【イベント3】深夜のお部屋訪問イベント

 その姿を確認せず、アタシは身体をヒネって目の前にいた人間をかわす。

 お陰で床に変な向きで倒れ込んだけれど、手をついてすぐに体勢を整えた。


「……普通、そこは大人しく抱きとめられるものじゃないギョリュか……?」

 白茄子エグプが呆れた声でそうツッコミを入れてきた。

「触られたくないんだよ。気安くな」

 アタシは膝の汚れをパタパタ叩いて立ち上がる。

「抱き留められたりするのは、イケメンに合法的に触れるチャンスだギョリュよ!?」

「なんだよそのセクハラ思考!! キモっ!! 興味ない人間は例えイケメンでも触りたくねぇわ気持ち悪い!!

 それにアタシは、触りたい時は! ちゃんと相手に許可取ってから!! 隅々まで余す所なく触るわ!!!」

「ワードチョイス!!! 中年臭を抑えるギョリュ!」

「うるさいな! 事実中年ですが何か!? 誰でも歳とりゃ中年になるわ!!

 とにかく、このゲームの男たちは許可なくベタベタ触ってくっから嫌なんだよ!」


 その様子を、アタシの身体を受け止めようと腕を広げた形のまま固まった男が呆然とした顔で見ていた。

 長い銀髪を緩く結んで肩口に流した、褐色垂れ目のなんかチャラそうな男。確か、二十歳ぐらいだとか白茄子エグプが言ってたっけ。

「え……えと。大丈夫?」

 目的を失った腕を下げつつ、微妙に困った笑顔でアタシの事を見てきたので

「大丈夫です。お気遣いなく。それでは」

 バタン。

 アタシは何事もなかったかのように扉を閉めた。


「何してるギョリュ! 大商人の息子──ナーシル様とのイベントだギョリュよ?! 王子ハルト様がダメなら次ギョリュ!」

「どうでもいいけど、なんで全員『様』つけて呼ばなきゃいけないの? 貴族はいいとして。アイツ商人の息子っていう事は平民だろ?」

「とりあえず全員に『様』つけて呼ぶのが、乙女ゲーム主人公のたしなみだギョリュ!!

 『様』を取って呼んだりするようになる『呼び名変更イベント』は、乙女ゲームにおいて外せない胸キュンイベントだギョリュよ!?」

「えー……めんどくさ……」

「乙女ゲーム愛好家の風上にもおけない発言ギョリュ!?」

「いや、毎回あるからさ……もう、いいかなって」

「さてはお前! そのイベントスキップさせてるギョリュ!?」

「いや、やるよ。乙女ゲームには没頭したい」

「なら今回も没頭するギョリュ!!」

「だからさっきから無理だつってんでしょーがッ!!!」

 そこまで言い争い、アタシと白茄子エグプは肩で息をする。

 ……乙女ゲームってこんなに物理的に疲れるゲームだったっけ?


 アタシは大きく深呼吸し、呼吸を整える。ポケットから新しい煙草を取り出して火をつけ、深く吸い込んでゆっくりと吐きだした。

「アイツも嫌。だってアタシの事、子猫ちゃんとか呼ぶんだもん気持ち悪い」

 アタシはまた窓の方へと歩いて行く。

 そんなアタシの背中に、不満をぶつけてくる白茄子エグプ

「男に対してのハードル高すぎやしないかギョリュ?!」

「高くない! アタシは! アタシを! 普通に扱う男が好きなの! 十六歳の処女として扱われたり! 子猫ちゃんとか呼ばれんの無理過ぎ!」

「処女とか叫ぶなギョリュ! 例えお前がどんな阿婆擦あばずれだとしても、召喚されたのは清らかなる聖女様だギョリュ! なりきるんだギョリュ!」

阿婆擦あばずれとか言うな! 普通に男性経験のある普通の健康な三十五歳じゃ!」

「お前の本体はこの際関係ないギョリュ! お前は乙女ゲー玄人なんだギョリュ?! 自分と切り離すギョリュ! お前はもう清らかなる聖女様だギョリュ! 現実には目をつぶれギョリュ!」

「ゲームならな! モニタ挟んだ向こう側ならな!! 自分の姿が十六歳ならなっ!!!

