『ディザイア学園』ファンディスク編

【ディスク1】それぞれの日常

 ボカンッ!!!


 家の片隅から、何かが爆発したかのような音が響き、家の障子しょうじなどがビリビリと震える。

 自分の部屋で仕事をしていたアタシは、部屋を飛び出して音のした方へと走って行った。


 音の出所とおぼしき場所からは、モウモウと煙が吹き出してきていた。

「今度は何したハルトォ!!」

 誰の仕業、などと考えるまでもなく、アタシは犯人の名前を叫ぶ。

 すると煙の向こうから、変な場所に穴が開いた掃除機を引きずりながら、精悍せいかんな顔つきの金髪碧眼王子、ハルトヴィッヒ──ハルトが姿を現した。

「爆弾が仕込まれていたようだ」

 頭からホコリを被ったかのような姿なのに、何故か堂々とした出立ちで、そう迷いなく告げる金髪王子ハルト

「掃除機に爆弾なんか仕込まれてるワケねぇだろ!! 何吸い込んだんだよ!」

「何も。ただ、白茄子エグプがやるように使っただけなのだが……」

「ただ使っただけで掃除機爆発させるとか! どういう方向に才能使ってんだよ! お前、ゲームじゃ成績優秀、運動神経抜群の学園生徒会長だったんだろ?! お前の学園大丈夫だったんかッ?!」

「勉強は出来た。スポーツも問題ない。教科書やマニュアルがあるものを、その通りに再現させる事など。フッ。他愛たあいない」

「無駄才能!! マニュアルない事は1mmも出来ないって事か! カッコつけて言う事じゃねぇよ?!」

「そんなに褒められると……照れるな」

「褒めてねぇ!!」


 疲れる! 金髪王子ハルトに関わると本当に疲れる!!

 よくある『同棲するとアラが見える』っていうのあるけどさ! 限度があるだろ限度が!!


