【イベント6】エンディング

「……」

 誰かの声がする。


「……よし子」

 誰かが呼んでる。あ、誰かが身体を揺さぶってる。


「よし子。こんな所で寝たら風邪をひくギョリュ」

 その変な語尾で、アタシはハッと意識を取り戻した。


 ガバリと顔を上げると、そこはアタシの家のリビング──というか、畳張りの居間。

 四人も扶養家族(※全員成人)が増えたから、前の家から引っ越して借り直した築六十年のボロい一軒家。


 目の前には、『荒波の断罪コンビクション』のゲームスタート画面が表示されたテレビが。そして私は、その前に設置された座椅子にもたれ掛かっていた。


「帰って──来れた!!!」

 アタシはその事実に気付いて狂喜乱舞。

 肩を揺すって起こしてくれていた元・白茄子エグプに、喜びそのままに抱きついた。

 元・白茄子エグプは、疑問顔のままアタシに抱き付かれていた。


「どうしたんだ、よし子」

 騒ぎを聞きつけ、フリフリエプロンをかけた金髪王子ハルトが台所から顔を出す。

 そして、抱きついたアタシと抱き付かれた元・白茄子エグプを見て──

「よし子! 今日は金曜日で俺の番だ!!」

 そう激昂げきこうする。

「違ぇし! そういう意味じゃねぇし!!」

 アタシは慌てて元・白茄子エグプの身体を突き放した。

「っていうか! 言ったろ!! お前らの面倒は見てもそれ以外の事には応えねぇって!! サッサと忘れろその順番表!!!」

「よし子の気がいつ変わってもいいように、準備は常にしている。大丈夫。俺はいつでも万端だ」

「変わんねぇって言っとろォーがッ!」

「しかし、女心と秋の空と言うじゃないか」

「ソレはこういう時に使う言葉じゃねぇわ! って、なんでそんな言葉知ってるんだよ!? 十八歳の癖に!!」

「よし子の世界の事は何でも知りたいからな。インターネットで検索しまくっている。……時々、裸の女性の広告が出るんだが、アレはタップしていいものなのか?」

「良くねぇよ! 詐欺サイトで架空請求くるわ絶対ヤメロ!」

「ま、俺はよし子の裸にしか興味がないがな。あんな広告には、俺は引っ掛からない。ちょっとしか」

「ちょっと引っ掛かる可能性あるんじゃねぇか!!」

「フッ。俺も健康な十八歳男子だということだ」

「偉そうに言う事じゃねぇよ! その十八歳男子は小学生でも出来る皿洗いは終わったんか?!」

「ああ終わったぞ! 今日はよし子の湯飲みを割っただけで済んだぞ!」

「割るなよ!! アタシのは洗わなくていいって言ったじゃん!!」

「洗いたかったんだ……よし子のその唇が触れたかと思うと、俺はその湯飲みを──」

「キモい!!!」


 近くにあったテレビのリモコンを投げつけるが、金髪王子ハルトはすかさずソレを受け止める。そして不敵な笑みをアタシに向けた。

 なんで掃除機爆発させるほど不器用なのに、こういう事は出来るんだよ!? しかも、この間は洗剤混ぜて毒ガス発生させて警察沙汰になるトコだったわ!!

 才能の割り振り方がおかし過ぎるだろ!!


 しかし──いつも通りのやり取りをして、アタシは心底ホッとした。

 帰ってこれたんだ。

 この家に。

 確かに、大の大人四人を養うのは大変だ。

 大変だけれど、退屈はしない。ホントに一秒も退屈しない。


「ただいま〜」

 玄関の方から、そんな声がかかる。

 あの声は商人息子ナーシル。居酒屋バイトから帰ってきたようだ。

 バタバタという足音が聞こえて、居間の方へと商人息子ナーシルがヒョイっと顔を出す。

「よし子、お客さんだよ〜。……すっげぇ嫌な予感するけど、俺、敢えてソレ無視して風呂入るわ……」

 その言葉だけ残して、商人息子ナーシルはスタスタと風呂場の方へと行ってしまった。

 ……嫌な予感?

 ま……さか……


 風呂へと消えていった商人息子ナーシルの後ろから現れた人間は──


「リズ。やっと見つけたよ」

「散々な目にあったヌミョね」

 シルバーの髪の毛の男と、見知らぬ金髪男。

 金髪男の方は、見覚えこそないものの、その語尾には──覚えがある。


 え……マジか。

 またなのか。

 何故だ。

 今回は『お持ち帰りEND』じゃなかった筈なのに……?

 どうして、どうしてこうなる……


 アタシはその場に頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 これ以上増えないでくれ……お願いだ……扶養家族(※成人男性)がこれ以上増えたら、マジでもう財政破綻するってば……今ですらギリギリなのにッ!!


