【ディスク3】洋服論争

「あ、そうか。そういう事か」

 何かに気づいたかのような声を上げたのは商人息子ナーシルだった。

「デートっていうからダメなんだろ? 接待は? 俺たちが、普段頑張ってくれているよし子を、接待。それならどう?」

 そう問われて、一瞬『ん?』と考えてしまう。

「……つまり、お前らがアタシを癒してくれるって、事?」

 そう思わず呟いて顔を上げると、ニヤリと笑っている商人息子ナーシルの表情が目に入った。


 ──はかられたッ!!


 そう気づいた時には遅く。

「そうだな! よし子を癒したい! それは俺も賛成だ!!」

 金髪王子ハルトが拳をグッと握ってウンウン頷いていた。

「いいね! いっぱい癒してあげるよ! よし子!!」

 エルフショタスヴェンもニッコニコの輝くような笑顔。

「それぞれが、自分の思う『よし子癒しプラン』でもてなせばいいギョリュな」

 白茄子エグプはそう言ってナルホドな、という顔をした。

「ふふ。最上級の癒し時間を与えよう」

 なんか、マンションだか高級ホテルだかの売り文句みたいな言葉を吐く王弟殿下イグナート

「……ハードル高いヌミョ……」

 金茄子ゴエプは一人、『えー』という顔をしていた。


 こっ……ここで否定したら『癒されたくない』ってなってしまう。

 正確には『癒されない』なんだけど、しかしそもそも、癒したいという気持ちを無碍むげにするのも、それはそれでどうなんだ?

 いやでもしかし、アタシは単純に画面越しの二次元で充分であって──


「じゃあ、それぞれプランが決まったら、よし子に声をかけよう! それでは! 解散ッ!!!」

 金髪王子ハルトがそう声をかけてしまったせいか、話が終わったものとなって、それぞれが居間から退出し始めてしまう。

「よし子、そろそろ会社へ行かないと、遅刻するギョリュよ?」

 そう白茄子エグプから突っ込まれ、ハッとして時計を見ると、確かにギリギリの時間だった。


「チキショウー! お前らッ!! 覚えてろよ!!!」

 アタシは上着とコートと会社鞄を引っ掴み、モブ悪役のような捨て台詞を吐いて玄関へと走って行った。


***


「だからァー! よし子はガーリーなファッションがいいのっ!!」

「それスヴェンがそういうの着たいだけだろうが……」

「そう言うナーシルだってアメカジやらストリート系なんて自分のスタイルの押し付けじゃん!」

「二人とも落ち着け。よし子にはこういうのがいいと俺は思うんだ」

「ハルトは黙ってて! よし子に量産地雷系なんて着せたら本当に大爆発起こすよっ!!」

「ハルト殿下……さすがによし子にこれは……」

「む? 可愛いと思うんだが」

「これは着てる子が可愛いのっ! よし子の顔を当てはめてみなよ!」

「……? 可愛いが?」

「認知歪みすぎ!!」

「それを言ったらスヴェンだってそうだろうが。よし子にガーリー系って……」

「似合うよ! あの仏頂面さえなければっ!」

「ハルト、ナーシル、スヴェン。お前たちは間違っている。よし子ならコレだ」

「「「……」」」

「……イグナート殿下……これはちょっと……」

「どうしてだ? よし子の魅力とセクシーさを際立たせる、エレガンスな服だと思うが」

「よし子を痴女としてしょっぴかれたいのっ!? 却下だよ却下!!」

「そうか?」

「そうだよっ!」

「そうだな」

「そうだと思います」


 今日も今日とて社会の荒波にすりつぶされて疲れて帰宅し居間へと足を踏み入れたアタシの目の前で、今、地獄のような光景が金髪王子ハルト商人息子ナーシルエルフショタスヴェン王弟殿下イグナートにより繰り広げられていた。

 四人は、居間の中央に置かれた座卓の上に、沢山の様々なジャンルのファッション誌を広げて、あーでもないこーでもないと激論を交わしている。

 ちなみに、白茄子エグプ金茄子ゴエプはそんな四人を無視して、居間の片隅でスーパーのチラシの特売品に○付けをしていた。


 無視、しようか。

 いや、ツッコミか。

 ツッコミ入れるとしたら、どう入れるか。『そんな金ねぇよ』とか? いや、金あったってあんなのこっちから願い下げだし。

 だとしたらどうツッコミ入れる?

