第4話 いじめという名の暴力


 小学校1年生になり、2週間くらいで突然無くなった僕の筆箱。

 おじさんに買ってもらった僕のピカピカの筆箱。

 

 でもそれを先生に話したら、筆箱は探してくれなくて、翌日には筆箱を盗んだ犯人探しになっていた。 お母さんも無くしたかもしれないと先生に言っていたのに、盗まれた事になっていた。


 しかも、その犯人は何故か、クラスでも少し浮いていると言われている、菊池君と金子さんになっていて、大勢の先生達にワーワー言われて決めつけられて、3人で違うと言っても誰も聞いてくれなかった。


 怖かった。


 菊池君と金子さんをかばったら、今度は僕がウソつき呼ばわりされて、体育の先生にお母さんに新しく買ってもらった筆箱を無くした筆箱だと言われて焦った。

 どんなに無くした筆箱じゃないと言っても、体育の先生は僕をウソつき呼ばわりして…本当に怖かった。


 金子さんが証拠を話してくれて、教頭先生が流れを変えてくれたけど…あのままだったら、菊池君と金子さんはドロボーで、僕は嘘つきにされていた。


 何故?

 何故そんなことになったの?


 僕はただ筆箱をなくしちゃっただけだったのに。

 それを探しに学校に戻って、探して先生に正直に話しただけなのに。


 そのあと、クラスの雰囲気が変な事になり、僕達3人は孤立した。でも3人一緒だから寂しくはなかった。


 筆箱は入学祝いにプレゼントしてくれたお母さんの弟のおじさんが、同じのをプレゼントしなおしてくれて、そして金子さんが猫のシールをまたくれた。だから元通り。

 

 だから僕は嫌な事は忘れることにした。

 直ぐにゴールデンウイークで1週間は学校から離れて、O電鉄の特別な特急電車で行くおじいちゃんの所で、毎日楽しくキラキラした日を過ごせたから、忘れたんだ。

 固い固い箱の中に、ぎゅうううッとしまって怖い物全部しまい込んだんだ。



 だけど…

 学校が始まって、直ぐに僕達はまた教頭先生に呼ばれたんだ。

 今度は校長室。校長室になんて僕達は初めて入るからびっくりした。


 そこには僕達のお母さんがいて、他に同じクラスの鈴木君と塚田君とそのお母さん達、他に大きなお兄さんとお姉さんとそのお母さんとお父さんらしき人達もいた。


 鈴木君と塚田君は同じ幼稚園だったので、今でも仲良しだ。でも筆箱事件で少しぎくしゃくしていたんだけどね。


 それはきっと、二人が沢田君と同じサッカークラブに入っていて、仲がいいからなんだと思っていた。それにサッカークラブは体育の先生の佐伯先生が顧問だし、佐伯先生は筆箱事件以来、僕達の事を嫌いだ!というオーラをバンバンだしていたから、サッカークラブに入っている子達はみんな僕達を避けていた。

 だから、サッカークラブの子達はみんな…僕達が嫌いなんだと思っていた。

 

 僕がドキドキしながらお母さんの横に座ると、何かがするりと足のそばに来た。


 あ!!あの猫だ!

 あの大きな白い青い目の猫がまたそばに来てくれて、僕を見上げて目を細めてくれた。

 

-大丈夫。


 そう言っているみたいだ。僕はほっとしてお母さんの手をぎゅううっと握りしめたら、お母さんがぎゅううっと抱き寄せてくれた。

 

 他のみんなのお母さん達もみんなをぎゅうっと抱き寄せていて、みんな安心した顔をしていた。

 僕達の他には、校長先生と教頭先生とつきこ先生と学年主任と副主任の先生がいた。僕達は座らせられたけど、先生達は立ったままだった。


「今回は関係者の皆様に緊急でお集まりいただきましてありがとうございます。そして…本当に申し訳ございませんでした」

 

 校長先生と教頭先生、学年主任の先生に、つきこ先生達が頭を下げた。


 どうしたんだろう?なんでこんなに人数が増えているんだろう?そしてなんで先生達は僕達に頭を下げて謝るの?何かあったの?


