第26話 

4. アンタ狡いのよ!


「触るな! クロンボのくせに」

 籠目の周りを渦巻く黒い霞に弾かれて、五つ窪みは近づけません。


「なんでアンタがここにいるのよ。私の不幸は全部アンタのせいよ」

 五つ窪みは何が何だか分からず、立ち往生しています。


「なんでこんなクロンボに私が負けるのよ。あんた狡いのよ! 私の欲しいものみんな持ってて、私の欲しかったものみんな持ってっちゃって」


「なんのことだか分かんないです」

 五つ窪みは何とか分かろうと真剣でした。


「人より十倍も頑丈な体、薪割りや乗り回しで踊り子達の気を引いて、いい気になっている。狡いのよ」


「はい、そうです。僕はでかくて丈夫で人の十倍働けます、力持ちです。だから踊り子姉さんに好かれて、乗り回されて酷い目に遭います。確かに狡いと思います」


「産まれたては、失敗しても泣けば許してもらえる。狡いわよ」


「産まれたてなので、二日で五回大失敗しました。でも、泣けば許してもらえます。でも弁償はします。僕はすごい泣き虫です、涙で池が作れます、みんな滑って転んで大変です。だから狡いです」


「優しくて強い名づけ親が二人もいるなんて、狡いわ。私にはいないのよ」


「そうです、鋼さんも白様もすごく強くて優しいです、二人が名付け親で、僕凄く嬉しいです。荻さんも、十六夜さんも大好きです。だから狡いです」


「そのうえ、踊り子の舞台に立つですって?ふざけないでよ、私の方がずっと綺麗で踊りも上手いのよ、踊り子なめないでよ」


「えーと、なめたことってないので分かりません。でも籠目さんが踊り子姉さんの中で一番綺麗です。踊りも一番です。だから凄く凄く狡いです」


「あー……それって何なの。悪口のつもり?」


「ごめんなさい。僕生まれて七日だから、悪口って言ったことなくてよく分かんないです」


「あほくさ。こんな子供に腹立てたって、無駄もいいとこ。気が抜けちゃったわよ」

 いつの間にか、籠目を取り巻いていた黒い霞が消えていました。五つ窪みはそっと近づきました。


「やっぱり、割れたの高台だけだ。繋げたらまた歩けるよ」


「歩けたって、踊れない。傷物の踊り子なんて暖房部屋に入る薪を稼げないから、冬になったら死ぬしかないのよ」


「だったら、冬は僕の中に入れてあげる。鋼さんにできるなら僕にもできるよ、僕の金も継ぐのに使っていいから、だから鋼さんに金継してもらって。死ぬなんて言わないでよ。お願い、僕の中に入って。北山まで運ぶから」


「絶対嫌! 踊り子にそんなハシタナイ事させる気?」

「じゃあ僕、白様と鋼さん呼んでくる。すぐだから待ってて」


「好きにすれば? もう動こうにも、疲れて動けなくなっちゃったわよ」


 五つ窪みは飛ぶように駆けていきました。


「産まれたてって、本当に馬鹿ね。言ったこと、みんな信じちゃうんだから。」

『バカジャナイ イツツクボミハ イイコ。 ワルイコハ カゴメ』


「そうよ、悪い子は一人ぼっち。だから死ぬ時も一人でいいのよ」




 5. 籠目の最期


 五つ窪みが、北山の洞窟に飛び込むと、なぜか門番さんがいます。


「白様、鋼さん、萩さん、大変なの。籠目さん怪我してる。高台が欠けてるの、東の果てにいるの、もう動けないの。早く助けて!」


「なんじゃと?今、門番さんが籠目がいなくなって、十六夜に会いにこっちに来とらんかと言ってきたとこじゃ。門番さんとは、途中で行き会わんかったのか?」


「籠目さん、お城の池から湖を泳いで来たみたい。あそこ繋がってるから、泳ぐなら近道で、歩くより早いと思う」


「鋼、お願い。籠目を助けて」

 十六夜が悲痛な声で言いました。


「門番さん、十六夜を見てて。五つ窪み、私を乗せて。萩さんは鋼に入って。急ぐわよ」

 白様の号令で、一斉に飛び出ました。

「ひゃあああ!助けてくれー」

 スピードに慣れていない萩さんだけは、悲鳴をあげています。


「籠目さん。良かった、あそこにいるよ」

 世界の縁の端っこに籠目が立っていました。


「待て、変だ。あの子は立ってる、高台が付いているぞ?」

 鋼が警告します。


「本当だ。籠目さん、もう大丈夫なの?」

 五つ窪みが駆け寄ります。でも様子が変でした、半分透き通って向こう側が見えます。


「五つ窪み、それは影よ、籠目じゃない」

 白様が叫びます。


 五つ窪みは籠目そっくりの白い影を見ました。優しい哀しい姿でした。

『ゴメンナサイ。ワルイノハ カゴメ。コンド アエタラ トモダチニ ナッテネ』


「うん、いいよ。約束する」

 五つ窪みは答えました。


 その時、世界の淵の底からパキンと割れる音がして、群青色の魂が天に向かって昇っていきました。籠目でした。同時に白い影も消えたのです。



 それは、五つ窪みの産まれて七日目の夜のことでした。

 太陽は西に沈み、空には半分だけの月がかかっています。もう半分は湖に落ちて、ゆらゆら揺れていたのです。




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