【ディスク6】嵐の渦中

「……………………………………………………は?」

 彼女の言葉が脳に届いて意味が通じるまで、若干の時間が必要だった。

 やっと意味が分かって、気の抜けた声が漏れてしまう。


 アタシが?

 金髪王子ハルトを?

 雁字がんじがらめにして?

 家に閉じ込めてるって??


 何言ってんの? この子。

 ええ怖い。

 薄々勘付いてたけど、この子ちょっと怖ぁーい。


「あ、あの……だからね。まずは自己紹介──」

「そうやってケムに巻いて、ハルトきゅんの言葉を聞かないようにしてるんでしょ」

「そうじゃなくて。そもそも、貴女誰──」

「ちょっと良い会社に勤めて稼いでるからって偉そうにして。ハルトきゅんは奴隷じゃないのよ?!」

「いや、別に会社は普通だし……奴隷っていうか、そもそもハルトは──」

「彼を手元に置いておきたいからって、彼を『ダメな人間なんだ』って洗脳して。それってDVっていうんだよ。知ってるんだからっ」

「待てって。まずはこっちの話を──」

「ハルトきゅん! もうこの女の言う事なんて聞かなくっていいんだよ?!

 ハルトきゅんはハルトきゅんってだけで尊いし、素晴らしい人間なんだから!

 ハルトきゅんは自由なんだよ!!」

「……」

 一方的に猛烈に喋る彼女に困り、アタシはそばに立つ商人息子ナーシルへとヘルプの視線を投げる。

 しかし商人息子ナーシルは、肩をすくめて無言で首を横に振った。


 ──ああ、つまり、もとからこういう子なのね。はぁ〜〜〜〜〜……。


 なんか面倒くさくなって、アタシは口を閉じた。

 このタイプの子ってさ、会話しようとしても無意味なんだよね。知ってる。

 理解させようとしても無理。

 こっちの言葉は都合の良い場所しか拾わないし、曲解するし、勘違いするし、言ってない事を言ったと主張するし、意味を都合よく取り違えるし。

 同じ言葉を喋ってるのに会話ができないタイプだ……

 こういう子には、何も言わないのが正解。


「待ってくれ、キララ。キミは何か誤解している」

 さっきまでずっと黙ったままだった金髪王子ハルトがやっと口を開く。

 彼女に向かって、キリリとさせた真摯しんしな表情を向けていた。


「よし子は素晴らしい女性だ。キミが言うようなヒトじゃない」

「それが洗脳なんだよ?! 目を覚ましてハルトきゅん!!」

「そんなことはないよキララ。よし子は優しい女性だ」

 いや、それは金髪王子ハルトの勘違いだ。アタシは金髪王子ハルトに優しくした覚えはない。むしろ多分一番は強かったと思うけど。そこは気づいて欲しかったなぁ金髪王子ハルト


「だって監禁されてるじゃない!」

 いや、監禁してねぇよ。見ろよ今を。してねぇじゃん。

 暑いから窓も開けっぱなしだし、玄関も鍵かかってねぇよ。そもそも内側からは開け放題だ。靴もあるしお小遣いも渡してるしICカード乗車券もスマホも渡してるっつーの。車は運転できないけど、中古の自転車もある。さすが、運動神経はバツグンなだけあって、すぐに乗りこなせるようになって、いつもお使いとかで自転車で爆走してってるよ。

「俺は、俺の意思でこの家にいるんだ」

 否定しろよ金髪王子ハルト。それじゃあ監禁されてる事認めてんぞ。


「そう思わせるのが、この女の手口なんだよ……気づいてハルトきゅん……」

「キララ……」

 あー。そういえば、冷蔵庫にスイカが半玉残ってたなー。エルフショタスヴェンは今日は男のカフェでバイトの日だから、帰ってきたら夜みんなで一緒に食べよっかなぁ。


「キララはね。ハルトきゅんに、自分の凄いトコに気づいて欲しいの。キララはハルトきゅんの凄いトコ、沢山知ってるんだよ?」

 エルフショタスヴェンって凄いよなー。家庭菜園でスイカまで育てちゃうんだもん。確か、スイカって育てるの難しいんでしょ? そうテレビで言ってたよなぁ。農業アイドルの人達が。


「頭もイイし、運動神経もバツグンだし、優しいし、それに……カッコいい、し……」

 白茄子エグプは料理が上手じょうずだよなぁ。使い慣れてないハズの調理器具、すぐ使いこなせるようになったし。和食の味付けもすぐ身につけて。

 白茄子エグプが作ってくれる煮物がさ、また美味しいんだよねぇ。


「ハルトきゅんは、沢山沢山、良い所があるんだよ? あの女に、自分は価値がないんだって、才能がないんだって、ダメ人間なんだって、思い込まされてるだけなの」

 ああ、だからここ半年でちょっと太ったんだな。やっぱり茜みたいに体鍛えよう。アタシは何がいいかなぁ。テコンドーとか習ってみたいなぁ。蹴りとか上手くできるようになると、なんか気持ちよさそうだよねぇ。


「そんな事ないんだからね? この家から出られないって思い込んでるの、ソレってあの女にそう思い込まされてるだけなの。逃げて、いいんだよ? こんな家から」

 あれ? 待てよ? 商人息子ナーシル、確か武道の心得があるって言ってたな。この世界のとは違うかもしれないけど、それでも充分じゃね? 商人息子ナーシルに教えてもらえれば、外に習いに行くより安く済みそうだし。


「だから……一緒に……逃げよう? ハルトきゅん……」

「キララ……」

 あー。でも商人息子ナーシルはバイトが忙しいよなぁ。疲れてるだろうし、あんまり負担増やしたくないなぁ。深夜シフトとかもあって生活リズムがあんまりよくないし。やっぱり外に習いに行くかー。


「よし子」

 いや待てよ? まずは動画で少し筋トレしてみてからでもいいかもしれない。いきなり何処かに習いに行っても、身体動かないかもしれないし。


「よし子」

 そういえば、筋肉芸人さんが良さげな動画をアップしててくれてたハズ。それを見てみよう。


「よし子」

 最近便利だよなぁ。なんでも動画が上がってる。動きの解説動画って、やっぱり分かりやすいよなぁ。でも、普通のマニュアルも欲しい派だな、アタシは。


「よし子!!」

「え、あ、何? 話、終わった??」

 金髪王子ハルトに呼ばれ、アタシは慌てて顔を上げる。

 聞く価値ないと思ってホントに話聞いてなかった。音としては聞いてたけど。


「俺は、決めたよ」

 真剣な眼差しを、アタシはと向ける金髪王子ハルト。彼の腕は、しっかりとキララという女の子の腰へと回されていた。

 女の子の方も、胸の前で両手をシッカリと握り込み、アタシを強い目でニラみ上げていた。


 アタシは二人へと身体を向け直す。

 そして、彼らから次に発せられる言葉を待った。

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