【ディスク4】モールでの試行錯誤

 しかし──と、アタシは考える。

「気持ちは嬉しいよ。買う物の値段とか種類とかは置いておくとして、アタシの為に色々考えてくれるその気持ちと行動自体は嬉しい」

 アタシの為に、人間の中で一番重要な「考える事」と「気持ち」に時間を使ってくれるのは本当に嬉しい。これは、金には代えられないものだからね。

 ま、逆に言うと、気持ちしか嬉しくねぇんだけどな。

 そもそもなんなんだよ、その横乳と背中とケツの割れ目まで見える服は。エプロンとどう違うんだよ。裸エプロンの亜種かよ。


「でも、みんなそれぞれ意見が違うから、まとまらないギョリュ」

 そこで口を挟んできたのは白茄子エグプだった。台所からお盆にお茶の乗せて出て来た。

「そこで、ヌミョ」

 その後ろから、同じくお盆にお茶を乗せた金茄子ゴエプが出て来る。

「俺たちが、四人の代わりによし子の服を選んでくるヌミョ」

 持って来たお茶を座卓の上に置きながら、金茄子ゴエプがそう続けた。


 一瞬ザワリ、と空気が変わる。


「何に言ってんの裸族っ!」

「裸族が服を選べるワケがなかろう!」

「選んだとしても全部シースルーとかになりそうだし……」

「お前たち。控えろ」

 烈火の如く、四人が口々に茄子たちに文句を叫び始めた。

「俺たちは裸族じゃないギョリュ!」

「そうだヌミョ! 俺たちは被服族じゃないだけヌミョ!」

 白茄子エグプ金茄子ゴエプが応戦する。

「それを裸族って言うんだよっ!」

「もしや、局所しか隠さない系の──」

「それはそれで見たい」

「完全同意だ」

「同意すんな。それはもはや服って言わねぇよ」

 アタシのツッコミは、誰に耳にも聞こえてなさそうなんだけど……


「俺たちは自分たちの矜持プライドとして服を着ないだけギョリュ!」

「そうだヌミョ!」

 ……あ、全裸でいるの、プライドだったんだ。……どんなプライド?

「それをよし子に押し付ける気はないギョリュ!」

「どうせお前たちは自分たちの意見を変えないヌミョ? だから俺たちが公平をして決めてくるヌミョ!」

「公平? これをチャンスに自分達の好みの服を着せたいだけじゃ……」

「ナーシルたちと同じだと思わないで欲しいギョリュ!」

「むしろ、俺たちは服を着ないからこそ、ニュートラルによし子に似合うものを選べるヌミョ!」

 ……そうか?

 ……。

 …………そうか??


 あー、なんか。また頭使うの面倒臭くなってきた。

 お風呂で回復した気力、全部使い果たしたわ……

 アタシは自分のコメカミをグイグイ押して頭の疲れをなんとかほぐそうとしたが、全然ほぐれない。

 そんなアタシの様子に全然気づかない六人。


 アタシはその場でウーンと伸びをして肩を回すと

「じゃ、寝るわ。あとは勝手に決めてくれ……」

 聞いてる奴らはいなさそうだったけれど、構わずアタシは自分の部屋へとノソノソと戻って行った。


 ***


「このスマホの洋服みたいな組み合わせに近い服を見繕みつくろって欲しいギョリュ」

「それか、このヒトに似合うマネキンの服がどれか選んで欲しいヌミョ」

 アタシを大型モール内にあるファストファッション系店に連れてった白茄子エグプ金茄子ゴエプが、店員の女性に物凄い圧力でそう詰め寄った。


 詰め寄られたファストファッション店の若い女の子の店員さんは、顔を若干引きらせた笑顔で完全に固まっていた。


 目立ってる目立ってる!

 大型モールを行き交う家族連れやカップルが奇異の目で見てる!!

 他人を装いたかったけれど、白茄子エグプにガッツリ手を繋がれて、逃げられない状況に立たされていた。


 かたや女の子の方も、顔に完全に『逃げたい』って書いてあった。

 しかし店員のプライドか、それとも単純に恐怖でか、その場に留まっている。

 白髪のローマ彫刻さながらの男と、金髪で褐色の肌の同じくローマ彫刻に挟まれて、もうこの女の子もローマ彫刻に変わりそうだよ。オセロかよ。


 その女の子は少しの間、口をパクパクさせたのち──

「高橋センパーーーーーーイ!!!」

 と叫ぶ。

 せんぱーーーーーい

 せんぱーーい

  せんぱーい

 と、叫びがコダマしたような錯覚を覚えたのち

「はいはーーい!」

 と、奥からアラサーほどの女性が現れた。


 小柄で華奢きゃしゃ、メガネをかけてて八重歯がのぞく笑顔の可愛らしい女性。ポニーテールは完璧な具合で崩されてアレンジされており、服もその店の物で固められていたが、アタシが見ても分かるレベルで小物等でアレンジされていた。


