モール以外の行き先を聞いていなかったので、アタシは不思議に思って問いかけたが

「行ってのお楽しみだギョリュ」

 白茄子エグプが少し振り返りながら、そう、イタズラっぽく笑いかけてきた。


 ***


「はー……まさか、こんなサプライズを用意してるとはね……」

 アタシは感心しつつ、大きな溜息とともにそう漏らした。

 そして──


 白濁はくだくしたお湯が溢れる湯船のヘリに腕をかけ、再度そのお湯の心地よさにハフゥと息を漏らした。

 ここは温泉。

 家族で貸切出来る個室半露天風呂がついた宿。

 その貸切の半露天風呂にドップリかりながら、アタシは身体中の力を抜けるだけ抜いて、お湯に溶けるかのように身を委ねた。

 いやー。こんな場所が少し足を伸ばせば行ける場所にあるなんて知らなかったなァ。


「近所の岡田さんに、この宿の割引チケットをもらったギョリュよ」

「使おうと思ってたらしいヌミョが、有効期限内までに旦那さんの都合がつけられたなかったらしいヌミョ」

「チケットを譲ってもらった代わりに、スヴェンが育てた野菜を沢山あげたら喜んでたギョリュ」

「お互いWinウィン-Winウィンヌミョね」

 アタシがもたれ掛かるヘリの反対側で、ヘリに腕をかけてのんびり湯船にかる白茄子エグプと、両手で前髪を掻き上げながら湯船でくつろ金茄子ゴエプが、ゆったりとした口調ででそう答えた。


 三人で混浴とか、なんか微妙に腰が引けたけど、二人がアッサリ全裸になったので、なんか警戒してんのも馬鹿らしくなった。

 そうだった。二人は全裸が初期装備デフォルトだったや……

 しかも。

 二人もアタシの全裸を見ても、なんの反応も見せなかった。

 ……少しだけ屈辱を感じたが、そんなアホな自分の感情は無視。

 なんか、思った。

 結婚して二十年ぐらい経つと、こんな感じになるのかなぁ。


白茄子エグプ金茄子ゴエプが、ちゃんと近所付き合いしてくれてたお陰だね。ありがとう」

 アタシは少し振り向いてそう御礼を言った。

 これは、別に温泉割引券の事だけじゃない。

 白茄子エグプ金茄子ゴエプが、普段家に殆どいないアタシの代わりに、近所としっかりコミュニケーションを取ってくれてるお陰で、近所とか関係は恐ろしく良好だし。

 文字通り、二人は『家を守って』くれている。だからアタシは仕事に猛烈に専念できた。それが本当にありがたかった。

 一人暮らししてた時は、何から何まで自分で自分の面倒をみなきゃいけなかったからね。

 それがないってだけで、なんて楽に生活できるんだろう……知らなかったわ。


「ま、『よし子を癒す』とかこつけて、俺たちも温泉に来れたヌミョ」

「そうギョリュな。何も着なくていい大義名分がゲット出来たギョリュ」

「……宿の中では、浴衣着てくれよ……」

 なんか、余計なハメまで外されそうで怖いわ。先に釘を刺しておいた。


「そういえば」

 アタシはふと気づいて二人の方へと身体を向けた。

「日帰りじゃなくて、一泊だよね? 家に残して来たメンバーはよく納得したね」

 特に、エルフショタスヴェン王弟殿下イグナートが了承したのは意外だった。

 絶対猛反対しそうなのに。

 それだけじゃなく、当初はマジ単純に驚いたわ。こちとらそんな泊り準備とか全然してなかったしさ。

 でも。

 着替えはもとより、普段から使ってるスキンケア用品がすべて小瓶に詰められたセットまで用意されてた。

 驚き以上に準備万端ばんたんというか周到しゅうとうすぎて、ちょっと怖くなった。


「よし子を癒すには温泉しかないと言ったギョリュ」

「でも日帰りだと、運転担当になるよし子は癒しきれないヌミョ」

「癒したくないのかと言い返したギョリュ」

 なるほどね。確かに温泉かっても、そのまま帰りに運転したらまた疲れるわ。

 まぁ運転好きだから大して苦ではないけれど、その気配りは単純に嬉しかった。

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