「もしかして、よし子。また乙女ゲームの世界に転移してたギョリュか?」

 呆れた顔をしたのは元・白茄子エグプ

 そういえば、現れた金髪男はこの元・白茄子エグプと瓜二つだ。髪が金色で褐色の肌をしてる事を除けば。

 何これ。2Pカラーか何か?


 シルバーの髪の男──王弟おうてい殿下が、アタシの前まで来ると、ひざまずいてアタシの手を取る。

 振り払ったら光の速さで再度手を取られ、逃げられない程の強さで握られた。

 立ち上がって腰を引こうとしたが、かなりの力で引っ張られ逃げられなかった。

 怖ェって! マジで怖ェって!!


「リズ──いや、よし子。運命の、再会だな」

「……アタシは再会したくなかったけどな……」

「本当に、本当に苦労して探したよ。途方に暮れていたら、あの青年が声をかけてくれたんだ。ああ俺は……その時神に感謝の祈りを捧げたよ」

「アタシはその神を呪うわ。ついでに余計な事したナーシルも呪うわ」

 そう言うと、風呂場の方から『ついでに呪うなよ!』という商人息子ナーシルのツッコミが小さく聞こえてきた。


「あの時──よし子が『えにし紅玉ルビー』を使って魔法陣を起動させた後……俺もその魔法陣の中に飛び込んだんだ。お前を追って」

「あの宝石、そんな名前だったんだ。いやそうじゃなくって。あんな禍々まがまがしい光を放ってた魔法陣によく飛び込もうと思ったな。頭大丈夫か」

「自分の身の危険より、よし子の安全の方が重要だ」

「いや、アタシは元の世界に戻るだけだけどアンタはさ……もしかして、魔法陣に飛び込むと、どうなるか分からず来たんじゃ……」

「勿論。自分の先の事などどうでもいい。よし子の為ならば」

「やめてクッソ重ォーい」

 なんかさなんかさ、乙女ゲームの攻略キャラって、こういうクッソ重い男、多くね? なんで簡単に恋に命かけちゃうの? 怖いよ。マジ怖いよ。アタシ乙女ゲームに命かけてねぇし。


「しかし……お前のいない世界など考えられない」

「いや、そりゃ錯覚だ」

「お前を幼い頃からずっと見守って来ていた。そんなお前がいない世界になど、価値はない」

「あるって。アンタ王弟おうていでしょ? 王様に何かあった時に必要な人材じゃん」

「そんな立場に未練はない」

「とんだ爆弾発言サラッとすな! 聞いた国民が震えあがるわそのセリフ!!

 国を背負う立場をそんな簡単に捨てるなよ……。ちょっとは葛藤しろよ」

「葛藤……ふ。そうだな」

 『葛藤』という言葉を吐いた瞬間、シルバー王弟おうていは自嘲気味に鼻で笑う。

 あー、マジその自分に酔った感じの笑い方、鼻につくわァー。


「葛藤、していたよ。許されないのではないか、と思いつつも……いつか俺がお前のそばにずっと居れたらと。

 そう、それは長い間……お前がずっと、幼い頃から……」

「……幼い頃?」

 ピンときたぞ? 何かヤバイモノがアタシの第六感アンテナに触れたぞ??

「それって……性的な意味じゃないよね?」

「性的な意味だ」

「ヤバすぎんだろ!!」

 ハイ大正解!!!

 コイツ今いる四人と比べモノにならない程の危険人物でしたァー!!

 なんでこんなのが来ちゃったんだよ全くもう!!!


 なんとかアタシはシルバー王弟おうていから手を引き剥がそうとする。

 が、ビクともしねぇ!!

金茄子ゴエプ! お前、金茄子ゴエプだろ?! コイツなんとかしろ!!」

 アタシは、シルバー王弟おうていの後ろに立つ元・金茄子ゴエプにがなり立てた。

 しかし、ヤツは呆れた顔をするばかり。

「だから無理だヌミョ。ナビキャラはそんな便利キャラじゃないヌミョ。しかも、もう何の力もないヌミョ。ただの人間だヌミョ」

「役立たず!!!」

「そうヌミョね……」

 元・金茄子ゴエプは、こめかみをポリポリと掻きながら、言いにくそうにちょっとだけ言い淀むと

「役立たずついでに。養ってくれると嬉しいヌミョ。王弟おうてい殿下共々」

 苦笑しながら、そう言い切った。


 ……え。

 養わなければいけない顔だけ男が増えたって事?


 なんで?

 なんでアタシばっかりこんな目に?


 もう──


「顔だけ男の世話なんてこれ以上みれるか!! 乙女ゲームの世界になんとしてでも帰れェーーーーー!!!」


 アタシは全身全霊で、そう叫ぶ事しか出来なかった。



『荒波の断罪』編 了

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