『荒波の断罪』ファンディスク編

【ディスク1】新たなる日常

「イグナートォォォォ!!!」


 家で仕事をしていたら、怒りのオーラほとばしる怒号どごうが聞こえてきた。

 あの声は……十五・六歳の美少女に見紛みまがう程のエルフ、スヴェンだ。黄緑の髪を三つ編みにした、れっきとした成人男子。正確な年齢を聞いた事はないけれど、百歳は超えてると本人が言っていた。


 そして、そんな彼が名前を呼び捨てにしていた『イグナート』とは、二つ目の乙女ゲームから来た王弟おうてい殿下。

 名前を吠えられてるって事は……イグナート、また何かやらかしたのか。次は何をやらかしたんだ……

 アタシはノートパソコンをパタンと閉じて、声のした方へと足を向けた。


 アタシが居間へと顔を出すと、銀色のゆるく伸ばした髪に若干の寝癖をつけたまま、呆れた顔で立ち尽くす商人息子──ナーシルがいた。

 彼の視線の先には──板張りの廊下に、デカい身体を折りたたんで小さく正座させられた王弟殿下イグナートが。

 精悍な顔を縁取る銀髪をハーフアップにして、キリリとした印象──いや、実際に表情をキリリとさせて、自分を怒鳴りつけるエルフショタスヴェンを見上げていた。


「どうやったらキャベツが薔薇バラに化けるんだよっ! ウチの経済状況を把握してないのっ?!」

 可愛い顔を般若のように歪ませ仁王立ちし、王弟殿下イグナートを見下ろして怒鳴るエルフショタスヴェン

 ……あー。なるほどね? さては……

「イグナート様、お使い行ってまた薔薇バラ買ってきたってよ」

 若干まだ寝ぼけまなこ商人息子ナーシルが、ヤレヤレといった感じで肩をすくませる。

 やっぱりか。何度目だ。

 アタシも呆れて、商人息子ナーシルの横で腕組みして傍観ぼうかんした。


「……だって。よし子には薔薇バラの方が似合うから」

薔薇バラじゃお腹は膨れないでしょ?! 馬鹿なの?! 物覚えが悪いの?! どんだけ役立たずなの?! その役立たずの頭を献体に出せば少しは世間の役に立つんじゃないのっ?!」

