第3話 誰が悪くて誰が正しいのかわからない
「筆箱?」
そう怪訝な声で言う菊池君と目があった。金子さんもぽかんとしている。そして直ぐに頭を上下げて元気よく言う。
「先生!おはようございます!」
慌てて菊池君も頭を下げて言う。
「おはようございます!」
菊池君が勢いよく前かがみになったので、ランドセルの中身がバラバラと床に落ちた。菊池君はいつもランドセルの閉め方が甘いと、つきこ先生に怒られているんだ。
つきこ先生が、顔を真っ赤にして怒鳴りだした。
「菊池君!!あなたって子は!早く拾いなさい!!」
菊池君と金子さんが慌てて拾う。僕も椅子から降りて一緒に拾い、筆箱を「はい」と渡した。いきなり、その筆箱を、体育の先生に取り上げられた。
「ほら!!やっぱり菊池が盗んでいたんだ!!」
僕達は仰天して慌てて立ち上がり、先生に手を伸ばした。
「先生!違います!!その筆箱は僕のじゃない!!菊池君のだよ!」
「そうです!それは僕の筆箱です!返してください!!」
だけど体育の先生は無視して、乱暴に筆箱を開けて中身を確認する。少し「びりっ」という音がした気がした。でも体育の先生は乱暴に中身を確認して、ばらばらと机の上に鉛筆とかを落とす。鉛筆の芯がキャップが外れて、ポキポキと折れていく。
「あああ!一生懸命、鉛筆を削ったのに!!」
怒る菊池君を体育の先生がギロリと睨んで黙らせる。
怖い。
今日の先生達はみんな怖い…大人達はみんな…怖い。
お家に帰りたい。
お母さん…。
ぎゅっと手を握りしめて下を向くと、足元に白い猫が寄り添っている。なんでこんなところに猫がいるのか、一瞬不思議だったけど黙っていた。言ったらこの怖い大人達が猫を酷い目に遭わせそうな気がしたからだ。
―いじめはね、長谷君が嫌がる事をすることだよ‥‥
これ、いじめじゃないのかなあ?
そう考えていると、体育の先生が菊池君に筆箱を乱暴にテーブルの上にたたきつけるように置いた。
「これは長谷のじゃない!違うじゃないか!菊池!長谷の筆箱をどうした!?」
菊池君は真っ青になった。
「知りません!」
「先生!違います!菊池君じゃないです!!」
僕達は二人で叫んで、顔を見合わせ、また同じように一緒に叫んだ。
「「違います!!」」
「じゃあ、つきこ先生が言っていたように、長谷がウソをついているのか!?あ!?筆箱を盗られたなんて!嘘をついたのかっ!?」
そう言うと体育の先生はいきなり僕のランドセルを勝手にそれも乱暴に開いて、そして勝ち誇ったように筆箱を掲げた。
「あるじゃないか!!やっぱりウソをついていたんだな!!1年生なのにとんでもない悪い子だ!!こんな性悪な奴は初めてですよ!!」
もう何が何だか分からなくなってきた。
僕がここに呼ばれた理由。
菊池君と金子さんが呼ばれた理由。
先生達がここにいる理由。
体育の先生が僕達を嘘つきにする理由。
つき子先生がうそを言う理由。
先生達は僕を「いじめる」為に、僕をここに呼んだの?
先生達はどうして僕達を「悪者」にするの?
僕達は何もしていないのに。
どうしてこんなことになったの?
僕が・・・筆箱をなくしたのが・・・
そんなに悪いことなの?
こんなに大勢の大人に怒鳴られなければならないことなの?
「せんせーい、それ、長谷君のお~筆箱じゃないですうー」
呑気な声で金子さんが、真っすぐに教頭先生を見て言う。
「長谷君のお、筆箱にはあ、猫のシールが貼ってあるんだよお。菊池君のはあ、パトカーのシール。あたしがあげたの。
みんな同じ場所に貼ったの。剥がれにくい場所~。
でも学校にはあ、お勉強に関係ないのはあ、もってきちゃいけないって~、つきこ先生に怒られたけど、1回だけOKって許してくれたんだよ~。2回目はだめだよって~」
そう言い、金子さんは自分の筆箱をランドセルからゆっくりと出すと、中を指さした。金子さんの筆箱にはキャラクターのシール。菊池君の筆箱にはパトカーのシール。でも僕の筆箱には何も貼られていない。
で、思い出した。
そうだ。
僕達は入学の後に直ぐに仲良くなってシール交換したんだ。そしたらつきこ先生に、お勉強に関係ない物を持って来てはダメだと怒って…。でもシールはもうはがせないから、仕方ないわねとつきこ先生は笑って、それはOKだともう二度としてはいけませんよと言われたんだ。
金子さん凄いなあ。ちゃんと色んなことを覚えているんだね。
僕達は「そうだったねえ」と笑ったけど、つきこ先生と体育の先生は笑わなかった。教頭先生が少し眉毛の間に皺を寄せてつきこ先生を見た。
「確かに私もその話を聞きました。朝の職員会議で。他の先生方に注意は既にしたので、もしも見つけても叱らないでくださいと、つきこ先生?仰ってましたね?」
