【イベント3】地下牢脱出イベント

「リズ……そんなにヤツレて。顔色も悪い。ヤツらに酷い事されたんだろう、可哀想に」

 牢の外側──鉄格子越しに、足音のヌシのその男は憐憫れんびんと慈愛の視線をアタシに向けて来ていた。


 別に、ヤツレてんのは普通に仕事の激務のせいだし、顔色悪いのはデスクワークで外に出ることが無いから青白いだけなんだけど。

 煙草取り上げられただけで、他は指一本触れられてないわ。

「余計な世話じゃ。誰、こいつ」

 なんか、ウチにいる顔面偏差値のみ上限突破男たちと同じ匂いを感じて、アタシは横に浮遊する金茄子ゴエプに尋ねる。

「コイツが攻略対象の一人、王弟おうてい殿下だヌミョ。っていうか、説明書ぐらい読めヌミョ!! パッケージにも中央にデカデカ描いてあったヌミョ?!」

「あー、ホント? あんま見てなかったわー。それにアタシ、操作説明は読むんだけど人物紹介は読まないんだよねー。だって何も知らない状態で進めたいじゃん? その方が何が起こるのかワクワク出来るし。

 ちなみに言うと、アタシはリロードしない派」

「乙女ゲーム愛好家には珍しいチャレンジャータイプだヌミョね……」

「だってその方が面白いじゃん。あー……ただ……」

 アタシはそこで、乙女ゲームガッカリを思い出す。


「『コイツ素敵じゃん!』って思っててガンガンアタックかけてたのに、実は攻略対象じゃなかったとかさ。結構あるよね。もうガッカリが酷いんだよ……せっかく好みのナイスミドルが出て来たと思ったら、ただのモブとかさ。えるー」

「ティーン主人公の乙女ゲームにナイスミドルな攻略対象は普通いないヌミョよ!?」

「えー、いるって。過去やったことあったもん。

 あー、でもダメだったなぁ。何か知らないけど、途中で若返っちゃってさ……アレもえたわー」

「……お前、もう乙女ゲームやる資格ないヌミョ……」

「あるよ! 棺桶かんおけに片足突っ込んでたって乙女ゲームやる資格あるっつーの! アタシの場合、ちょっと好みの幅が上方向に広いだけだろ!? 偏見へんけんやめろや!!」

「じゃあもっとニッチ層向け乙女ゲームやるヌミョよ!!」

「ないんだって! ないんだって!! ティーン向けとか、せいぜい二十代向けなんだって!!! こっちだってアラフォー狙い撃ちの乙女ゲームを心から欲してるわ!!

 なんで出してくれないんだよ! そういう所にぶち込む金はあるぞ!? 作ってくれよ!!」

「俺に言われても困るヌミョ!!」

「なんとかしろよ! どっちかっつーと制作側の立ち位置だろ!!!」

「ナビをする関係上、メタな事も知ってないとダメってだけだヌミョ!」

「散々フラグフラグ言っといてそりゃないぞ!」

「知ってるだけで何も出来ないヌミョ! お前が宝くじ当てて自分でプロデュースしたゲーム作れヌミョ!!」

「なるほどな?!」


 そうこう金茄子ゴエプとギャーギャーやっていたが、そんな様子を気にするそぶりも見せない王弟おうてい殿下。

 むしろこんだけ騒いでんのに無視できるその神経が知れない。

 って事は、コイツも漏れなくヤバいヤツだね?


 アタシがそう警戒している事に気づかず、王弟おうてい殿下は懐から鍵を取り出して、ガチャリと扉の錠をあけた。

 きしむ音を響かせて、鉄格子がゆっくりと開かれる。

「さぁ行こうリズ。お前のような清廉せいれん潔白けっぱくな女性に、こんな場所は見合わない」

 輝く白い歯列。シルバーの少し固そうな髪をハーフアップにし、プラチナ王子と同じく灰褐色はいかっしょくの瞳をキラキラさせて、アタシに手を差し伸べてきた。

 ……清廉せいれん潔白けっぱくとか言われると悪寒がする。他人に言えない事の一つや二つや三つあるし。

 まぁAV見たりとかっていう話なら隠してないから普通に言うけど。

 生活してて清廉せいれん潔白けっぱくな人間なんていやしねぇよ。赤子だってウソ泣きすらァ。

 乙女ゲームってそういう事普通にサラッと言うよな。

 正直、冷める。


「お前の微妙にニッチな方向に尖った趣味嗜好はこの際置いておくとして、行こうヌミョ。隠しエンドは、この王弟おうてい殿下のルートから派生するヌミョ」

「オイ。どさくさに紛れてディスんな」

「まずは彼について行って──」

「え? 誰がそのエンドへ行くって言った?」

 そんなアタシの言葉に、シルバー王弟おうていの側へとフヨフヨ移動していた金茄子ゴエプの動きが止まり、驚いて竜巻が起こりそうな勢いで振り返る。

 そして、慌ててアタシの側へと金茄子ゴエプが戻ってきた。

「何言ってるヌミョ?!」


 アタシは、両手でそっと金茄子ゴエプの身体を優しく包み込むと、顔をグイッと近づけてそのつぶらな瞳を覗き込む。

「アタシはさぁ……攻略本とかサイト見るの、嫌いなんだよねー」

 次第に指に力を入れていくと、金茄子ゴエプの低反発な身体にジワジワと食い込んで行った。

「い……痛いヌミョ! 指がメリ込んでるメリ込んでるヌミョ!! パァンってなるヌミョ! パァンッて!!」

「『現実へ帰れるエンドが存在する』って分かっただけで充分よ。あとは自力でなんとかするわ」

「自力ヌミョ?!」

 アタシの指に圧縮された金茄子ゴエプが、シワシワになりながら悲鳴のような声を上げた。

「だからね!」

 金茄子ゴエプを右手で掴んだまま思いっきり振り被る。

「お前らはいらん!!」

 そして、全身のバネを使って金茄子ゴエプ王弟おうてい殿下の顔に叩きつけた。

 最近テコンドー習い始めた甲斐があって、体の使い方が上手になってきたぞ! 我ながら綺麗な投球フォームだったな!


「?!」

 牢の入り口に棒立ちしていたシルバー王弟おうていは、顔面に金茄子ゴエプをぶつけられ、そのまま後ろへと仰け反って倒れ込む。

 アタシはすかざず、それを飛び越えた。

 しかし、走り出そうとした足首を、顔に貼り付いた金茄子ゴエプを剥がしたシルバー王弟おうていがガシっと掴んできた。


 そこでアタシは──

「ごめん!!!」

 思いっきりパンプスで足首を掴んでいた手を踏みつけた。

「ぐあ!!」

 ヒールがメリ込んだ手を庇ってゴロゴロと床に転がるシルバー王弟おうてい

 その隙にアタシは出入り口の所まで猛ダッシュした。


 脱出成功!

 あとは『現実に戻るエンドの契機けいき』を目指すだけだ!


 家で待ってるハズの、顔だけ男四人衆の事を思い浮かべながら、アタシは地下牢を飛び出して行った。

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