 ええと。

 うーんと……

 あー……


「お風呂入ってくるわ……」

 アタシはツッコミを放棄し、そのままお風呂の方へと方向転換してゆっくりと歩きだした。

 今日は無理。もう疲れた。これ以上頭を使わせないでくれ……


 ***


「なんでアタシの服をアンタらが相談してんの。アタシは自分が着たい服しか着ないし、暫く購入するつもりもないからな」

 四人を居間に正座させ、風呂上りでホコホコの身体で仁王立ちしてアタシは𠮟りつけた。

 放置するとマジ暴走するのがこの四人だなぁ。普段比較的マトモな感性してる筈の商人息子ナーシルまで悪ノリするから。

 まったく。油断できん。


 お風呂の湯船に、身体の形を留められないかと思うほどゆっくりドップリ浸かったおかげか、少し頭が復活してきた。

 復活してきたからこそ、余計にツッコミ入れずにはいられなかった。


「そもそも全員認知がオカシイんだよ! 何度も言わすな! アタシはアラフォーなんだよ! ガーリー系もアメカジもストリートも量産型やら地雷系やら、そもそもDT殺す服とかも着ないんだよ! 冷静になれお前ら!! 現実を見ろ!!! 

 お前らの目の前にいるのは、ファッションとは無縁むえんな人間なんだよ!! 言わすな!!!」

 ホントなんなんだコイツら。

 ゲームの世界から出てきて以降、ゲーム設定に縛られなくなったからアタシの姿が普通に見えてるハズなのに、なんで冷めないでいられるんだ?! 何のバグだよ!


「いや、DTを殺す服はイケると思う。俺はそれで殺されたい」

「ハルトは黙ってろ!」

「俺はDTではないが殺されたい」

「イグナートも黙ってろ!!」

「僕は殺されたくないから見なーい。でもDTじゃなくなった後ガン見したーい」

「スヴェンは少しはオッサン臭を引っ込めろ!!」

「俺はそれを脱がせたい」

「ナーシルも悪ノリ便乗すな!!」

 金髪王子ハルトエルフショタスヴェン商人息子ナーシルの三人だった時にはここまで盛り上がらなかったのに、王弟殿下イグナートが参戦するようになってから、より面倒臭くなった気がするんだが気のせいか?!


「ってか、何でアタシの服とか検討してんの……自分のを考えなよ自分のを」

 アタシは本当に頭痛を感じて額を押さえた。

 全員漏れなくリサイクルショップで買った服だ。どうしても流行りからの型落ち品になるよな? アタシは服なんぞ気温とTPOにあってればそれでいいと思うから気にしないけど、全員をそこに付き合わせる気はない。

 普段着ならリサイクルショップでまかなうとして、外出着とかはちゃんと新品を買ってもいいと思ってる。

 それは生活の質を維持するには必要な事だと思うし。


「違うよー。よし子を癒したいって言ったじゃんー? 服はその一つだよ。可愛いのを買ってあげたいのっ」

 エルフショタスヴェンがプリプリしながらそう訴えてきた。

「いや、アタシは洋服には興味ないから、服をプレゼントされても──」

「服に興味ないなら、尚更何着てても構わないんじゃないの? なら、俺たちが着せたいのを着て貰っても良くね?」

 商人息子ナーシルの言葉に、微妙な納得感を与えられてしまう。ま、まぁ、そう言われれば、そんな気はするけど……

「ならやはりここは」

「このDTを殺す服を──」

「そんな半裸に誰がなるか」

 金髪王子ハルト王弟殿下イグナートの意見は速攻で潰した。

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