【ディスク2】デート発作

「よし子とデートに行きたい!!」

 突然発せられた金髪王子ハルト毅然きぜんとした声。


 ある平日のいつもの朝。

 初冬の強い風が築六十年の古い窓をガタガタと鳴らしている。しかし天気は快晴で雲一つない。冬特有の薄い青と高い空が綺麗な、気持ちのいい朝だった。

 気持ちのいい、朝だったのに、な……


 居間にあるテーブルで朝食を全員で摂っていた。アタシはいち早く食べ終わって新聞を読んでいたが、面倒くさかったので特に反応しなかった。

 金髪王子ハルトが突然意味不明な事言い出すのは、いつもの事だし。


「ハルト殿下……朝っぱらからどうしましたか。また発作ですか?」

 お茶碗を置いて、ゲンナリとしか顔でツッコミを入れたのは商人息子ナーシル

「朝っぱらからウザい! 爽やかな朝ぐらいそのウザさを発揮しないように出来ないのっ?!」

 味噌汁をフーフーしていたエルフショタスヴェンが、そうハッキリクッキリ切り捨てた。

「みんなと同じ物を食べたギョリュよね? 何処かで拾い食いしてオカシくなったワケじゃないギョリュね?」

 そう、少し心配げに金髪王子ハルト見たのは白茄子エグプ

「……若いな」

 王弟殿下イグナートはそう鼻で笑ってる。

「……よし子のスルースキルが怖いヌミョ」

 一人、アタシにツッコミを入れたのは金茄子ゴエプだった。


 朝は必ず全員で朝食を摂る。

 これが佐藤家の一つの家訓。ただし、夜勤などがある人間は除く。

 だから今日もこうして全員で食卓を囲んでいたが。

 全員が朝食を囲む日で、平穏無事に何事もなく朝食が終わる日って、もう二度と来ないのかな……

 前回全員で朝食を摂った時は、起きてきた金髪王子ハルトが『おはよう! 愛してる!!』と突然ぶっ放したもんで、王弟殿下イグナートと『俺の方が愛してる』と無駄な言い合いを開始してたし。

 勿論どっちも無視した。


 新聞を折り畳み机に置いて、自分用の湯呑みからズズッと緑茶をすする。勿論金髪王子ハルト妄言もうげんには応えない。

「デートしたい!!」

 アタシが聞こえてないとでも思ったのか、金髪王子ハルトはシュッとアタシの横へと来て、湯呑みを待ってない方の手を握ろうとしてきたので、こちらもシュッと避けた。

 ふっ。そう何度も簡単にセクハラされてたまるか。

「聞こえてる。アタシはしたくない。以上」

 アタシは湯呑みを置いてそうサラリと答えた。


 なんて無駄な応酬おうしゅう

 ちなみに、デートしたいと言われたのは、これが初めてじゃない。

 金髪王子ハルトは月に数回はこの発作を起こすから。流石に朝イチで言われたのは初めてだけど。

 流石に慣れた。もう慣れた。慣れたけどウザい。

 いつもなら、これで話が終わる──ハズだった。


 が。


「……そうだな、たまにはデートしたいな」

 そう同意したのは、意外や意外。商人息子ナーシルだった。

 いつもなら金髪王子ハルトの発作にアタシと同じようにゲンナリした顔するのに?! 今日はどうした?!

