【イベント2】舞踏会イベントその後

「なにしてるギョリュ! あれは攻略には欠かせないイベントだったギョリュに!」


 自室の窓を開け放ち、そこの手すりにもたれかかりながら新しい煙草に火をつけてふかしていたら、後ろから抗議の声が浴びせかけられた。

 ギョリュギョリュうるさいなぁ。


「だからイベントには参加してあげたでしょーが」

 変な語尾で抗議の声を放つソレをアタシは横目で一瞥いちべつ

 そこには、バレーボール大の白茄子にツブラな目口がくっついた不可解な生き物が、不可思議な力で空中を漂っていた。


「これじゃあイベントをギョリュ! 成功させて初めて意味があるんだギョリュ!」

 ナビキャラ兼マスコットの──白茄子エッグプラントの妖精──エグプが、体の側面についてる短い腕をパタパタさせて猛烈抗議する。

 どうでもいいけど名前、語呂悪っ。


「それに! あの王子──ハルトヴィッヒ様は高難易度だギョリュ!」

 不可思議な力で飛んだ白茄子エグプが、アタシの周りをグルグルと回っていた。

「回るのヤメろ。目が回る。最近歳のせいか三半規管が弱くなってきたんだよ」

「乙女が『歳のせい』とか言うなギョリュ!」

「事実なんだから隠しても仕方ないだろうが!」

 そう抗議したが、白茄子エグプは回るのをやめない。

 ホントやめて。マジ吐きそうになってきたじゃん……


「ハルトヴィッヒ──ハルト様は人当たりが良くってすぐに仲良くなったように見せかけて、各種スペックを上位に持ってこないと恋愛イベントが発生しないギョリュ! このイベントをクリアする為に、今まで頑張ってきたんじゃないギョリュか!?」

 アタシの目の前で、キキーッという音を立ててやっと止まる白茄子エグプ

「待て。今の『キキーッ』って音、どっから出た? 何と何がコスれたの? 宙に浮いてんのに」

「効果音だギョリュ! 乙女ゲームの大事な演出だギョリュ!」

「ナビキャラにそんな丁寧な演出いる?」

「いるギョリュ!!」

「つか、『効果音ソレ』、マジウッザイ。

 ゲーム画面ごしだとある意味分かりやすかったけど、現実としてイチイチ効果音があると気持ち悪いね」

「ゲームで重要な要素を『気持ち悪い』とか言うなギョリュ!!」

「だって事実だし」

「飲み込むんだギョリュ! ここは乙女ゲームの世界だギョリュ!!」

「飲めない事もあるってーの」

 白茄子エグプが動く度にポヨンポヨン音がしてるし。マジキモイ。耳についてきた。夢にまで出そう。いや出るわ、絶対。


 アタシはウンザリして、また窓の外へと顔を向けて、タバコを深く吸い込んで白い煙をはぁーっと吐き出した。

「それに、今更アタシに恋愛イベントのイロハはいらん。こちとらPCゲーム時代から乙女ゲーやってんだコラ。釈迦シャカ説法せっぽうじゃボケ」

「乙女ゲームの主人公は! そんな汚い言葉は使わないギョリュ! そんな疲れたオッサンみたいに煙草吸わないギョリュ!」

 白茄子エグプがアタシの肩にのし掛かってきて、耳元で猛抗議する。

 ウザい!


 タバコを灰皿に放り込み、肩に乗った白茄子ソレを腕で叩き落としてやった。ボインと床でバウンドしてそのまま転がる白茄子エグプ。ちなみに、実際に『ボイン』って音がした。マジウッザ!!

 アタシは振り返って、転がる白茄子ソレを憎々しげにニラみつけた。

「だからアタシには無理だって最初に言ったじゃん! アタシャもう三十五! 学園で浮きまくりじゃボケ! 『どの生徒の親御さん?』だろがィ! なんでアタシが学生なんだよ! 無理があるだろ設定にィ!」

「そ……そんな事ないギョリュ……

 お前はこのディザイア学園の転校生にして、異世界から召喚されてきた聖女だギョリュ!

