【ディスク7】嵐の撤退

「キララの言葉で、俺は自信がついた」

 金髪王子ハルトの透き通った青い瞳。

 それをアタシへと真っ直ぐに向けて、意を決したかのように、金髪王子ハルトは口火を切った。


「改めてよし子に伝える。

 大好きだ。愛してる。今すぐにとは言わないが、結婚して欲しい」

 アタシの前にズザァッとひざまずいた金髪王子ハルトが、アタシの手を取って、その甲に口付けた。


「「ちょっと待てやお前ェ!!」」

 意図せず、キララとアタシの声がハモった。


「ハルトきゅん、何言ってんのっ?! キララの言葉、聞いてた?!」

「ホントだよハルト! この子にソレ言われちゃ、お前オシマイだぞ?!」

「ああ勿論。キララの言葉があったから、俺は改めて自信がついたんだ」

「そうかもしんないけど! なんでそれが求婚に繋がるんだよ?! 『一緒に逃げよう』って言われたろ?!」

「俺は逃げない。『よし子に似合う男になる』という事から」

「ちっげえよ! そうじゃねぇよ!! そういう事じゃねぇよ!!!」

 ヤバいな金髪王子ハルト

 このキララって子以上に会話できない人間かよ!!

 怖いけど、なんか一周回ってちょっと可愛く見えてきたよ! 空回ってる三歳児見てるみたい!!


「確かにとらわれていた。よし子の魅力に」

 あー。ごめんやっぱり普通に怖いわ。


 アタシの手を離した金髪王子ハルトは、自分のてのひらに視線を落とし、眉根まゆねを寄せる。

「だから余計に、恐ろしかったんだ。

 俺にはまだ力が足りない。

 白茄子エグプのようには家事が出来ないし、ナーシルのように外で稼いでくることも出来ない。スヴェンのように食材を育てる能力もない。

 よし子の力に、何も、なれていないのだという、事実に」

「あ、そこは気づいてたんだ」

 いつも堂々としてっから、気づいてないんだと思ってたわ。

「しかし、このキララが。自分の良さを、改めて教えてくれた」

 そう言い、金髪王子ハルトはクルリとキララの方へと向き直る。

 そして、彼女のその手をガッチリと握った。

「ありがとうキララ! お陰でよし子に求婚する勇気が持てた!! 本当にありがとう!!!」

 彼女の手を握りながら、ブンブンと上下に振る金髪王子ハルト


 あっけにとられた顔をしていたキララは、段々と顔を真っ赤にしていき──

「騙したのね!!!」

 そう叫んだ。

 ……騙した?

「そうやって、男はいっつもキララから搾取していくのっ!!」

 搾取?

「キララの大事なキモチを利用して!! 酷いよ!!!」

 ……利用、してた? ま、まぁ、彼女がそう言うんなら、そうなんでしょ……

「最低ッ!!!」

 そう叫び、キララが腕を振り上げる。

 金髪王子ハルトはそれを正面から見ていた。


 振り抜かれたキララの手は──


 くうを切る。

 金髪王子ハルトはいつの間にか、彼女から一歩引いた場所に立っていた。

「フッ。残像だ」

 いや、そこはビンタ受けてやれよ。


 ビンタが空振りしたキララは、完全に顔を真っ赤にして憤怒ふんぬの表情をすると、無言でバタバタという足音を立てながら玄関へと走り去る。

 そしてガタガタとワザとらしく玄関の扉を開くと、ピシャッと閉めて出ていってしまった。


「はーーーーーーー……あの子、いっつもこんなんだよなー……」

 そう、盛大なため息を漏らしたのは、商人息子ナーシルだった。

「あんな恥かいたら、バイト、辞めちゃうんじゃない?」

 そうすると商人息子ナーシルの負担が増えそうだなぁ。大変そー。

「いっそ辞めてくれればいいんだけど、辞めないんだよね。次会うと、何事もなかったかのようにしてるし。

 たぶん、あの子ん中で本当になかった事にして、忘れるんだと思う。

 マジ怖いよ……」

 ……うーわー。そういうタイプか。

 ある意味、羨ましいなぁ。その性質。見習いたい。


 嵐が去った後のような、本当に空虚くうきょ気怠けだるい空気だけが残された我が家。


「……そろそろ、お昼にしよっか」

 アタシも今起きた事を忘れるように、気を取り直してみんなにそう声をかけた。


 ***


「えー。そんな面白い事があったのー?! ボクも見たかったー!!」

 縁側に座りつつ、スイカを手にしたエルフショタスヴェンが、そう不満そうな声を上げた。


 夜の涼しい風が庭先を吹き抜けていた。少し湿り気のあるその空気は、明日雨が降る事を予感させる。

 しかし、今は多少の雲が出つつも月が綺麗に輝いてた。

 鈴虫の鳴き声も聞こえてくるし。

 気持ちの良い夜に、我々は家の縁側に並んで座って、スイカを楽しんでいた。


「……その場にいないから面白いとか言えるんだギョリュよ」

 上半身は裸、下には一応チノパンを履いた白茄子エグプが、スイカの種を庭へと吐き出しつつ、言葉もそう吐き捨てた。

 そういえば白茄子エグプ。キララがいる間は気配消してたなぁ。ああいう子は苦手なのか。


「今日がバイト休みで良かったわ。確かキララ、今日シフト入れてたハズ。今日顔合わせたら、俺がどんな顔したらいいのかって悩むトコだった」

 疲れた顔でそう愚痴るのは商人息子ナーシル。え。今日バイトの予定があるにも関わらず、あの子、こんな事しでかしたん? 凄い太い神経だな……


「キララは何故怒っていたのだろう。俺の感謝が足りなかったのか?」

 そう、キョトンとするのは金髪王子ハルト

 彼はスイカにかじり付く事なく、フォークとナイフで器用にスイカを一口大に切りながら食べていた。

 え。マジで彼女の好意に気づいてなかったん? ……って事は、アタシが毎回ウザがってたのも、本当に気づいてなかったんだな。

 この子は……ハッキリ言葉にしないと、やっぱりダメなのか。


 ヒュウっと、涼しい風がアタシの首を撫でる。

 アタシはそれを契機にスイカを脇の皿の上に置き、ヒョイっと縁側から飛び降りてサンダルツッカケを履く。

 そして、四人の前へと出て彼らの方へと向き直った。


「昨日までの数日、家を空けてごめんね。

 気持ちを整理するまでの時間が欲しかったんだ」

 アタシは改めて、四人へと頭を下げる。

 すると

「いや……俺も、大人げない事、しちゃって。ごめん……」

 商人息子ナーシルが、スイカの皮を皿の上に置いて頭を下げた。

「ナーシルは謝る必要はないよ。アタシの態度が大人げなかった。

 ちゃんと、しないとね」

 そう言って、アタシは商人息子ナーシルに頭を上げさせる。


「今まで、ハッキリ言わずにいて、ごめん。

 アタシ、腹を決めてきたよ」

 少しだけ小さく息を吐く。

 一度そこで言葉を止めて、四人の顔をそれぞれ見ていった。

 白茄子エグプ

 エルフショタスヴェン

 商人息子ナーシル

 金髪王子ハルト


 全員が息を呑んで私の言葉に耳を傾けていたので、アタシは意を決して、口を開いた。

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