「……ええと?」

 高橋先輩と呼ばれた彼女は、白茄子エグプ金茄子ゴエプ、若い店員の子と最後にアタシへと視線を素早く這わせる。

 そして白茄子エグプが店員さんに見せていたスマホの画面をチラリと見て、一瞬視線を宙に巡らせたのち

「アドバイスでしたら、わたくしにてうけたまわりますよ! あ、三田ちゃん、品出しお願いしていいかな?!」

 ハキハキとした言葉でそう告げた。

「は……ハイ!!」

 三田ちゃん、と呼ばれた若い店員さんは、ホッとした表情になって奥へと小走りに逃げて行った。


 ──この人、出来る。


 この一瞬で見せた、高橋という店員さんの資質。まざまざと感じ取ったぞ。

 状況把握の速さ、判断力と決断の速さ、そして後輩へのさりげない気配り。是非ウチの会社に欲しいなぁ、こういう子。


 そんな事をボンヤリ考えていたら、白茄子エグプにグイッと手を引っ張られ、金茄子ゴエプによって高橋店員の前へと押し出された。

 高橋店員は、アタシを頭の先から足先まで素早く視線を這わせ

「ええと……これからお仕事ですか?」

 と、少し申し訳なさげにそう小さく呟いた。

「いや。コレが普通の外出着です」

 アタシは素直にそう答える。

 アタシが今着ているのは、いつも通りのスーツだ。うん。遠出する時はいつもコレなんだよね。もう考えるの面倒くさくて。

 近所に行く時とかは部屋着のままだけど、さすがにモールとか行く時は、さ。

 結局これが一番楽なんだよ社畜だからな。

 ただ、店でよく店員に間違えられるけど。


 高橋店員は一瞬、営業スマイルを固まらせる。そして白茄子エグプとスマホと金茄子ゴエプを見て、目をパチパチとしだたかせた後

「コレはやりがいがありますね」

 ニヤリと、そう、何故か黒く、唇を歪ませた。


 ……嫌な予感がした。


 ***


 フィッティングルームからゲッソリとした顔で出たアタシを、腕組みした白茄子エグプ金茄子ゴエプと、何故か同じように腕組みした高橋店員が待ち構えていた。


「「「うーん……」」」

 三人は唸り声を声をハモらせる。

「運動をなさっていると仰っていたし、手足が長いので似合うかと思ったのですが……お胸が大きいので、少しモッタリして見えてしまいますね」

 高橋店員が、メガネを某司令官みたいに一度キラリとさせてから眉根を寄せる。

「太って見えるヌミョ」

「強そうギョリュな」

 もっとオブラート包めよ。高橋店員を見習えや。

「お顔がお化粧映えしそうな感じですので、色もパステルやボヤけた色味よりも、もっとハッキリとした物のほうがいいような気もします」

「つまり、地味顔って事ヌミョな」

「純和風顔ギョリュ」

 金茄子ゴエプ、サラッとディスんな。

 白茄子エグプのフォローが痛い。


 完全に試着マネキンと化したアタシを見て、高橋店員はポンと手を打つと

「分かりました。逆に普通の方には難しいコーデにチャレンジしましょ!!」

 と快活に、しかし鋭い目でそう言い切った。

「金に糸目はつけないギョリュ」

「支払うのはよし子だけどヌミョな」

 白茄子エグプ金茄子ゴエプがそう付け足した。

「じゃ、選んできますので、今のお洋服はお脱ぎになってお待ちくださいね」

 なんか微妙に顔を上気させ、興奮気味に鼻の穴を広げた高橋店員は、捨て台詞のようにそう吐き捨てて店内へと足早に戻って行った。


 アタシは疲れてフィッティングルームの床にドッカリ座り込む。

「もう脱ぐのもめんどい……」

 思わずそうポツリと溢すと

「脱がせてあげるギョリュよ」

 と白茄子エグプがサラッとそう言ってフィッティングルームに入ってこようとした。

 アタシはシャキッと立ち上がり

「自分でやります」

 そう言い切って、フィッティングルームのカーテンをぴしゃりと閉めた。

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