【ディスク2】デート発作
「よし子とデートに行きたい!!」
突然発せられた
ある平日のいつもの朝。
初冬の強い風が築六十年の古い窓をガタガタと鳴らしている。しかし天気は快晴で雲一つない。冬特有の薄い青と高い空が綺麗な、気持ちのいい朝だった。
気持ちのいい、朝だったのに、な……
居間にあるテーブルで朝食を全員で摂っていた。アタシはいち早く食べ終わって新聞を読んでいたが、面倒くさかったので特に反応しなかった。
「ハルト殿下……朝っぱらからどうしましたか。また発作ですか?」
お茶碗を置いて、ゲンナリとしか顔でツッコミを入れたのは
「朝っぱらからウザい! 爽やかな朝ぐらいそのウザさを発揮しないように出来ないのっ?!」
味噌汁をフーフーしていた
「みんなと同じ物を食べたギョリュよね? 何処かで拾い食いしてオカシくなったワケじゃないギョリュね?」
そう、少し心配げに
「……若いな」
「……よし子のスルースキルが怖いヌミョ」
一人、アタシにツッコミを入れたのは
朝は必ず全員で朝食を摂る。
これが佐藤家の一つの家訓。ただし、夜勤などがある人間は除く。
だから今日もこうして全員で食卓を囲んでいたが。
全員が朝食を囲む日で、平穏無事に何事もなく朝食が終わる日って、もう二度と来ないのかな……
前回全員で朝食を摂った時は、起きてきた
勿論どっちも無視した。
新聞を折り畳み机に置いて、自分用の湯呑みからズズッと緑茶を
「デートしたい!!」
アタシが聞こえてないとでも思ったのか、
ふっ。そう何度も簡単にセクハラされてたまるか。
「聞こえてる。アタシはしたくない。以上」
アタシは湯呑みを置いてそうサラリと答えた。
なんて無駄な
ちなみに、デートしたいと言われたのは、これが初めてじゃない。
流石に慣れた。もう慣れた。慣れたけどウザい。
いつもなら、これで話が終わる──ハズだった。
が。
「……そうだな、たまにはデートしたいな」
そう同意したのは、意外や意外。
いつもなら
「な、何突然。ナーシルまで……」
「えー!! 僕だってしたいよー?! よし子と二人っきりでラブラブしたーい!!」
「いや、スヴェンと二人で歩いたら、どう見ても
「デートギョリュか。それはショッピングも含まれるギョリュか?」
「
「二人でショッピングなら、デートになるな!!」
「いやハルト、
「俺も勿論デートしたいぞ。夜の静かな空気の中、二人で酒を酌み交わして、そして二人だけの場所は赴き、最後にそこで──」
「やめろイグナート。それ以上言うな。また食パン口に突っ込むぞ」
「喜んで」
「喜ぶな」
なんなんだよ
「たまにはいいヌミョね。みんなの息抜きに行ってきたらどうヌミョ?」
「
「
「俺はよし子への好感度は、お前達と違って普通ヌミョ。別にどっちでもいいヌミョ」
「ふ。謙虚だな、
「王弟殿下は要求ハードルが高すぎると思うヌミョ。あ、でもDIYするための機材が欲しいヌミョ。それを買ってくれるなら行きたいヌミョ」
「いや、それアタシをただの財布扱いしてるだけ──」
「それもいいな
そんな最後の
いや、ちょっと待てよちょっと待てよちょっと待てよ
「ちょっと待てよ! 何で行く流れになってんのっ?! 行きたくないってアタシ言ったよね?!」
なんで行く流れになってんのかな!? おかしいよね!? おかしいよね!?
アタシが焦って腰を浮かせてそれぞれの顔を見ると、何故かみんなの方が『どうした?』って顔でアタシの事を見上げる。
ちょい待てよォ!! なんでアタシの方が変な事言ってる風になってんだよォ!!
「よし子!!」
キリッとした顔を声で、アタシの名前を叫ぶ
その声に、思わず彼の顔を見た。
「何故俺とのデートは嫌なんだ!?」
嫌な理由?
そんなの……
「それって仕事から解放される自由時間にって事でしょ? ならその時間に乙女ゲームしたい」
今度こそ乙女ゲームに、しっかり癒されたい。
しかし、そう答えた瞬間
「よし子は諦めが悪いな……」
「そうだよ! また乙女ゲームから変なの連れ帰る気っ!?」
「やめるギョリュ。これ以上扶養家族を増やされたくないギョリュ」
と、
「わ……わかんないじゃん! 三度目の正直って事も──」
「二度ある事は三度ある、という言葉も、俺たちの世界にも勿論ある言葉だな」
「数十人の攻略キャラがいるような乙女ゲームをやらないで欲しいヌミョね」
そう、
「なんで持って帰ってくる前提なんだよ!? そんな事、そうそう起こらな──」
「普通なら絶対に発生しないであろう『乙女ゲームへの転移』を二回もして、なおかつその両方の世界から男を連れ帰って来た奇跡を起こしたのは、誰だったギョリュか?」
「うっ……」
……違うもん。違うもん。アタシの意志で転移したワケでも、アタシの意志で連れ帰ったワケじゃないもん。
全部誰かの
「でも……癒されたい……このクソみたいな社会の荒波で疲れた心を……」
もうホント、マジで疲れてるよ、主に心と声帯が。
「画面の向こうでイケメンとイケボに癒されて、ついでに甘酸っぱい思いをしたい……世知辛い現実を忘れて」
アタシはそう言葉を漏らして、机にそのまま突っ伏した。
「よし子……」
その頭に、甘く優し気な声が降ってくる。
「一応ここに、イケメンとイケボの人間が六人もいるギョリュよ?」
「くっそヤメろやァー!!
ああもう
ホントヤダもう!!
この弊害本当にどうにかして欲しい! アニメもゲームも吹き替え外画も全部楽しめなくなった! ちきしょう!!
アタシはその現実を認めなくなくって、ずっと机に突っ伏し続けた。
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