「な、何突然。ナーシルまで……」

「えー!! 僕だってしたいよー?! よし子と二人っきりでラブラブしたーい!!」

「いや、スヴェンと二人で歩いたら、どう見ても母娘おやこのおでかけ──」

「デートギョリュか。それはショッピングも含まれるギョリュか?」

白茄子エグプまで?!」

「二人でショッピングなら、デートになるな!!」

「いやハルト、白茄子エグプとは普通にスーパーとかに二人で買い物行ってるし──」

「俺も勿論デートしたいぞ。夜の静かな空気の中、二人で酒を酌み交わして、そして二人だけの場所は赴き、最後にそこで──」

「やめろイグナート。それ以上言うな。また食パン口に突っ込むぞ」

「喜んで」

「喜ぶな」

 なんなんだよ王弟殿下コイツ。ツッコミを喜ばれると調子マジ狂う。アタシは頭痛を感じて額を押さえた。


「たまにはいいヌミョね。みんなの息抜きに行ってきたらどうヌミョ?」

金茄子ゴエプ!!」

金茄子ゴエプは行かないギョリュか?」

「俺はよし子への好感度は、お前達と違って普通ヌミョ。別にどっちでもいいヌミョ」

「ふ。謙虚だな、金茄子ゴエプ

「王弟殿下は要求ハードルが高すぎると思うヌミョ。あ、でもDIYするための機材が欲しいヌミョ。それを買ってくれるなら行きたいヌミョ」

「いや、それアタシをただの財布扱いしてるだけ──」

「それもいいな金茄子ゴエプ!」

 そんな最後の金髪王子ハルトの声で、何故かデートに行く事が決まったみたいな空気になる居間。


 いや、ちょっと待てよちょっと待てよちょっと待てよ

「ちょっと待てよ! 何で行く流れになってんのっ?! 行きたくないってアタシ言ったよね?!」

 なんで行く流れになってんのかな!? おかしいよね!? おかしいよね!?

 アタシが焦って腰を浮かせてそれぞれの顔を見ると、何故かみんなの方が『どうした?』って顔でアタシの事を見上げる。

 ちょい待てよォ!! なんでアタシの方が変な事言ってる風になってんだよォ!!


「よし子!!」

 キリッとした顔を声で、アタシの名前を叫ぶ金髪王子ハルト

 その声に、思わず彼の顔を見た。

「何故俺とのデートは嫌なんだ!?」

 嫌な理由?

 そんなの……

「それって仕事から解放される自由時間にって事でしょ? ならその時間に乙女ゲームしたい」

 今度こそ乙女ゲームに、しっかり癒されたい。


 しかし、そう答えた瞬間

「よし子は諦めが悪いな……」

「そうだよ! また乙女ゲームから変なの連れ帰る気っ!?」

「やめるギョリュ。これ以上扶養家族を増やされたくないギョリュ」

 と、商人息子ナーシルエルフショタスヴェン白茄子エグプから猛反対を食らってしまった。

「わ……わかんないじゃん! 三度目の正直って事も──」

「二度ある事は三度ある、という言葉も、俺たちの世界にも勿論ある言葉だな」

「数十人の攻略キャラがいるような乙女ゲームをやらないで欲しいヌミョね」

 そう、王弟殿下イグナート金茄子ゴエプがウンウン頷く。

「なんで持って帰ってくる前提なんだよ!? そんな事、そうそう起こらな──」

「普通なら絶対に発生しないであろう『乙女ゲームへの転移』を二回もして、なおかつその両方の世界から男を連れ帰って来た奇跡を起こしたのは、誰だったギョリュか?」

「うっ……」

 白茄子エグプのツッコミに、思わず言葉が止まる。

 ……違うもん。違うもん。アタシの意志で転移したワケでも、アタシの意志で連れ帰ったワケじゃないもん。

 全部誰かの恣意しい的悪意のせいだもん。


「でも……癒されたい……このクソみたいな社会の荒波で疲れた心を……」

 もうホント、マジで疲れてるよ、主に心と声帯が。

「画面の向こうでイケメンとイケボに癒されて、ついでに甘酸っぱい思いをしたい……世知辛い現実を忘れて」

 アタシはそう言葉を漏らして、机にそのまま突っ伏した。


「よし子……」

 その頭に、甘く優し気な声が降ってくる。

「一応ここに、イケメンとイケボの人間が六人もいるギョリュよ?」

 白茄子エグプがそう、アタシの耳元で囁いた。


「くっそヤメろやァー!! XXXXXXXX声優さん名誉の為伏字さんと同じ声で囁いてくんじゃねぇわ!! 夢が壊れる! アタシの中の小さな女の子が号泣してる!! 大切にしてた思い出壊すんじゃねぇよ!!!」

 ああもうXXXXXXXX声優さん名誉の為伏字さんの声を画面越しで聞いて、我に返る自分が見えるー!!

 ホントヤダもう!!

 この弊害本当にどうにかして欲しい! アニメもゲームも吹き替え外画も全部楽しめなくなった! ちきしょう!!

 アタシはその現実を認めなくなくって、ずっと机に突っ伏し続けた。

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