 ドキドキする僕の前に、白猫が寝そべり、ぺたんぺたんとしっぽで足を撫でてくれる。自然と気持ちが落ち着いた。

 教頭先生がちらちりと先生達を見回し、こほんと咳ばらいをして話し出した。


「始まりは、長谷君の筆箱が無くなった事から始まりました」


 どきん!とした。お母さんが、猫が、大丈夫と目を細めて笑ってくれる。うん。大丈夫。我慢して聞けるよ。


「4月〇日、1年3組の長谷君とお母様が帰宅後にランドセルから筆箱が無くなっていることに気づき、学校まで探しに来たことが始まりです。

 最初は長谷君がどこかで落としたか、もしくはクラスメイトの誰かが誤って持ち帰ったかと思いましたが」

 

 ぎろっ!と、金子さんと菊池君のお母さん達が、物凄い怒りの顔で先生達を睨んだ。直ぐに教頭先生が言葉を濁して謝罪した。


「いえ…違います。不確かな情報で…菊池まこと君と金子瑠実子るみこさんにはあらぬ疑いをかけ、長谷君の筆箱を盗んだ犯人扱いをし、違うと言う長谷君にも怖い思いをさせ、3人には本当に申し訳ないと思っています」


 つきこ先生が真っ赤な顔で悔しそうに赤い唇を噛んで俯いた。その顔がとても怖かった。


「なので、菊池君と金子さんも関係者となりますので、事の顛末を説明する為にここにお集まりいただきました」


 すっと金子さんが身を伸ばしてきて、僕の耳に囁いた。


「長谷君の筆箱、見つかったんだよお?聞いていない?」

「え?うそ、聞いていない。どこで見つかったの?」

「O電車のお~K駅~」

「O電車?K駅???」


 O電車は僕達の住む街を走る電車の一つだ。あとK電車とM電車があるけど、そこは少し離れているので、みんなO電車を使う。

 でもそれは遠い所に行く時にしか使わないので、ぼくが小学生になってからは数回しか使っていない。もちろん筆箱を持ってなんか行ったこともない。


 なんでそんなところで見つかったんだろう?


「また、この場に鈴木健斗君と塚田雄大君とお母様方、4年生の林憲君と大林治美さん、そのお父様とお母様が同席されていますのも、長谷君の筆箱紛失の件と繋がる為です」


 すっと4年生のお母さんお父さんが頭を軽く下げて会釈する。僕達のお母さんも会釈を返す。


「実は、長谷君の筆箱が無くなった話があった翌日に、鈴木君と塚田君のお母様からご相談を受けました。クラスで発生していたいじめ被害についてです」

 

 

 僕は驚いて塚田君達を見た。


 二人とも幼稚園時代からサッカーが得意で、格好良くて女子達にモテモテだと言われていた。その意味がいまいち僕はよくわからないけど、先生も友達もお母さん達も「みんなに好かれる子達」と言う事はわかった。

 誰からも好かれる二人が「いじめ」?られていた?なんで?どうして?

 僕はよくわからなかった。


「そして、長谷君の筆箱ですが、O電鉄の遺失物課より連絡があり、K駅で遺棄…捨てられているのが見つかりました。 K駅のゴミ箱に一部が見つかり。一部が線路上で捨てられているのを見つけられたからです」


 僕はぽかんとして、瞬間、慌てて言った。


「僕!K駅なんて行ったことはないです!僕じゃないです!僕!捨てていません!」


 お母さんがぎゅうっと手を握った。


「大丈夫。隆司が捨てたんじゃないのは先生も分かっているから、大丈夫。落ち着いて隆司」


 お母さんはそう言うけど、僕は泣きたい気分でみんなを見回した。本当に僕じゃないとみんなに分かってもらいたかった。この間みたいにウソつき呼ばわりされたらいやだ!!


 すると校長先生と教頭先生がにこりと優しい顔で笑うと、僕に頷いた。


「大丈夫。この間は体育の先生とかが長谷君の事を疑ったり、酷い言葉を言ったようだけど、今日は大丈夫だよ。校長先生も教頭先生もいるからね。君を疑ったりしないから」


「ほんと?!金子さんも?菊池君の事も?」

「二人とも疑わないよ」


 僕はやっと安心してお母さんに凭れかかた。ぽんぽんとお母さんの手が僕の体を優しく撫でてくれた。猫の尻尾もすりすりと僕の足を撫でてくれる。


 そこからの話は長かった。


 僕の筆箱を見つけてくれたのはこの4年生のお姉さんとお兄さんだった。沢田君みたいに隣の県からO電鉄で通う越境生徒っていうんだって。うちの学校は生徒の数がが減っているので、そうい他の地区から通う生徒を認めている地区なんだって。


