王太子から

 夢の中で一通りやった淑女教育をまたやり直すのは、夢で見ただけなのに不思議とかったるいな、と思ってしまった。


 所詮は夢だから知識としてちゃんとしてるわけないから、淑女教育はあくまで初めて。なのに、二度手間感がぬぐえない。

 だから今まで必死についていこうと頑張っていた家庭教師の授業も、不真面目に心ここに在らずで過ごしてしまう。


 そのくせ、怒りに任せた家庭教師の子爵夫人にテストされれば、身に馴染んだ知識と所作でケチのつけようのないレベルを披露する。

 今まで一所懸命だけど劣等生だったのが、不良なのに優等生に瞬時に変わって、家庭教師たち全員が戸惑っている。



 しかしどのみち何かと難癖つけられて、手を鞭打たれたり厳しい言葉で叱責されたりの指導を受ける。


(出来ても出来なくてもどっちでも褒められる事なくヒスられるなら、適当に流して自分の時間を大切にした方がいいや)


 夢の中のわたしみたいな、自分を擦り減らして衰弱するなんて生き方は御免だね。




 王太子との婚約が決まって五日目、美しい布が届けられた。

(そういえば夢の中でも、最初の頃は贈り物もされてたな)

 自分を気をかけてくれる相手がいる事に舞い上がって、その布でドレスを仕立てて、でも侯爵邸の侍女のお針子組がわたしを馬鹿にして型遅れの野暮ったいデザインで作ってしまった。

 しかもそれに全く気づかず、ウキウキで王太子も出るパーティーにお呼ばれして、招待客に嘲笑されて侯爵家と王太子両方の顔に泥を塗ってしまう結果になった。


(勉強ばっかで最先端の流行なんてサッパリ分からなかったから、馬鹿にされてたのすら数年気づかなかったという間抜けっぷり)


 夢の中の出来事だったとはいえ、恥ずかしさに頭を抱えてしまう。

 それに、夢ではふわふわとしてて理解して無かったけど、この布はかなりの高品質な生地だ。なるほど、まだ王太子側は侯爵家のご機嫌取りを狙ってるから、贈り物にも気を遣ってたんだな。

 それを一度着たら着用を控えざるを得ないドレスにするなんて、なんたるお間抜け。もっと有意義に使わなければ。



 まず王太子のために、一応贈り物があったと侯爵にご報告しよう。

 ……としたけど、あいにくお忙しいようで門前払いにされた。

(休日まで仕事してるのか)

 夢の中のわたしもツラいと嘆いていたが、侯爵だってこれが普通なんだな、と感心した。自分が将来それをやるとなると、ゴメン蒙るけど。


 執事に言付け頼もうとあれこれ言っていると、騒がしいゾと長兄が注意しに来た。

 事情を話すと、なるほどと布をあらため、贈り物の添え状と目録を受け取り、「布は好きにしろ」と追い返された。


 次期侯爵がそう言うならと、布を持ってお針子部屋に向かう。ドレスではなく、布の一部を使ってハンカチーフを縫おう。

 さいわい、夢で刺繍や裁縫のあれこれを経験済みだ。実際にどれくらい出来るか、試してみるのに丁度いい。


 侍女たちが怪訝な顔で睨んでくるが、気にせず裁縫道具を拝借してちゃちゃちゃと針を通していく。枠に王国の伝承物語を象徴した柄で囲み、四方に守護神の紋章、そして内側には王太子を象徴する花の柄と寿ぎ。


 まぁまぁ出来たわね。

 7歳の小娘の作品としては上出来だろう、と思ってたら、侍女たちが絶句してた。

 失礼な。

 ま、今更コイツらにどう思われようがどーでもいいから、どうでもいい。

 侯爵家に媚びを売りたい今の王太子側なら、この程度の出来でも無下にはしないだろう。


 ハンカチーフを丁寧に折り畳み、在庫の木箱に紙を敷いてその上に納める。包装紙でキュッと包み、リボンを巻いた。

 布の残りは、双子の衣装用のとこに突っ込んでおく。

 お礼状として一筆手紙を添えておこう。




 わたしを懐柔しても意味ないよ、と教えてあげようかと思ったけど、それこそ意味ないので、ちゃんとわたしを通り越して侯爵家に布を納めておきましたよ、とそれとなく記しておく。

 夢を通して王太子には何の感情も持たなくなった、どころか王家に対して恐怖と嫌悪の気持ちを持つようになったが、かといってあくまで夢の中の出来事なので憎悪を抱くわけでもなく、彼らの必死さを邪魔するほどの扱いを、今世ではまだ彼らから受けてはいない。

 わたしが関わらないなら、侯爵家を取り込もうとする努力をいくらでもしてもらって構わない。


 分は悪いだろうけど。



 手紙を執事に頼んでも重要視されずそのまま放置されるだろうから、自分で出入りの業者を待ってお願いする。

 運賃は侯爵家に追加請求しておいてね。




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