「……ただでさえさ、お前らの為に築六十年の借家に引っ越して結構な金額飛んでったのによ……掃除機買い替えなきゃいけないのか……勘弁しろよ……」

 アタシは、本気で頭痛を感じて額を押さえる。

 そんなアタシにスッと近寄ってきた金髪王子ハルト

「愛があれば……大丈夫だよ、よし子」

 そう優しい声と共にフンワリと両手を広げ、アタシを優しく抱きしめ──

 ようとしたので、その顎をガッと掴んで動きを止めさせる。

「愛で腹が膨れるかッ……ウチのエンゲル係数爆上げしてる育ち盛りのクセによォ……」

「愛ぎゃいひゃいよ、よし子……」

 ちょっと涙目になってきていたので、アタシは金髪王子ハルトの顎を離してやった。


「今の音は何だギョリュ?」

 二階から洗濯カゴを抱えて降りてきたのは、流れるような白髪はくはつに均整のとれたローマ彫刻のような身体の白茄子エグプ

 彼は慌てた様子で──

白茄子エグプ!! 家でも下は穿けって言ったろォがァー!!」

 アタシは、全裸で洗濯カゴで局部を隠す白茄子エグプを怒鳴りつけた。

「洗濯機を回すついでに着てた服も洗濯したギョリュ。大丈夫。誰も見てないギョリュ」

「見てても誰もツッコめないだろうがッ!! 築六十年の家のベランダで、全裸のマッチョが洗濯物干してるとか!! 回覧板の順番飛ばされたらお前のせいだぞ!!!」

「服は着る習慣がないから落ち着かないギョリュ」

「せめてパンツ穿け!!」

「よし子が買ってきたのはボクサーパンツってヤツだギョリュ。あの締め付けは嫌いだギョリュ」

「じゃあトランクス買って来るから、それまでボクサーで我慢しろ!!」

「仕方ないギョリュね」

 そう呟いて洗濯カゴをそこに置き、渋々といった顔で白茄子エグプは自分の部屋へと向かって行った。

 なんで……私が妥協してもらった感じにならなきゃいけないんだよ……なんか凄ぇ納得いかない。


「よし子ー。大丈夫ー?」

 そう、縁側の開いた窓から顔を出したのは、とんがった耳に黄緑の髪を三つ編みにした、可愛らしい十五・六歳の少年の姿をしたエルフのスヴェンだった。

 泥だらけの軍手を外して、よっこいしょと縁側へと腰掛ける。

「ダイジョウブじゃない……高血圧で脳溢血のういっけつ起こしそう……」

 私は一気に疲れを感じて、大きくため息をつく。

「ホラ。今、家庭菜園からキュウリとナス、トマト収穫したよ! コレ食べて元気出して?」

 エルフショタスヴェンが縁側の外からザルを取り出す。そこには、瑞々しくツヤツヤな夏野菜が沢山盛られていた。


「お言葉に甘えて……ありがとう、スヴェン」

 私はエルフショタスヴェンの横に座り、ザルからキュウリを拾い上げる。

 そしてそれに思いっきりかじりつ──こうとしたら、エルフショタスヴェンが顔を真っ赤にして私の顔をガン見していた。

「……何?」

 エルフショタスヴェンの、恥じらいを含みつつも、何かを期待してるかのような、そんな視線に一抹いちまつの不安を感じる。

「何でもないっ。早く。早く食べて。ホラ。もっと大きく口開けて。それでそのキュウリに思いっきりムシャぶりついて」

「……」

 アタシは食欲をゼロにされ、キュウリをザルへと戻した。

「なんで食べてくれないの? ボクの、キュウリ。頑張って作ったのに」

「今更キュルンと無垢むくな顔しても手遅れだぞお前……お前が何を想像したのか、手に取るように分かったぞ……」

「アレ? バレた? うーん。やっぱり顔に出ちゃうね。未経験だからこそかなぁ。ドキドキしちゃうんだよね」

「……」

 見た目少年だけど、中身オッサンかよ……

 ホント、胃が痛い……


「美味しそうな野菜だな! 俺も一つ頂こう!!」

 そう言って、金髪王子ハルトがザルからトマトをヒョイっと拾い上げる。

「ハルト! ハルトはお金払って! 一個百円!!」

 ムーっと頬を膨らませたエルフショタスヴェンが、金髪王子ハルトの手からトマトを奪い取った。

「何?! 俺から金を取るのか?!」

「当たり前でしょ?! 家庭菜園で頑張って作ってるのはボクだよ?! 対価は必要でしょ?!」

「よし子からは取らないのに?!」

「よし子は日々、ボクたちの為に社畜として神経すり減らして社会に踏み潰されてグチャグチャにされてくれてるからいいのっ!!」

 ……言い方……。

「それに! そんな感じで毎日疲弊した顔を見せてくれるから、ボクはそれで満足なの!」

 ドSかよエルフショタスヴェン

「俺だって頑張ってるぞ!」

「掃除機爆発させた人が何言ってんの?! 頑張った事が評価されんのは幼児までだよ?! 結果で示しなよ! ハルトは幼児なの?!」

「俺は立派な十八歳児だぞ!」

「十八歳って! 自分で言ってて恥ずかしくないの?!」

 言い合いを始めてしまった金髪王子ハルトエルフショタスヴェン

 しかし、止めに入るほどの気力がもうない。

 アタシは頭を抱えて自分の膝へと顔を埋めた。


「あーハイハイそこまでー」

 二人の言い合いを止めたのは、もう一人の声だった。

 銀髪を緩く結んで肩に流し、褐色の肌に少し垂れ目のチャラそうな雰囲気をさせた大商人の息子──ナーシル。

「今日は深夜バイトあるから、昼間は寝させてくれよ。部屋まで声聞こえてきてたわ。ウルサイよ」

 二人の近づいていた顔をガッと引き離し、商人息子ナーシルはウンザリした顔をした。そして二人の間──私の横にスルリと座り、ザルの中からトマトを拾い上げてガブリと噛みつく。

「あー! ナーシル! 一個二百円!!」

「地味に値上げすんなよ……」

 商人息子ナーシルはポケットから二百円を出し、エルフショタスヴェンと手渡した。

「毎度ありー♪」

 受け取ったエルフショタスヴェンは、ホクホクとした顔でポケットへと入れていた。


「スヴェン……ナーシルから金取るの止めなよ。役立たずのハルトと違って、ナーシルは居酒屋とコンビニバイトで稼いでくれてるんだから」

「サラリと俺へのディスりを混ぜたよし子。好きだ。愛してる」

「しかも、結構な金額だよ? せめてまけてあげて」

「無視も可憐で素敵だよ、よし子」

「でもー。僕も男のカフェでバイトしてるよー? 居酒屋とかより時給いいよ?」

「勿論、それも感謝してる。家庭菜園やってくれてるし、家計簿の計算までしてくれて。ホントありがとう、スヴェン」

「えへへ」

「……殿下を無視すんの、可哀想だから、それぐらいにしてやってくんないかな……」

 アタシとエルフショタスヴェンとの会話に、ヤレヤレといった顔で口を挟んだのは商人息子ナーシル

 それで顔を上げるが、金髪王子ハルトはキラキラした自信満々の表情を崩していない。金髪王子ハルトには多少のディスりは通用しない。

 むしろ通用してくれよ……なんでホント何も出来ないのに、そんなにへこたれないのか意味分からんて。

 さっき掃除機爆発させたの、もう忘れた?

 アレ片付けんの……面倒臭いなぁ……


 もう、勘弁してくれよ……

 私は再度、頭を抱えて自分の膝に突っ伏した。

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