 そのお兄さんお姉さん達の二人が下校の時、O電車に乗っていたら、前に座っていた1年生の男の子と女の子がいっぱい悪口を言いながら話していたので、嫌だなあと顔を上げたら、一年生の教科書と黒い筆箱に、油性マジックで悪口を言いながらその言葉を書いていていたんだって。


 どうして悪口を書いていた子達が1年生かとわかったかと言うと、僕達が住んでいる地区の学校では、2年生まで白い布製のつばのある帽子を被り、1年生はランドセル横に「1年生」と書かれた黄色タグをつける決まりがあるんだ。

 そのタグに、僕達の学校の校章がついていたから、お兄さん達は同じ学校の1年生だとわかったんだって。


 同じ学校の1年生だから注意しようと思ったら、K駅で降りて、ホームでいきなり教科書をビリビリに破いてゴミ箱に、筆箱も踏んだり叩きつけて壊して、一部をゴミ箱に、一部を線路に捨てたんだって。


 お兄さんとお姉さんはびっくりして、慌てて駅員さんに言って、その筆箱とか拾ってもらったらしい。

 教科書は1年生の詩の暗唱用の教科書と、漢字ドリルで、黒い筆箱には猫のシールが貼られていたらしい。


 僕はドキンとした。猫のシール。僕の筆箱だ。


 僕はショックで固まってしまった。

 なんでその子達は僕の筆箱をそんなことしたんだろう?なんでだろう?


 わからない。


 お兄さんお姉さんは後はO電鉄が後は何とかしてくれると思っていて、学校には言わなかったんだけど、1学年で筆箱が盗難にあって犯人捜しで大騒ぎになっていることを聞いて、それがあの筆箱かもしれないと思って、勇気を出して4年の担任の先生にそのことを話したんだって。


 お兄さんは携帯電話でごみ箱の中のばらばらの教科書の写真を撮っていて、それも見せたんだって。そこには名前が書かれていて…それが、塚田君と鈴木君の名前だったんだらしい。


 で、先生達が塚田君達に教科書を無くしていないか聞いたけど、二人は最初は黙っていた。けど、O電鉄に問い合わせたら、他にも筆箱と一緒に見つかった事実があった事を話したら、急に泣き出して、


「クラスメイトの男の子を怒らせて、その子に取り上げられた」

「それを誰かに言ったら、お父さんお母さんを殺すって言われたから怖くて言えなかった」

「だから教科書は無くしたと、先生とお母さん達に言った」

「お母さん達に怒られたけど、新しく買ってもらった」

「だけど、その子のいじめは止まらなくて」

「傘を壊されたり」

「ランドセルの底をマジックで真っ黒に塗られたり」

「トイレのドアの前に立ちはだかって開けさせないようにして、それで授業に遅れて先生に怒られたり」

「帰り道に待ち伏せされて、自動販売機のジュースを無理矢理買わされたり」


 と、泣きながら話出して、先生達はびっくりして色々調べたら本当だったことが分かったんだって。


 僕は驚いて思わず言っちゃった。

 だって似たようなことをされたことがあるから。


「それ、沢田君?僕も傘を壊されたり、先生にウソのことを言われたり、絵の具を全部出されてめちゃくちゃにされたり、水筒のお茶をおしっこだー!と言われて、捨てられたりしたよ?

 前に飼っていた猫のルルの写真を見て、こいつを今度殺してやるって言っていたけど、ルルはもう死んでいないよ?と言ったら、ぱーん!ってほっぺを叩かれたよ」


「隆司!?」

「隆司君!?」


 校長先生と教頭先生と学年主任と副主任とお母さんがびっくりした顔で叫んだんで、僕も驚いた。


「何故それを言わなかったの!?」

「いつからされていたんだい!?」

「いつからなの!」


 先生と大人達が真っ青になって矢継ぎ早に言うので、僕はぽかんとした。


「え?筆箱が無くなってからだよ?沢田君がしょっちゅう僕の所に来て、蹴ったり叩いたりしてたんだ。

 僕が筆箱を無くしたのが悪いのに、先生を困らせて悪い奴だって。痛いからやめてと言ってもやめてくれないし、先生にいいつけたら、お父さんやお母さんを殺すっていっていたんだ。

 僕もルルも殺すって。

 だから怖くて言えなかったんだよ?」


 お母さんと先生達の間から、悲鳴のような声が上がった。


「あたしもされたよ~。喋り方がキモイって髪の毛を切られた。ノートにコンパスでぐりぐりされた。でも喋ったらあ~殺すって。

 てか~、みんなあ、されているとお、おもうよお?

