第11話
「去年の冬、僕は豆蔵さんと言う人と、パートナーになった」
豆蔵さんというのは、この世界で一番小さくて長生きのカップで、中程さんと同じに、生まれる前のことを調べていたの。
「そして南に向かおうとした時、とても大きな産まれたてのカップが泣いているのに出会った。胴体の真ん中に、銀のお月様みたいな丸い模様が付いていた。
それで豆蔵さんの上に僕が、その上に大きなカップが被さって、三人で冬を迎えた。
『我々はどこから来たのか、我々は何者か。我々は何処へ行くのか』
この言葉を覚えていたのは、その大きな産まれたてのカップだったんだ。
豆蔵さんは、この世界の名前は“テーブル”と言うのだと教えてくれた。
そしてあの人が僕たちを作ってくれたのであり、その名前を呼べばどんな願いも叶うのだと教えてくれた。そしてその名前を覚えていないかと、僕と大きなカップに聞いた。
それで僕たちは、思い出せるだけの記憶を絞って、あの人の名前を探したんだけど、見つけられなかった。
そのうちに、大きなカップが、“生き直し”について話し出した。やり直したい、大きな後悔のある心は、もう一度だけ生まれ変わって人生をやり直せるのだそうだ。
その大きなカップはなにか失敗をして、その償いをするために生き直しをあの人にお願いして、叶ったから今ここにいるのだと言った。だからあまり長くは生きられないのだと。その言葉通り夏になるとすぐ死んでしまったけどね」
「生き直し? じゃあ中程さん、また紅さんと会えるかもしれないね」
黒ちゃんが言ったけど、中程さんはダメだと言った。
「無理だと思う。紅の魂は金色だった、あれは自分の人生に満足して行った印だから。僕も死ぬ時、あんな色で死にたいな」
もしあの時、大きなカップがその後どうなったかを聞いていたら、中程さんは本当のことを教えてくれたかしら……。
5. 冬の終わり~中程さんの最期
五番目の満月が来ると、もう話どころではなくなった。冬は世界中を凍りつかせ、私たちは命が危なくなっていた。
「中程さん、寒いよ」
私はカチカチ震えが止まらなくなっていた。
「大丈夫、五番目の満月は過ぎた。もう少しで夏が来る。夜はいつも必ず開けて、朝になったろう? 冬も必ず終わるんだから」
「白ちゃん、へたるなよ。俺が動くから、そうしたら暖かくなるぞ」
黒ちゃんは狭い中程さんの中で、半回転を繰り返して動いてくれた。そうやって、私たちは五番目の月を何とかやりすごした。
ある日、雪に完全に埋もれて真っ暗だった中程さんの上の方が、半分ぐらいお日様の光が透けて暖かくなったのが分かった。
私たちはもう震えていなかった。六番目の月が来ていた。
「一番の寒さはしのいだ。もう少しで次の夏が来るよ。そうしたら外に出られる」
中程さんの言ったように、ほんの数日で冷たい雪の影がどんどん下がって行った。
そうして、あと少しで雪の影がなくなるある日、暑い位のお日様の光が、中程さんの体を通して入ってきた。冬が終わって夏が来たのよ。
「外に出られるよ。君たちは冬を乗り越えた、もう大人だ。おめでとう! そして僕とは今日でお別れだ」
中程さんの言葉に、私と黒ちゃんは驚いた。
「なんでだよ。やっと冬が終わったのに、また前の夏みたいにみんなで暮らそうよ」
黒ちゃんは困惑していた。
「ごめんよ、寒いとカップは破れて死んでしまうといったね。でももう一つ、今みたいに急に暑くなりすぎても、やっぱりカップは割れてしまうんだ。そして冬を過ごしたパートナーの大きなカップ達は、夏が来たら割れて死ぬと決まってるんだよ。
冬を越して生きられるのは小さなカップだけなんだ。僕ももうじき割れてしまう。だからお願いだ、あの人の名前を探しておくれ。それが生き残った者の使命なんだ。
君たちはとても仲良しだ、心を一つにきっとできる。そして『大きくても、小さくても、みんな冬を越せるようにしてくれ』と願っておくれ。ああ、これで僕はできるだけのことをやり遂げた」
ビシッと嫌な音がして、中程さんの真ん中に亀裂が入り、割れ目はゆっくりと左右に広がり夏の青空が見えた。
そして中程さんの魂は金色に輝いて天へ飛んでいき、さっきまで中程さんだった体は粉々に砕けて、私と黒ちゃんの周りに丸い砂の輪を作って姿を消した。
あの砂、世界を覆っていたあの砂は、みんなそうやって死んでいった、沢山のカップ達の体でできていたのよ。
私と黒ちゃんは驚きすぎて動けなかった。気がつくと、白い雪原にポツポツと丸く開いた穴の中で、生まれた時と同じように、沢山の小さなカップが泣いていた。
大好きな人との別れが悲しくて、託された使命が重すぎて、生き残ってしまったのが苦しくて。なぜあの人の代わりに自分が死ななかったのかと泣き続けていたの。
その中で、泣いていないカップルがいた。豆蔵さんだった。
6. 豆蔵さんの最後
「中程も死んだか。今年は寒さが特にきつかったのに、今までよく持ったもんだ。ワシの弱虫のパートナーは、昨日死んだ。ワシは運が悪かった」
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