【イベント5】現実帰還イベント

 アタシは、このゲームのオープニング画面を思い出しながら、その場にたたずんでいた。


 このゲームのオープニングでは、簡単なゲームの設定が語られる。


 自分が、ベースとなった乙女ゲームの悪役令嬢の立ち位置である事。

 そして、ベースとなった乙女ゲームのヒロインポジションの黒髪少女が、現代日本から召喚されてきた聖女様であり、その証が、世界を救う力が秘められた深紅の大きな宝石である事。


 今、アタシの手の中には、深紅のデッカイ宝石が握られている。


 そして。

 今アタシがいる場所が、聖女様が召喚されてきた魔法陣のある場所──王宮地下にある神殿だった。


「ここにいたヌミョかっ!! この騒ぎはどうしたヌミョ!!」

 どうやってアタシを見つけたのか、神殿の入り口から、シルバー王弟おうていを伴った金茄子ゴエプが猛スピードで飛んできた。

 アタシのすぐそばまで辿り着いた金茄子ゴエプに、アタシはにっこりとした笑顔で返答する。

「ああ。聖女様と王太子殿下が今まさに致してた場面を、騎士団長嫡男様と宰相嫡男様にご披露したの」

「ま、まさかヌミョ……致してって──」

「そうそう。こう、ね? あ。乙女ゲーム的に言うと、なんだろう。『朝チュン』は違うよね。事後である事を匂わす言葉で、まさにその真っ最中ではないワケだし。

 ええと? XXXXピー──」

「やめろヌミョ! 乙女ゲームに放送禁止効果音流すんじゃないヌミョ!!」

「わ! 凄い! どうやって音声被せたん?! 自分でも『ピー』って聞こえた! もっかいもっかい!!

 XXXXXXXXXXXXピーーーーー──」

「やめろヌミョ!!」

「やっべ! 金茄子ゴエプの行動音はウザイけど、これは面白い!!」

「ホントやめるヌミョ!! これ以上このゲームを壊さないで欲しいヌミョ!!」

「……は?」

 金茄子ゴエプの言葉に、アタシは言葉を止める。

「壊さないで欲しい、だと? アタシの人生壊しまくってる分際で、何ほざいてんだ?」

 アタシが突然マジモードになったせいか、金茄子ゴエプが喉(?)を鳴らした。


「お前がザマァしろって言うからやったんだろが。まぁ方法と目的はアレだけどさ。

 禁則効果音は知らんわ。仕様に入ってるって事は想定されてた事だろ?

 むしろ、アタシがこの世界に生身で放り込まれた事を憂慮ゆうりょしろや。このまま閉じ込められたとしたら、お前どうアタシの人生に責任とってくれんだよ? ああ?」

 アタシがそう凄むと、金茄子ゴエプは言葉を失って、また顔を真っ青にした。

 ……だからその青と金のグラデーションやめろや。真剣なのに笑えてくるわ。


「リズ! 一体キミはどうしてしまったんだ?!」

 今までずっと、金茄子ゴエプとアタシのやり取りを、少し離れた所から信じられないという顔で見ていたシルバー王弟おうていが、やっと言葉を発した。

 何故か心配そうな顔をしてアタシに詰め寄る。

 近ェ。

「アタシはリズじゃねぇ。よし子だ」

「よし子? もしかして、幼い頃に言っていた『前世の自分』の事か?」

 幼い頃? ああ、そういう設定なのね。このゲームでは。

「アタシは生まれ変わってねぇよ! どっからどうら見ても生粋の疲れた日本人OLだろがぃ!」

「ああ、地下牢なんぞに入れられて、少し混乱してるんだねリズ」

「混乱してねぇわ! 完全に正気じゃボケ!」

「まだ十七歳のお前には、この騒動はやはり重荷だったな……くっ。俺がもっとしっかりしていればっ……!」

「三十五歳だよく見ろ! このヘアカラーが落ちてきて輝く白髪が見えねぇのかっ!!」

「確かに、キミの髪はいつ見てもシルクのように輝いているよ」

 くっ……会話できねぇ!!

