第25話 

「その通りです。あなたは今月は休んでもらうわ。無理をして、二度と踊れなくなるよりはマシです。演目が苦しいけど、歌を増やして、北山の踊れる人を募って、何とかしましょう。出場料を払ってもらうようにすれば、薪も稼げる。五つ窪みも使おうかと考えてるの。あの浮きの力は使えるわ」


 オオジロの言葉に「わー、また五つ窪みちゃんに乗れる」カルテットは大喜び。

「それは無し!」すかさずオオジロの声が飛びます。


「踊りが……踊り子城の神聖な舞台が、ただの素人芸じゃないですか」

 籠目の声は、今にも壊れそうに震えています。


「あなたにとってはそうでしょうね。でも籠目、この満月の舞台の目的は、あなた達が冬を越すための薪を得ることなの。冬を越せなくては、踊り子としてのプライドの前に命がないのよ。舞台の事は私達に任せて、あなたはもう部屋に戻って休みなさい」


 籠目は黙ってオオジロの部屋を出て行きました。高台を引きずりながら歩く籠目に、そっくりな白い影が並びます。


「鋼が私の代わり……五つ窪みが期待の星。私はお払い箱なのね」


『カゴメ ハ イラナイ、 サイコウノオドリ ナンテ ナクテモイイ。オドリコ ナンテ ミンナノ オナサケ ノ マキデ イカサレテル ヤッカイモノ。 シッテタ クセニ シッテタ クセニ……』


「何よ、薪、薪って。それが世界で一番大事なのね。私なんて誰も大事にしてくれない!」


 いつの間にか池のほとりに出ていました。

 桜はもう散ってしまって葉桜になっています。

 花の咲いてるい間はみんなが見に来る木でした。

 でも花が終われば誰にも見向きもされないのです。


 切り株の横に、今日切る予定の丸太が置いてありました。


「私だって、薪ぐらい割れるわ」

 籠目は、憎しみを斧に込めて振り下ろしました。




 3. 籠目と五つ窪み


 もうすぐ西に太陽が沈む頃、五つ窪みは東の果てで、せっせと木の苗に水をやっていました。煉瓦の弁償が済んだので、明日から植林の仕事に専念できます。


 萩さんに、植える木の種類や日当たりの加減も教わって、東の草地は一面、新しい木の新芽で一杯になりました。明日は萩さんと初めて漆取りに行く約束をしました。

 五つ窪みの金継以来、十六夜も元気です。

 その上、一緒に満月祭に出ないかと白様に誘われて、五つ窪みはウキウキしていました。

 初めは失敗ばっかりだったのに、この頃いいことばかりです。


 まだお日様は沈んでいませんが、もうお月様が空の真ん中に出ていました。すっかり痩せて半分になったお月様は、硯さんの窪みの形です。



「黒は良い色だよね。硯さんだって真っ黒だけど、オオジロさんは硯さんが大好きなんだもの。白様も、黒様が大好きだし。僕のこと好きになってくれる、パートナーだっているかもしれないよ。白くて綺麗な人だったらいいな」


 白くて綺麗な人――何故か籠目を思い出しました。五つ窪みの知っているカップの中で、一番綺麗な白いカップだったからです。


「でも駄目だよ。僕のことを凄く嫌っているし、意地悪だし」


 何故籠目があんなに鋼を嫌うのかは、白様が話してくれました。鋼は悪くありませんでした。十六夜もです。どう考えても逆恨みでした。


 それでも五つ窪みは、なんだか籠目が可哀想になりました。

 世界で一番大好きな人と、産まれて一月足らずで、北と南に引き裂かれて、二度と会えなくなったのです。

 十六夜が怪我でもう踊り子を続けられなくなったのですから、お城を出るしかなかったのです。籠目はあまりにも華奢で、北山に一緒に行くのは無理でした。


 みんな十六夜はとてもその年の冬は越せないと思っていました。

 だからせめて好きな人のそばで死なせてやろうと鋼に預けたのです。

 そんな十六夜を鋼は前と同じに体に入れて、一冬守り通し、今年の夏を迎えたのです。


「鋼の執念だわ、奇跡としか思えない。鋼が十六夜を守っていた頃、籠目はペチカの燃える暖房部屋で蹲って、一言も喋らなかったそうよ。その頃から影が時々出てたって」


 五つ窪みには、影というのがどんなものかよく解りません。お話で聞いた紅さんの影は、怖いと言うより、哀しい感じでした。

 生きているうちに心が二つになると言うのはどういうことなのか、産まれて七日の五つ窪みには想像もつかないのでした。



 湖で誰かが泳いでいます。もう夕方で、まだ水だって冷たいのに。やがて東側の岸に着くと、こっちに向かって登ってきます。動きがひどく不自然です。

 高台に怪我をしているようです。体の窪みの中から黒い霞のようなものが漏れていました。草に滑って横倒しになったときに、側面に見えた黒い六芒星! 籠目でした。


「籠目さん、どうしたの!」

 五つ窪みは、慌てて駆け寄りました。







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