第8話
「さて、体が温まったところで次の仕事だよ」
鋼はなかなか人使いが荒いようです。
でも、褒められた嬉しさで五つ窪みは元気に「はい!」と言いました。
「湖に入って、水を汲むんだ」
「えっ! 汲むって、もしかして体の中に入れるんですか?」
「そうだよ。ほかに水を運ぶ方法がないんだ」
あの冷たい水を体に入れる。そんなことしたら死んじゃうかもって、さっき言ってたのに。
五つ窪みは怖くて固まってしまいました。
「大丈夫なんだよ。特に君みたいな黒いカップはね」
何だかよくわからないまま、五つ窪みは鋼について湖に着きました。すると鋼はザブザブと水の中に入っていくと、水を満タンにして上がってきました。
「鋼さん、平気なの?」
五つ窪みは、恐る恐る聞きました。
「平気だよ。仕事をして体を動かしたから、体が熱くなって汗もかいた。体が大きくて、体の色が黒いほど熱が上がるんだ。それを水が冷やしてくれてちょうどいい温度になる。それを木の苗に撒いてやる」
緑の草原に等間隔に植えられた木の小さな苗に、鋼はカップの縁を下げながら、少しずつ水を注いでいきます。
「こうして水をやって大事に育てると、冬をいくつか越す頃には、今日切ったような大きな立派な木になるんだ」
見ると、仕事を終えた他の人たちも同じようにしています。
「この草原は昔はすべて木で覆われていたのに、僕たちが薪を作るために切りすぎて、半分以下にまで減ってしまった。このままでは燃料がなくなって、みんな冬に凍えて死んでしまう。だから、黒様と僕で考えて木を増やす植林を始めたんだ。とても大事な仕事なんだよ」
とても大事な仕事。
五つ窪みは、思い切って水に飛び込みました。
鋼の言う通りでした。あんまり冷たく感じません。気持ちが良い位でした。五つ窪みは、鋼の真似をして一生懸命、木の苗に水やりをしました。
「生まれたての新入りすごいな、一人で、俺らの十倍は働くぞ」
みんなに褒められて、五つ窪みは幸せでした。
5. 金継ぎ
「おい、北山で狼煙が上がってるぞ」
その時、仲間の一人が叫びました
北山からいつも登っている真っ直ぐで白い煙が、時々切れて長いのや短いのが連なっていきます。
「十六夜が倒れた! 五つ窪み一緒に来てくれ」
鋼が駆け出しました。最速の鋼と同じくらいの速さで五つ窪みも後を追います。
“浮かせ”を完全にマスターしたからです。
「十六夜の傷の金箔が、剥がれたんじゃ、早く金継ぎをしてやってくれ」
北山では、萩さんが十六夜の開いた傷口を必死に押さえて命が漏れるのを食い止めていました。
「金は……無いんだ」
鋼が詰まったような声を出しました。
「バカな、十六夜が死んじまう。何とかならんのか」
萩さんが泣き声になります。
「無理だ、北山に金の飾りのあるカップは今いない。オオジロに分けてもらうにも、城を往復してたら間に合わない」
オオジロに分けてもらう?じゃぁオオジロさんの取っ手の金色の削れは、十六夜さんに金をあげたからだったんだ。金は他のカップにあげられるものなんだ。
だったら――
「あのね、僕のじゃダメ? 僕も金のところあるよ」
「ダメだ! 君は昨日産まれたばかりなんだぞ。名付け親として許可できない」
鋼はきっぱりと言いました。
「だってほんの少しでしょ、死んだりしないんでしょ。オオジロさん生きてたもの」
「少しだけど、それでも削るんだぞ。痛いんだ」
「痛いの? 門のところで転んだぐらいなの」
五つ窪みは聞きました。……あれは痛かったのです。
「さすがにあれほどじゃないよ、一瞬だし。本当に良いのか?」
「うん、十六夜さん助かるんでしょ? やって」
「わかった、ありがとう。五つ窪み」
「ありがとなぁ」
萩さんが泣きながら、何度も欠けた取っ手を下げました。
鋼が、五つ窪みの丸い窪みから金を削り、溶かします。十六夜の体の割れた隙間に漆が塗られ、その上から金が貼られました。命が流れるのは止まり、十六夜は助かったのです。
6. 五つ窪み再び大失敗
「凄い産まれたてだ。力だけじゃなくて勇気もあるんだな」
北山のみんなに褒められて、五つ窪みは天にも昇る心地でした。
だから今日はもう仕事はおしまいだと、鋼が言った時に
「まだ水をあげてない苗が残ってるからあげてきて良い?」と鋼に聞いたのです
終わったらすぐに帰ると約束をして、五つ窪みは東の山に戻りました。
水やりを済ませて帰ろうとした時、今日切ったモミの木の切り株をもう一度見たくなりました。
大きな切り株でした。カーン、と音を立てて幹に食い込んだときの感じが忘れられません。
まだお日様は真上から少し過ぎたところです。
「今日はもうお仕事なしか。つまんないの」
周りには、同じ長さに切り揃えた丸太が転がっています。
これだけあったら、壁の修繕に充分だと鋼が言っていたのを五つ窪みは思い出しました。
「そうだ、これお城に届けよう。半日あったら行って帰れるって、白様言ってたもの」
僕だってできるんだ。自信をつけた五つ窪みは、試しに丸太を一つ押してみました。
コロリと転がり動きます。少し坂になっていたので簡単でした。
今度は全部一度に動かしてみました。動かせました。
「僕って力持ちなんだ」
いい気分で五つ窪みは、丸太を全部転がしてお城に向かいます。
南のお城は、湖と同じくらいの低さにあるので、転がしていけば簡単だったのです。
ゴロゴロという音と「門番さーん」と言う大きな声に、壁にもたれて居眠りをしていた門番は、寝ぼけ眼で振り向きました。
「煉瓦の薪、持ってきたよー」
昨日の馬鹿でかい産まれたてのカップが、雪崩を打って大量の丸太と共に、坂を転がり落ちてきたのです。
「馬鹿! それは薪じゃない、丸太だ。止まれー!」
門番は、悲鳴をあげました。
「え?」
驚いて五つ窪みは固まってしまいました。
丸太はそのまま転がり続けます。どんどんスピードを上げて。
「誰か助けてくれー!」
門番の声に、我に帰った五つ窪みは慌てて丸太を止めようとしますが、もう止まりません。
必死で坂道を走って走ってつまずいて――丸太と一緒に門に激突したのでした。
「門が! 月ちゃんの煉瓦の門があぁー」
オオジロの悲鳴が、南の城中に再び響き渡ったのでした。
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