【ディスク5】嵐の来訪

「……お願いです。ハルトきゅんを解放してあげて下さい!!」

 我が家の居間の座卓の前に座り、キラキラした真っ直ぐな瞳を向けて私にそう訴えかける女の子を目の前に。


 アタシは腕組みしながら、先程から脳から消えない『?』の乱舞をおさめようと、無言で足掻あがいていた。


 茜の家に数日居座り、やっと腹が決まって帰ってきたその次の日である土曜日。

 突然我が家へと訪問してきた女の子──歳の頃は二十歳前後か? 髪をお団子にアップして、女なら気づくバッチリナチュラルメイクに、シンプルでありつつも可愛らしい格好をした子が、

「お話があります」

 と、許可もなく勝手に上がり込んできた。

 玄関で応対したハズの白茄子エグプは、止める余裕もなかったのか、彼女の後ろでオロオロしていた。


 ちょうど金髪王子ハルトが奥の間から出てきて『キララ!』とその子の名前らしき物を呼ぶ。

 キララ、か。今時っぽい、名前……なの、か、な? 分からん。

「ハルトきゅん!!」

 ハルトきゅん?!

 マジで人をそう呼ぶ人間いんのッ?! ワンコとかニャンコにはそう呼んで顔をトロけさせてる飼い主とかは見たことあるけど。

「よく来てくれたな! お茶を淹れよう! そこに座ってくれ!!」

 金髪王子ハルトは居間の座卓の前にある座布団を彼女に勧め、自分は台所へと引っ込んでしまった。慌ててその後を追う白茄子エグプ


 最初から居間に居たアタシは、読んでた新聞を畳んで座卓の上に置いた。

 が、紹介もされてないし。

 そもそも家に上がる許可すらしてねぇし。

 何故か堂々と背筋を伸ばして座布団に正座する彼女を目の前に、どうしたらいいのかと悩んでいる最中だった。


 そんなアタシに、彼女が最初に浴びせかけてきた言葉が、アレだった。


 解放って……何から??

 何の話だ?

 ってか、彼女は誰だ?

 金髪王子ハルトの知り合いっぽいけど……アレか? 合コンで知り合ったのかな?

 ってか、自己紹介ぐらいしてくれよ。

 誰も何も説明してくんねぇから、状況から推測しか出来てないのに。


「え……? キララ?!」

 そう、意外そうな声を上げたのは、さっき起きたばかり、という格好で居間へと降りてきた商人息子ナーシルだった。

「ナーシル!」

 商人息子ナーシルの姿を見たキララ、という女の子が声を上げた。

 あ。この二人も知り合いなんだ。

 って事は、やっぱり合コンでの知り合いか?

「なんでここに居る?!」

 そう突っ込む商人息子ナーシル

「なんで家を知ってるんだ?!」

 ……え? どゆこと??

「調べたの」

 そう、強い眼差しで答えるキララ。

「どうやって?!」

「履歴書データ見て」

「勝手に?!」

「勝手じゃないよ! ちゃんと店長にはパソコン借りますって言ったもん!!」

 いや、貸した店長も、まさか勝手に履歴書データ見るとか思わないっしょ。

「個人情報漁んな!」

「パスワードとかかかってなかったよ?」

 そういう問題じゃねぇよ。

「だからって……」

「キララには見る権利があるの!」

 ねぇよ。店長以外の人事権のない人間には、他の社員やバイトの個人情報見る権限ねぇよ。

 犯罪だよ。普通に。


 お? ピンときたぞ。

 ヤバイ子だね? この子。

 薄々勘付いてはいたけど。

 あまり偏見は持ちたくないけど、ハジメマシテの人の前で、自分の事を名前呼びするって、幼児じゃなければ結構な逸材いつざいだよね?


 あー。あー。あー。理解。

 商人息子ナーシルが言ってた『合コンに金髪王子ハルトを呼んで欲しい』って言ってた、居酒屋のバイトの子か。


 なんでこうも次から次へと……

 面倒臭ェなぁもう。


「ナーシルは関係ないんだから口出ししないで!!」

 ……いや、そもそもアンタ、商人息子ナーシルのバイト仲間じゃないの?