一瞬でつきこ先生がはっ!としたように息を飲んで、さっと顔が青くなった。
教頭先生が僕の新しい筆箱と、菊池君と金子さんの筆箱を丁寧に優しく開いて中を確認すると、何も貼られていない僕の筆箱を指さした。
「この筆箱はどうしたんだね?長谷君」
優しく屈みこむようにして、教頭先生は僕の目を見て言う。僕はごくりと唾を呑み込んだ。
「これは…この筆箱は…僕の家にあった予備の筆箱です。昨日、お母さんと一緒に学校まで探しに来て、つきこ先生も一緒に探してくれたけどなかったので、お母さんが出してくれました。お母さんは…」
僕はちらりとつきこ先生をみた。本当は言うなという言葉がつきこ先生の体からにじみ出ているけど…でも…本当の事だから僕は教頭先生の目を真っすぐに見て言った。お母さんもお父さんもおじいちゃんも、人と話す時はちゃんと目を見て話しなさいと言うから。
「お母さんも昨日、つきこ先生にお話ししていました」
はあ…と教頭先生はため息をつき、丁寧に筆箱を閉じて、僕達に渡してくれた。
「疑ってしまい、ごめんね。さあ、ランドセルにしまいなさい。
それに、菊池君ごめんね。これは君の筆箱だ。ちゃんと返すね。ああ…少し破れてしまったみたいだ」
教頭先生は筆箱の少し破けている箇所を見て、ちらりと体育の先生を見た。
「佐伯先生…少しは加減をしませんと。それに決めつけはいけませんよ」
え?と、僕は思う。さっきまで先生全員が、菊池君と金子さんを犯人だと言っていたよね?どこで話が変わったのか、僕にはさっぱりわからなかった。
「長谷君の言う通り、この筆箱は、昨日、お母様が新しく購入すると言っていた物ではありませんか?確か、昨日、つきこ先生はそう報告なさってくださいましたよね?」
はっ!としたようにつきこ先生は顔を上げ、体育の先生は不満そうに僕を睨んで僕の頭の上から怒鳴った。
「長谷!だったらなんでちゃんと言わないんだ!!男のくせにぐずぐずしているとは卑怯だぞ!つきこ先生を困らせてどうする!!」
え?僕が悪いの?
愕然とする僕の頭をぽんぽんと叩いて、教頭先生は他の先生達を見まわす。
「長谷君の筆箱の件は、内密に探すことにしましょう。2学年の件もありますから、焼却炉とか周辺公園のゴミ箱…それに鉄道会社にも聞いてみましょう」
2年生の件?
僕達は顔を見合わせたけど、先生達は話す気はないようだ。金子さんが、ぎゅっ!と、僕と菊池君の手を握ってきたので、僕も握り返した。
他の先生は頷いたけど、つきこ先生と体育の先生は怖い顔のままだった。
僕の筆箱はみつからなかったし、何故、金子さんと菊池君が犯人と決めつけらたのか、僕まで嘘つきと言われたのか…本当によくわからなかった。
僕達はつき子先生と一緒に朝のホームルームまでにクラスに戻れたけど、その日1日、僕達3人はクラスの中でなんだか浮いた感じがしていて居心地が悪かった。
あの沢田君と同じサッカークラブの子達だけが、心配したような顔でそばにきながら、僕達の脇や足を小突いてきて訳が分からなかった。
痛いからやめてと言っても聞いてくれない。
つきこ先生、こういうのをいじめと言うんですか?
そう聞きたかったけど、つきこ先生はもう沢田君達とにこにこ話をしていて、僕達の事など知らんぷりだった。
ただ帰りがけに手紙を渡され、「お母さんにちゃんと渡しなさい」と怖い声で言われた。
お母さんは手紙を読みながら困った顔をしていた。そして大丈夫だよと、僕の頭を撫でてくれた。
「もうすぐゴールデンウイークだからね。おじいちゃんのお家に遊びに行こうね。1週間も学校から離れれば…きっと…みんな筆箱の事は忘れるよ」
最後の言葉は小さくてよく聞こえなかった。
でも、僕が筆箱をなくしたことで、なんだかとても大変なことになっている事には感じていた。それがどう大変なのかは…怖くて怖くて聞けなかった。
筆箱は新しいのをおじさんが同じのを買い直してくれて、金子さんが新しい猫のシールをくれて元通りになった。
金子さんはにやっと笑って「予防にね」と言いながら、油性マジックで「2」と書いて、貼った日付を書いてくれた。その時は意味が分からなかったけど、後日、それが分かる日が来ることになる。
心の中にも頭の中にも何か重い重い石がゴンゴン詰まって息苦しかった。いろんなことを考えて苦しかった。
考えても考えてもわからないし、誰にも聞けなかったから…だから、僕はゴールデンウイークの間は、おじいちゃんの家で沢山遊んで、美味しい物を食べて、寝て、素敵な楽しい事を沢山して…筆箱の事は忘れることにした。
でも、ゴールデンウイークが終わったら、筆箱騒動はもっと大変な事になっていた。
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