 ピッチピチの十六歳だギョリュ! 設定上は!」

「だからァ! ホントに現実世界からゲーム世界に転移してきたんだから姿形は変わってねェだろうがよ! どっからどう見ても疲れたOLだろ?!

 第一、ディザイア欲望学園って名前何?! 普通乙女ゲームならもっとキラキラした名前つけろや! 不穏過ぎんだろその名前!

 それにっ!! こちとらもうアラサーの範疇はんちゅうからも逸脱いつだつしたんだよ! こっからはアラフォーじゃ! 無理過ぎんだろ十六歳はさァ! 二十歳近くもサバ読ませるとか狂気の沙汰サタをさせんなよ!!」

 なんとかまた空中に浮遊しはじめた白茄子エグプワシづかんで、グイッと顔を寄せた。

 しかし、白茄子エグプも負けじとアタシをニラみ返してくる。

「お前がそんなゲームに手を出したのが悪いギョリュ! 仕方ないギョリュ! 主人公の設定年齢が十六歳だギョリュ! 中身がどうであれ十六歳だギョリュ!」

「中身どころかまんまだろ?! この白髪と小皺が見えないんか?! アァ?! 言わせんなっ!!」

「み……見えないギョリュ……」

「嘘コケ白茄子! こっちに澄んだ目を真っ直ぐ向けてもっかい言ってみろ!」

「……か、勘弁して欲しいギョリュ……」

 白茄子エグプはアタシから視線を逸らして、あらぬ方向を頑張って見ていた。


「と……兎に角。元の世界に戻るには、誰かしらを攻略して『元の世界に戻るエンド』に辿り着かないと帰れないギョリュよ」

 アタシに、顔(体?)を横に限界まで引っ張られて楕円になりつつ、白茄子エグプがそう告げる。

 その言葉に、アタシは眉間に簡単には消えない深いシワを刻んだ。

「それ以外にないワケ? 本当に?」

「本当ギョリュ……」

「一回り以上下のまだケツの青いガキどもに上から目線で口説かれても鳥肌モンじゃ。しかもこっちを年下の『何も知らない』女の子として扱うんだよ気持ち悪い」

「……いくつになっても女の子として扱われるのが乙女の夢じゃないのかギョリュ」

「女の子として扱われる事と、無知だと見下される事は違うだろうがッ!

 現実世界で嫌って程『説明したがる上から目線マンスプレイニング』受けてんだよ。乙女ゲームのキモは現実逃避だろ?

 ナビキャラなら、お前、それ、やめさせろ。今、すぐ」

「む、無茶言うなギョリュ……」

「少なくともアタシにはあの態度で接せられたら無理じゃ。人類平等。男女関係に上下などない。

 ……いや、あるにはあるか。いやでもアタシはどっちかというと上の方が──」

「十六歳の乙女は下ネタ厳禁だギョリュ!!」

「設定上は、だろ?! 事実三十五なんだよ現実を見ろ!」

「ゲームは設定至上主義だギョリュ!」

「そんな無駄な縛り壊しちまえ!!」

「無駄じゃないギョリュ!」

「メタいナビキャラならそれぐらい──」


 コンコン。


 不毛な言い争いをしていたアタシと白茄子エグプを止めたのは、部屋のドアがノックされた音だった。


「何?」

 アタシは白茄子エグプから手を離して、扉へとそっと近寄る。そっと耳を当てて外の音をうかがった。

「多分、王子舞踏会イベントをキャンセルしたから、それを契機けいきにした次のイベントが発生したんだギョリュ。

 そこに立つのは──」

 ナビキャラらしく解説を始めた白茄子エグプの言葉をよく聞こうと、そちらへと視線を向けた瞬間。

 寄り掛かっていた扉がガバリと開かれ、重心を崩して倒れかかる。


「おっと」

 そんな声を発しつつ、倒れかかるアタシの身体を受け止めようと腕を広げたのは──

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