 なんで乙女ゲームのキャラたちはこいつもこんなにかたくななんだ?!

 ってか、今の今まで金茄子ゴエプとのやり取り見てた筈なのに、なんでそこは無視できんだよ!!


 アタシの言葉なんぞ聞こえていないかのように、シルバー王弟おうていはにじり寄って来て、アタシの宝石を持ったままの手を、ゴツい大きな手でフンワリと包み込んでくる。

 速攻で振り解いてやったら、今度は光より早く再度手を取られ、今度は振り払えない程強く握りしめてきた。

 なんなのコイツ?! 怖い!!

金茄子ゴエプ! コイツ邪魔ッ!!」

「そう言われてもヌミョ……」

「ナビキャラならなんとかしろ!」

「俺はそういう系の便利キャラではないヌミョ」

「じゃあ何のために存在してんだよ!」

「ゲームのチュートリアルとかルートやステータス確認とかヌミョ!」

「ルート?!」

 ああ、そういえば、脱出エンドはシルバー王弟おうていのルートから派生するとかなんとか言ってたな。

「じゃあ確認して! コイツのルートフラグはへし折っただろ?!」

「折れてないヌミョ」

「ハァ?! ヤツを倒して地下牢脱出したのに?!」

「ステータス確認してみるかヌミョ?」

 手の引き合いをしているアタシとシルバー王弟おうていの横で、金茄子ゴエプが空中にゲームのウィンドウらしきものを表示させる。


 そこには、本来の上限値をぶっちぎったシルバー王弟おうていの好感度が表示されていた。


「なんで?!」

「ヒールで踏まれた事によって、王弟おうてい殿下は新しい世界の扉を開いたヌミョよ。それが『このゲームに合わないから封印されたフラグ』だヌミョ」

「そりゃ確かにダメだわ!!」

 そんなの乙女ゲームに入れたらアカン!!

 禁則ワードに連呼したアタシが言うのもなんだけど!!


 シルバー王弟おうていの強い力から逃れる事が出来ず、アタシは周りをキョロキョロと見渡す。しかし、両手が塞がった今では何にも手を伸ばせなかった。


 もう! 仕方ない!!


 アタシは、思いっきり足を振り上げて、渾身の力を込めてパンプスでシルバー王弟おうていの足の甲を踏み抜いた。

「ぐあっ!!」

 その痛みに、思わず手を離すシルバー王弟おうてい。彼は後ろによろめいて膝をついた。

 が……うつむいたまま、ポソリと呟く。

「ふふ。……いい」

「何がだよ!!」

 誰だ! こんな設定ブチ込んだのは!!!

 流石のアタシも、ちょっと引くわ!!!


 しかし、そんなドMに構ってる暇はない。

 アタシは手にした深紅の宝石を握りしめて、神殿中央の魔法陣の中へと駆け込んだ。


「何をするヌミョ?!」

 その行動に驚きを隠せない金茄子ゴエプ

「帰るんだよ! 現実に!!」

 アタシは全力でそう叫んだ。


 このゲームでは、悪役令嬢である自分は転生してきた設定だが、黒髪聖女様が現代から来た事になっている。

 つまり、ベースとなる乙女ゲーム上では、黒髪聖女様は帰れる選択肢がある筈なのだ。


 と、いう事は。

 その設定を借りれば、アタシが現実に帰れるって事だ。


「アタシには! 養わないといけないヤツラが四人もいるんだよ! そいつらの為にも帰らなきゃいけないんだよ!!

 アイツらが、アタシの帰りを首を長くして待ってるんだよッ!!!」

 アタシは、手にした深紅の宝石を高々を振り上げた。

 そして──


「危険だヌミョ!」

「やめるんだ! よし子!!」

 そんな、金茄子ゴエプとシルバー王弟おうていの声には耳を貸さず、アタシは深紅の宝石を魔法陣の真ん中に叩きつけた。

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