 今は三十五歳! しかも現実の自分のまま!! 鏡見たら、会社ではおつぼね様的立場になってきた疲れたOLが『こんにちは』してんだよ! 等身大で乙女ゲームは体験するモンじゃねぇな全くよ!!」


 コンコン。

「あのー……声、外に筒抜けなんだけど──」

「うるさい! 帰れ!!」

 扉の外からおずおすとかけられた声に、怒声を返して黙らせた。


「じゃあ、お前は誰ならいいギョリュか?!」

 アタシが手にしたタバコを奪い取って灰皿に投げ捨て、白茄子エグプが顔を寄せてくる。

「……歳上」

 その勢いに押されて、つい自分の好みを告げた。

「じゃあエルフ国からの留学生でいいじゃないかギョリュ!」

「いや、あれは単純に数字上な! 見た目は子供じゃん!! 無理だよアタシにはショタ属性はないんだよ!!」

「合法ショタと言えギョリュ!! この国の『十六歳以上なら結婚やその他アレコレOK』はクリアしてるギョリュ!!」

「アレコレとか言うな! 想像しちゃったじゃねぇかコラ!! 犯罪者になった気分にさせんな!!

 だから数字だけクリアされても、目の前に幼気いたいけな少年が立ってっから無理なんだっての!!

 その気にさせたきゃナイスミドル連れてこい!」

「学園ものの乙女ゲームにナイスミドルの攻略対象がいるかギョリュ!!」

「いるでしょうが! 例えば、勤続二十年の教師とか」

「ベテラン過ぎるギョリュ! 十六歳の乙女からしたら父親世代だギョリュ! そんなマニアックな年齢の攻略対象居ないギョリュ!!」

「いないの?!」

「むしろなんでいると思ったギョリュ?!」

「最近の乙女ゲームは振り幅広いじゃん」

「このゲームはスタンダードな乙女ゲーだギョリュ! 例え四十歳の攻略対象がいたとして、そいつが十六歳に手を出したら、一応合法としても倫理的に見て普通にロリコンだギョリュ!」

「確かにな!」

「だから諦めるギョリュ! 普通の乙女ゲームなんだから普通にクリアするギョリュよ!」

 ……そうか。盲点だった。説明書読まない弊害がこんな所に。てっきり、大人攻略キャラがいるかと思って、ソイツを待ってたんだけど……

 そっかー。いないのか──


「いや待て!! その倫理NGな事を! お前は! 今!! アタシにやらそうとしてんだよ!?

 なんでソコだけ目をつむろうとしてるんだよ!!」

「一番年下が王子ハルト様の十八歳だギョリュ! 三十五歳と十八歳なら十七歳差でセーフだギョリュ!!」

「数字の問題じゃねぇんだよ! 五十と三十三ならいいけどな?! ティーンはダメなんだって! まだ子供なんだよ!!」

「大丈夫だギョリュ! お前の世界でも十八歳は法律上は成人だギョリュ!? なら結婚も婚前交渉もイケるギョリュ!!」

「だから想像させるワードを使うな! 妖精だろうが!! 清く正しくあれよ!! 例え茄子でもな!!!」

茄子ナスナス連呼するなギョリュ!! ナビキャラをおとしめるなギョリュ!!」

「普通のスタンダードな乙女ゲーに『ギョリュ』とかいう変な語尾の茄子の姿したナビキャラがいるか!!」

「これは個性だギョリュ! 他のゲームと差別化をはかって埋没しないようにしてるギョリュ!」

「ナビキャラを差別化して意味あんのかっ?!」


 その一言を私が告げた途端、白茄子エグプが突如口をつぐむ。


 あ、もしかして、言っちゃいけない言葉だったのかな?

 トラウマ掘り起こしたとか……


「意味あるギョリュ」

 そう放たれた声は、今までの妙にダミ声がかった甲高い声ではなく──

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