第30話
「ねえ、五つ窪みは暖かいねー」
「朝になって、お日様が出たらもっと暖かくなるよ。それに、お日様うんと明るいんだ。あの人と同じくらい」
「あの人と同じくらい? 凄~い、楽しみ」
それに、朝になれば仲間が助けに来てくれるしね……心の中で五つ窪みはそう思いました。
6. 夜が明けて
長かった夜もついに終わり、やがて闇が割れて、東の空に明かりが差しました。
朝が来たのです。
「わああ、明るい、綺麗、まぶしい」
産まれたての子は喜んで、五つ窪みの中で跳ねています。
逆に、五つ窪みは凍り付いていました。自分の体が、松に繋げた蔓二本だけで東の縁にぶら下がっていたからです。オマケに、その松が今にも折れそうに撓んでいるのです。
「お願い、動かないでジッとして、下を見ないで」
五つ窪みの声に、ヒョイと下を向いてしまった子供は、悲鳴をあげて体を引っ込め、固まってしまいました。
「夜で真っ暗で、何も見えなくて本当によかった。そうでなきゃ僕、とても君を助けに来る勇気なかったよ」
時には、暗闇が人を助けることもあるのです。二人は黙って助けを待つことにしました。
それから、どのぐらい待ったでしょう。やっと北山から木を切りに、みんながやって来たのです。
「オーイ、みんなぁ助けてー」
情けない五つ窪みの声に気づいたみんなが、総出で引っ張って、やっと五つ窪みを引っ張り上げました。
「いったい何をやったんだ! あんな所に落ちるなんて。昨日は帰ってこないし、心配したんだぞ」
久しぶりに鋼の雷が落ちました。
「ごめんなさい。産まれたての子供がいて、落ちそうになったから助けたの。今僕の中にいるんです。蔓の先です」
言葉とおり、五つ窪みの体からは蔓が一本垂れています。
騒めきが起こりました。久し振りの産まれたてなのです。
「もう大丈夫だよ、出てきていいよ」
五つ窪みが声をかけましたが、子供は怯えきって出て来ません。
無理に出そうとすると、悲鳴と共に中から黒い霞があふれ、五つ窪みの外へと流れ出しました。それは昔見た、あの時の籠目とそっくりでした。
間違いない、この子は籠目さんのいきなおしだ――五つ窪みは確信したのです。
「怖いよぉ、この人怒鳴るよぉ。うわーん」
生き直しても、鋼とは相性が悪いようです。
「困ったな……」
このまま一生入れて置くわけにも行きません。
「そうだ、十六夜さんに会わせてあげる。怖くないし、綺麗で優しいよ」
「綺麗なの?」
泣き声が、ピタリと止まりました。
「うん、だから会いに行こうね。鋼さんいいでしょう?」
「仕方ないな」
顔も見ないうちから嫌われて、ちょっとへこんだ鋼がしぶしぶ頷きました。せ
ぞろぞろとみんなで北山に帰ります。道中、五つ窪みをみんなで質問責め。みんな新しい産まれたてに興味津々、早く姿を見たくてしょうがないのでした。
7. 名前は雪ちゃん
「なんじゃ、みんな揃って戻ってきて?」
十六夜についていた萩さんが、驚いて迎えます。
「萩さん、新しい産まれたてを見つけたんです。十六夜さんに合わせたいんですけど」
五つ窪みの言葉に、慌てて萩さんは奥に案内します。
「ほら、この人が十六夜さんだよ、きれいでしょ。だから出てきて」
五つ窪みは体を屈めて言いました。
「わあっ、本当だあ」
五つ窪みの言葉に、産まれたての子供が飛び出してきました。
北山の洞窟の薄明かりの中、その場の全員が息を呑みました。
産まれたてのその子は、体の横にあの名前の壁で見た、雪の結晶の模様が刻まれた、全身が透きとおった硝子でできたカップだったのです。
「うわあ、綺麗!」
思わず叫んだ五つ窪みの声に、その子はくるりと振り向いて五つ窪みを見ました。
そして、「夜みたいに真っ黒」と言ったのです。
ハッとして今度は五つ窪みが固まりました。自分の真っ黒な姿を今まで忘れていたのです。
――僕は綺麗じゃない、鋼さんみたいに嫌われる!
「だから暗くても平気だったんだ。ありがとう、助けてくれて」
産まれたてはそう言って、取っ手を下げて笑いました。
「これは籠目じゃ。そうじゃろ、十六夜」
「ええ、そうよ」
萩さんの言葉に、十六夜は泣きながら答えました。
「きれいな踊り子さん、なんで泣くの?」
生まれたての子供は驚いて、十六夜の周りを回っています。
子供を脅かさないため、外にいた鋼がそっと覗いているのに気付くと、子供は慌てて五つ窪みの陰に隠れてしまいました。
「薄い透明な体。その上、体に刻まれた雪の結晶。『冬は益々長くなり、器は益々薄くなる。やがて全ての踊り子たちの死ぬ日が来るだろう』歌のとおりだ。なんて不吉な……」
「やめて! この子はまだ産まれたばかりよ、何もしてないわ」
鋼の言葉に、十六夜が叫びました。
「不吉な子?」
鋼の言葉に、産まれたての子供は震えています。
「そんな事ないよ、雪ちゃん綺麗だよ。きっと素敵な踊り子さんになれるよ」
五つ窪みが取りなすと、子供の震えはおさまりました。
「私の名前、雪ちゃんなんだ」
「あ、しまった!」
五つ窪みは慌てました、勝手に名前をつけてしまったからです。
まだ冬を起こしていない五つ窪みには、名付け親になる資格はなかったのです。
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