 菊池君も眼鏡を壊されたよねえ~?でも先生に言ったら殺すって言われたよね。菊池君の家の犬も殺すって、カッターでおどしていたよねええ?」


 金子さんの間延びした声が室内に響き、もうその後はみんなで叫び出してとんでもない事になった。鈴木君と塚田君も大きな声で泣きだし、4年生のお兄さんお姉さんも真っ青になり、お母さんお父さんに抱き着いた。

 僕のお母さんは僕を抱きしめていたけど、他のお母さん達は物凄い勢いで怒鳴って怒って、先生達が謝り続けて。

 

 鈴木君達が泣きながら、サッカークラブでも凄い事をされたと、言い出して、顧問であるあの体育の佐伯先生が呼び出されて、鈴木君達のお母さん達が怒鳴りだし、菊池君のお母さんがつきこ先生に怒鳴りだし…。


 結局その日は一旦みんな帰ることになったんだ。


 でも最後に僕は勇気を出して聞いたんだ。


「校長先生、僕の筆箱はO電鉄に行けばあるんですか?とっておいてくれているんですか?」


 先生は汗をいっぱいかいてハンカチで拭きながら困ったように言ったんだ。


「長谷君の筆箱はO電鉄の遺失物管理期間が過ぎたので…今は、警視庁の遺失物課で管理しているんだ。

 だから…先生達では取りに行けないから、長谷君のお父さんかお母さんに取りにってもらわないといけないんだ。それに…筆箱はもう使える状態ではないらしい」

「え?どういうことですか?」

「筆箱はね…ばらばらに」

「校長先生!!やめてください!!」


 お母さんは見た事もない顔で怒り出し、

「もうそれ以上話さなくていいです!」

 と、叫んで、他のお母さん達と同じように僕を校長室から連れだした。


 廊下にはびっくりするくらい沢山の先生と色んな学年の子達がいて、僕達が出てくると、子供達はきゃー!と叫んで逃げて行った。数人の先生達が真っ青になって、僕達の頭をぽんぽん撫でながら「大丈夫、大丈夫」と言ってくれた。


 わーわー騒ぎ大人達の間を、僕達はお母さんに抱きしめられて学校を脱出した。


 家に帰ると、まだ夜じゃないのにお父さんが帰ってきて、怖い顔でお母さんと話して、そのあと、なんでもなかったかのようにお夕飯に僕の好きなホワイトシチューとカニコロッケを食べて、お父さんとお風呂に入って、ゲームしたり色んな事をしたあと一緒に僕のベットで寝た。お父さんは僕が寝たのを確認して部屋を出た。


 でも、僕は寝れなかった。


 暗い部屋の中、頭の中で花火が沢山バンバンなっているようで、沢山のお祭り騒ぎが頭の中で鳴り響いていて…眠れなかった。


 何が何だかわからない。

 僕の筆箱…滅茶苦茶にされた筆箱?どうして?なんで?誰がしたの?

 沢田君?沢田君がしたの?

 

 もう一人の女の子って誰?

 

 どうして沢田君はみんなをいじめたの?

 

 いじめだよね?

 嫌な事をするのはいじめだって先生言っていたもの。

 でもこの間は先生は沢田君のしたことはいじめではないと言っていたよね?

 

 なんで?

 

 なんで?仲のいいサッカークラブの子達もいじめたの?

 なんで?クラスの中のいい子達も?


 なんで?

 なんで?なんで?なんで?


 それに…どうしてつきこ先生と佐伯先生は…僕を睨んでいたの?

 怖い顔で僕を睨んでいた。


 どうして?どうして?


 どうして…学校はこんなに怖いの?

 

「にゃーん」


 窓の方を見ると学校にいたあの白い猫がいた。


 なんでこんなところにいるのかなあ?学校からきたのかなあ?と思いながら、窓を開けると、猫はするりと入ってきて、僕の布団の中に入り込んで丸くなった。


 抱きしめると猫はぐるぐる鳴いて、そしてざらりと頬を舐めてくれた。頭の中でバンバン鳴っていた花火は次第に収まり、僕はぐるぐる鳴る音に、すーーっと夢の中に落ちて行った。

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