第4話 

「あの、何話してるんですか?」


 二人のひそひそ話が気になって、五つ窪みが近よってきたので、鋼は話をやめました。

「ああ、たいした話じゃないよ。白様の事。オオジロの名付け親も白様なんだ。元気がないから心配しててね」


「白様、お墓にいます。黒様の似姿と一緒に。寂しそうでした」


「そう、似姿と」

 五つ窪みの言葉に、オオジロは黙ってしまいました。


 あまり長い間オオジロが黙っていたので、五つ窪みは自分が何かとんでもない、悪いことを言ってしまったのかと思って

 思わず「ごめんなさい」と叫んでしまいました。


「え、何が? ああ……こちらこそ御免なさいね、考え事をしてただけ――それでは鋼。今から次の冬が明けて、産まれたてが成人するまでの間、あなたを五つ窪みの名付け親とします。良い子に育つよう励んでください」


 オオジロは、杖を鋼の取っ手に乗せて、そう言いました。

「はい、仰せのままに」

 これで手続きは終りました。




 7. 籠目カゴメとの出会い


 問題は、これからです。どうやって外に出たら良いのでしょう?


「門を通るのは止めた方がいいわね。そうだ、踊り場の入り口なら屋根がないから何とか通れるかも。ダメなら煉瓦を外しましょう。

 こっちよ……五つ窪みにはギリギリね。踊り子たちが練習をしているから、静かに歩いてね」


 オオジロに連れられてお城の中を進みます。丸くカーブした通路の向こうから、きれいな歌声と音楽の演奏、シャン、シャン、と鈴が鳴る音が聞こえます。


 不意に通路の先が開けて、大きなカップの中のような窪んだ丸い広場が現れました。

 縁のほうは階段になっていて、大きさの違うカップ達が、それぞれの声の高さで歌っています。金属の体を叩いて音を出すものもいます。


 その横で見たこともない綺麗なカップ達が、たくさん並んで座っていました。


 真ん中で1人のカップが、鈴を鳴らしながらくるくると回っています。取っ手に縛ったレースが、後を追って少し遅れて回るのがとても綺麗でした。


「オオジロ様、籠目かごめを叱ってください。さっきからずーっと一人で踊ってて、私たちが群舞の練習をできないんです」

 並んだ綺麗なカップたちが叫びました。


「またなの? 籠目、もうやめなさい」

 オオジロが声をかけましたが、籠目は聞こえないのか止めません。


「やめろと言っています」

 杖の先を地面に叩きつけ、オオジロは広場全体が揺れるほどの大声で叫びました。


 やっと気づいた籠目は踊るのを止め、オオジロにお辞儀をしました。

「籠目、いつも言っているでしょう! 踊り場は一人のものではありません。たとえあなたが、この国一番の踊り手だとしてもです」


 荒い息をして、金色の汗の雫を湛えながら、カゴメは黙って立っています。

 その体にちりばめられた、六角星の籠目模様は透けて中が見えています。籠目は体に空いた六角星の穴の上に、透明な釉薬がかかっただけの、今にも壊れそうな華奢なカップでした。


「でも、私もっと上手くなりたいんです。『もう一度逢いたい』が踊れるようになりたいんです」

 透けた星の穴から見える汗が、カッと真っ赤に変わりました。


「籠目、あれを踊るには形から入ってはダメだと言ったはずです。悲しみの紫の心でなくては『もう一度逢いたい』は踊れない。あなたの踊りは形だけ、中身は『嫉妬』ですよ」


 一瞬、カゴメの透けた星が真っ黒に変わりました。それは憎しみの色でした。

 透ける体を布で包むと、籠目はオオジロの横をすり抜け通路に駆け出して、暗い通路いっぱいに立っていた五つ窪みにぶつかりそうになりました。


「何、この不細工なクロンボ」

 吐き捨てるように籠目は言いました。

 不細工なクロンボ――今日一日で聞いた言葉の中で、最悪の言葉でした。


「よさないか、この子は今日産まれたばかりなんだ」

 その声に、カゴメは隣にいた鋼に気が付きました。


「あら、カップ殺しの鋼さん。なに? あなたこの不細工の名付け親なの。ふーん、また不幸な子供が一人この世に増えるんだ」

 籠目を包んだレースの隙間から見える星が、また真っ黒になりました。


 怖い! 五つ窪みは震え上がりました。生まれてから出会ったものの中で、この黒い色が一番怖いと思いました。なぜ籠目はこんなに鋼を憎いのでしょう?


「まぁ、クロンボにはお似合いか。あんたも殺されない様に気をつけるのね」

 籠目はそう言って、持っていた鈴を鋼に投げつけると、通路に鈴の転がる音をこだまさせて行ってしまいました。


「あの、これー」

 鈴を拾って、籠目に渡そうとかがんだ五つ窪みは、鈴を踏んづけて滑り、そのまま通路の壁に激突。煉瓦の壁を破壊して、外へ転がり出てしまったのです。


「煉瓦が! 月ちゃんのお城があぁ」

 オオジロの悲鳴がお城中に響き渡りました。










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