 関係なくなくね?

「いや、そうは言ってもキララ──」

「コレはキララとハルトきゅんと、この人の問題なの!!」

 ええやめてェ。勝手に巻き込まないでェ。

 まだ推測しかできてないのォ。

 誰かこの状況説明してェ。


「さぁお茶がはいったぞ!!」

 そう言って、アタシの湯呑みと客用の湯呑みと、お子様用プラ製マグカップをお盆に乗せた金髪王子ハルトが台所から出てくる。

 ……嫌な予感しかせぇへん。

「さぁよし子──」

 そう言って、お盆持ったまま、片手でアタシの湯呑みを持ち上げた金髪王子ハルトは──


 がしゃん!!


 お盆ごと、客用湯呑みとプラマグをひっくり返した。

 ああやっぱり。やると思ったァ……

 お盆を下から片手で支えてた所で、お盆の端っこに置いてあったアタシの一番デカい湯呑みを持ち上げたから、綺麗にバランス崩してたわ。

 湯呑みが綺麗に宙を舞ったのまでしっかり見えたわ。

 アタシは頭が痛くなって額を抑えた。

 いつもなら叱る所だけど、お客様(?)の前だからなぁ……


「大丈夫っ?! ハルトきゅん!!」

「ああ、大事ない。キララは大丈夫だったか?」

「キララは大丈夫。ハルトきゅんてば優しいのね」

 ……畳の心配もしてくれよ……染み込んでシミになるッ……!

 それに、アタシの湯呑み、座卓の超絶端っこに置かれたので、金髪王子ハルトが膝でも引っ掛けないか内心ヒヤヒヤ。

 しかし、二人は何故か手を取り合って見つめあってて動かない。

 仕方がないのでアタシが腰を上げ、アワアワと布巾ふきんを持ってきてくれた白茄子エグプからソレを受け取り、畳を拭く。

「これも」

 そう言って追加でバスタオルを差し出してくれたのは商人息子ナーシル

 アタシは丁寧にお盆の水分をバスタオルで拭き取り、転がった湯呑みとプラマグを拾ってお盆に戻した。

 ついでに自分の湯呑みと濡れた布巾ふきんもお盆に置き

「ごめん白茄子エグプ。コレ下げちゃって」

 そう言って、お盆ごと白茄子エグプへと手渡した。

 そして、バスタオルのまだ濡れてない部分を畳に押し当て

「何かオモリになるもの、持ってきて」

 そう商人息子ナーシルへ指示。

 彼が持ってきた、捨てようとまとめてあった新聞の束を、バスタオルの上に置いた。

 コレでヨシ。


 一段落した所でアタシは腰を伸ばし

「良い雰囲気のところ申し訳ないのだけれど」

 ゴホンと咳払いして気持ちを改める。

 そして、キララと呼ばれた女の子と金髪王子ハルトを真っ直ぐに見下ろした。

「もしかして誰に教わってないかもしないからアタシから伝えます。

 一つ目。

 許可なく他人の家に上がり込まないように。

 最低限の礼儀ですし、万国共通です。国によっては住居侵入だと思われて、反撃として殺されても文句言えませんよ。

 そして二つ目。

 突然話し始めるよりも前に、まずは自己紹介するか、誰かに紹介されるまで待ちなさい。

 アタシは貴女が誰か知らないし、この家の誰の関係者なのかも分かりません」

 アタシは至極冷静に、小学校高学年、もしくは中学生にマナーを教えるかのように伝えた。

 ……なんでこんな事を、二十歳前後の子に教えなきゃならんのよ……

 そんな思いが頭によぎったが、頑張って顔には出ないようにした。


 金髪王子ハルトは流石に気づいたのか、珍しく『申し訳ない』と反省した顔をしてる。


 が。


 女の子──キララの方は、しゃがんだ状態のまま、アタシの事をキッと睨み上げていた。


「そうやって、ハルトきゅんを雁字がんじがらめにして、家に閉じ込めているのね。酷い女……」

 そう絞り出すかのような声で、女の子はアタシに言葉を叩きつけてきた。

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