【イベント4】隠しイベント

「とうとう、本当の姿を見せる時が来たギョリュね」

 語尾は相変わらず変なままだったけれど、声は渋くて低くてダンディなそれになっていた。


 アタシから少し離れた所を浮遊していた白茄子エグプの身体が突然発光し始めた。

 眩しくて、アタシは腕で目をかばう。


 その猛烈な光がおさまると。

 アタシの部屋の真ん中には、純白の髪を無造作にかきあげた、まるでローマ彫刻のような均整のとれた身体をしたナイスミドルの男が──


 全裸で立っていた。


「なんで全裸なんだよ白茄子エグプッ!!」

「今までだって全裸だったギョリュよ?!」

「アレを全裸と表現すんのか?! だとしたらマスコット系キャラは全部全裸なのかっ?! 今後ナビキャラをなんか変な目で見そうだよ!!」

「そんな視点で見るのはお前だけだギョリュ」

「しかも語尾変わらないんかい! そこは隠しキャラとして、人間体になったら普通の語尾になるのが正解なんじゃねぇのかっ!!」

「この語尾がアイデンティティだギョリュ」

「だから何処に個性出してんだよ!! 意味ねぇじゃん!!」

「だから意味あるギョリュ! これが無くなったら誰だか分からなくなるギョリュよ?!」

「そこに価値見出してんじゃねえよ! 誰だか分からなくなってもいいじゃん! イケボ&イケオジが台無しだよ!! 中の人に謝れ!!!」

「中の人とか言うなギョリュ! 中に人はいないギョリュ! これは俺の声帯だギョリュ!!」

「ああやめて! その声でギョリュギョリュ言うなや! 次アニメとか外画吹き替え見た時、絶対語尾に『ギョリュ』って幻聴聞こえるー!!」

 もう見れない、アニメや映画。メチャクチャ真面目などシリアス映画でも、きっとこの語尾が脳内再生されて邪魔される!!

 ああもう有名声優さんになんて役やらせてんだよ!!

「素敵ボイスだったのに……」

アタシはあまりのガッカリさに、重力百倍になったかのような疲れを感じる。

 肩を落として項垂れるしか出来なかった。


「……この声は好きギョリュな?」

 頭の上から残念語尾の素敵ボイスが降ってくる。なので思わず

「うん。好き……」

 つい、そう応えてしまう。

 すると──

「俺も愛してるギョリュ」

「いや待って? 愛してるとは言ってない」

 しかも、好きと言ったのは、その声が、な?

「この声帯、そしてこの語尾を含めてお前が愛してくれたからこそ、俺は姿を現した隠しキャラだギョリュ」

「だから愛してねぇよ?!」

 アタシの鋭いツッコミをかわし、アタシの顎にスッと手をかけてくる元・白茄子エグプ


 上を向かされ、その吸い込まれそうな紫色の瞳に見入り

「……スタンダードな乙女ゲーなのに、全裸はNGだろ。全部余す所なく見えてんぞ」

「本来のゲーム画面なら上半身しか映らないからセーフだギョリュ」

 なにそれメタい。

「むしろ、十六歳の乙女なら恥じらって『きゃー☆』なシーンだギョリュ」

「いや、だから十六歳じゃねぇし。今更男の裸の一つや二つ平気なんだけど。そんなんでキャーなんて言ってたらAVは見れない」

「……AV見るギョリュか……」

 アタシの顎にかけた指を、ドン引きしながら引っ込める元・白茄子エグプ


 しかし……さっきまで、一応可愛く見える白茄子の姿だったからいいとして。

 普通にイケボでイケオジな感じの人間に目の前に立たれると……なんか調子狂うわ。

 つか、普通に目のやり場に困る。気を付けてないと視線が下がる。

 アカンアカン。

 アタシは慌てて視線を元・白茄子エグプに固定した。

 普通にカッコイイなぁ。声も渋くて素敵だし。


「まぁ……いいギョリュ。お前の歪んだ性癖は理解したギョリュ」

 ホント台無しだよその語尾。ガッカリ感がマジでエゲツねぇ。

 ああ勿体ないなぁ。せっかくの──

「……ちょっと待て。今『歪んだ性癖』とかサラリとディスった?」

「ディスりではないギョリュ。愛だギョリュ」

「お前の愛の方が歪んでね?」

「包み込む愛だギョリュ。三十五を超えてまで十六歳主人公の乙女ゲーにキャッキャウフフと感情移入しようとした、聞く人によっては微妙にドン退く趣味嗜好も、受け入れる大きな愛だギョリュ」

「結構大多数の人間が被弾する炎上ワードを、今サラッとぶち込んだよね? やめて?」

「何故だギョリュ? 俺は構わないギョリュ。そんなお前が愛おしいギョリュ」

「……何だろう。素直に喜べない……」

 ってか、全然嬉しくない。

 現実を突然目の前に改めて突き付けられながら愛を囁かれても、逆になんか絶望感がエグイんだけど……

 見たくないんだって、世知辛い現実なんて。

 逃げたかったんだって、世知辛い現実から。

 だから、等身大三十五歳のOL姿でこの世界入っても、全然嬉しくないんだってば。

 なんでそれを理解してくんないの??


「で、さ。なんで人間型になったワケ? 何かのイベント?」

 気を取り直して、アタシは全裸男から下がって少し距離を取った。

 ……いかん。距離をとると視界に入れない方がいいモンが入る。集中しろ、アタシ。


「そうだギョリュ」

 渋い声で短くそう告げる元・白茄子エグプ

「お前は見事、俺の好感度をMAXまで上げつつ、他の男のイベントを全て跳ね除けたギョリュ」

「……白茄子エグプの好感度上がるタイミング、あった?」

「俺を好みと言ったギョリュ」

「いや、好みなのは歳上な」

「ナイスミドル、とギョリュ」

「それはタイプなだけでお前とは言ってない」

「口喧嘩して俺を言い負かしたギョリュ」

「え、何ドMなの?」

「おめでとうギョリュ。これでお前は元の世界に戻れるギョリュ」

「それは嬉しいけど、なんで突然会話してくんなくなったの? 今までみたく会話のキャッチボールしようよ。突然投げっぱなしさせないで」

 そうお願いするが、返答はナシ。

 なんでじゃ。


「このゲームの隠しキャラ攻略おめでとう! そして、この世界にサヨナラだな──」

 元・白茄子エグプがそう告げた瞬間、目の前が白く輝く。


 視界がホワイトアウトして、耳鳴りのような甲高い電子音のような物に聴覚まで奪われて、私は全てを知覚出来なくなってしまった。


 そしてそのまま──意識を失った。

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