 エルフショタスヴェン……相変わらず毒舌。

「よし子になんてね! 放置して生えちゃったネギの花で充分なのっ!!」

「オイ。とばっちりディスり、やめろや」

 とんだ流れ弾に当たったぞコラ。どういう意味だ。

「ネギ坊主は食べられるから、貰った後も有効活用できるじゃん」

「……だとしても、『それ以外の花はアタシには不要』って言われてるみたいで気分悪いぞ」

「みたい、じゃなくて、そういう意味で言った」

「待てコラ」

 まぁでも確かに、ウチの財政状況はマジで結構カッツカツだけどさ。


「スヴェン。それは違うぞ」

 今まで殊勝しゅしょうに怒られていた王弟殿下イグナートがスクリと立ち上がる。

 そしてエルフショタスヴェンを上から覗き込むかのように詰め寄った。

「よし子には、薔薇バラ百合ユリランも何でも似合うし必要だ。お前達が彼女に何も贈らないから、ほら見るんだ。よし子のこのみすぼらしい格好を」

「イグナート。アタシをフォローしたついでにディスってる」

「彼女にはもっと美しい装いをさせるべきだ」

「ほっとけ。この格好が楽なんだよ。家にいる時ぐらい好きな格好させろや」

「こんなボロボロの上着とヨレヨレのズボンなど履かせてっ……」

「愛用の半纏はんてんと裏起毛スウェットを冒涜ぼうとくすんな」

「寒いなら毛皮のコートを用意しよう」

「そんな金ねぇわ」

 ホント、王弟殿下イグナートは金銭感覚バグってんなぁ……

 生活費、どっから出てると思ってんだろ。


「スヴェン。たぶん殿下にはお使いは無理だよ。金持たせたらよし子へのプレゼントで持ち金全部使っちゃうじゃん。物々交換ぐらいしか、もう無理だって」

 アタシの隣で同じように傍観してた商人息子ナーシルが、首を横に張ってそうボヤいた。

「子供のお使いレベルも無理なの?! 土方どかたの仕事はできるのに?!」

 すかさず噛み付くエルフショタスヴェン商人息子ナーシルは『しまった』という顔をするが、なんとか王弟殿下イグナートをフォローする言葉を探すように目を泳がせる。

「金銭感覚がオカシイんだって。王弟おうていなんだから、今まで金に困った事ないんだろ」

……結果的に商人息子ナーシル王弟殿下イグナートをディスって終わった。

「だからってこのままじゃホントに役立たずのままだよ?! ウチにはすでにアホ王子っていう役立たずがいるんだから、これ以上役立たずはいらないよ?!」

 アホ王子って。ハルトヴィッヒ──ハルトの事か。まぁ彼は、王弟殿下イグナートとまた違った方向で役立たずだな。

 金髪王子ハルトの場合は、悪気はないが熱意が空回りするタイプ。何かを壊したりとかっていう金の浪費はするけど、あくまで間接的。結果的にそうなるだけで。

 かたや王弟殿下イグナートも悪意はないが、金を意図して浪費するという、我が家では致命的となる癖がある。

 最初の頃、土方どかたで稼いだ金全部ぶっ込んで、とんでもねぇ高級ピンヒールの靴を買ってきた時には、流石にアタシが正座させて王弟殿下イグナートを叱りつけたわ。幸い、返品できたけど。アレは焦った。マジで。

 しかも真顔で『さぁこれで踏──』と言いかけた口は食パン突っ込んで黙らせた。


「そう言わないでくれヌミョよ、スヴェン。イグナート殿下は貴重な外貨稼ぎ要員だヌミョ」

 そう言って奥の間から顔を出したのは、少し癖のある金髪が褐色の肌に映える金茄子ゴエプ。彼はダンボールを抱えてて──

「裸エプロンはやめろって言ったろォが金茄子ゴエプ!!」

 アタシは思わず怒鳴りつけた。

「よくエプロンだけって気づいたヌミョな」

「お前、前も『エプロンつけてればOKヌミョな』とか言ってパンツ脱いでたろうが!!」

「覚えてたヌミョか。無駄な記憶力ヌミョね」

「振り返ったら男のケツが見えたとか、とんだトラウマじゃボケェ!!!」

「鍛えてるから大丈夫だヌミョ」

「何がだサッサとパンツ履けェ!!」

「仕方ないヌミョね」

 そう言い、金茄子ゴエプはその辺にダンボールを置いて、渋々と部屋へと戻って行った。


 何なんだよ全く白茄子エグプといい金茄子ゴエプといい! 家に裸族は一人で充分──いや、一人もいらんわ!!


 ……何でこう、ウチには黙ってればイケメンで素敵で目の保養になりそうだし、声帯も超絶イケボ(※声充ててる声優さんと同じ声)で聴き触りも完璧なのに、何か行動させると致命的な何かを露見させる男達しかおらんの?


 しかも、顔だけ男四人を扶養する覚悟した途端、二人増えるとか意味分からん。

 もう破綻する、マジ破綻する、財政破綻する……


 これはもう、アタシは乙女ゲームをしてはならないという、神の啓示なのかな……

 ──待て。

 もしそうなら、神様がこの六人を遣わしたって事?

 呪うぞ、神様。マジで。全身全霊で。一生をかけて。誠心誠意呪うぞこの野郎。


 ああもう、本当に、どうすりゃいいんだよ……


 アタシは全身に恐ろしいまでの疲れを感じて、ガッカリ肩を落とした。

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