第51話 ルールの解釈

 数えの塔から1番遠い島の端まで移動した。わた雲さんに乗れる時間は3分間のみだから距離をとる必要がある。数えの塔から赤色と青色の鎖が飛び出した。

「逃げても無駄だ。我は何処までも追いかけていける」

 島中に響き渡るヲンの声だった。


「わた雲さんなら平気よ。頑張ってね。素早さでは負けていないよ」

 追いかけっこが始まった。直線では鎖が速く差が縮まるけれど、小回りはわた雲さんが得意だった。わた雲さんは予測のつかない動きで距離を広げる、3次元的な動きもするので、落ちないように気をつけながら鎖から逃げた。


 赤色と青色の鎖が視界から消えたと思ったら、目の前へ赤色の鎖が出現する。

「後ろからも鎖が迫ってきます。追いつかれそうです」

 鎖は前後にわかれて、挟み撃ちの状態になってしまった。わた雲さんが急降下したので体が浮く感覚に耐える。視界の隅では赤色の鎖が上空で止まっていた。


「逃げ切れたみたいね。でも赤色の鎖は止まっている。どうしてかな」

 意図があると思って周囲を見渡すと、前方には数えの塔があった。扉から青色の鎖があふれてきた。後ろは沼で立ち入り禁止地帯で、下は地面で移動できない。上空には赤色の鎖が待ち構えている。


 いつの間にか追い詰められていた。体が沈みだして、わた雲さんに乗れる時間が終わった証だった。逃げられる場所がないけれど、頭を働かせて次の手を考える。

「アト少シデ、完了シマス」


 アイの声は島全体に聞こえるほど大きかった。もう少しでキリリキくんとロクヨちゃんが目を覚ますけれど、逃げる場所がなくて八方塞がりだった。

「おとなしく捕まるのだ。そうすればナユクに住む者には手を出さない」

 ヲンの声は余裕があるようにも思えた。


「もう信じないよ。きっと逃げ切ってみせる」

「話しても無駄のようだ。アイが動き出すと厄介だ。すぐ捕まえて別世界へ送る」

 ヲンの宣言と同時に、後ろの沼から水しぶきの音が聞こえる。振り返ると大木が沼の中から現れた。本物の木ではなくて希望の光が見えてきた。


「松の木さんも無事だったのね。鎖から守って」

 沼の中から枝が伸びて、みるみるうちに私たちを覆い隠す。枝を叩く音が周囲に鳴り響きながら、隙間に鎖が見え隠れする。鎖の先端には枝が絡みついて、どの方向からも鎖のぶつかる音が聞こえた。枝が小さな穴を塞いで同じ状態が繰り返される。


 綾音ちゃんを近くに引き寄せて、キリリキくんとロクヨちゃんも守った。ただ耐えるしかなかった。完了の声はまだ聞こえない。

 激しい音が鳴り止んだ。


 急にどうしたのかと思って周囲を見渡すと、鎖の姿は消えていた。

「鎖の攻撃が止んだみたいです。別の手段を考えているのでしょうか」

 綾音ちゃんが聞いてくる。


「理由はわからないから、下手に動くと危険かもしれない」

 私たちを守っていた枝から灰色の空が見える。枝が松の木さんに戻って、全ての枝がなくなると理由がわかった。数えの塔から青色の鎖が消えていた。


「完了シマシタ。ルールヲ、変更シマシタ」

 数えの塔からアイが姿を見せて、鮮やかな色で輝いている。私たちは助かって無事に終わったみたい。


「私は何していたのかにゃ?」

「どうして俺が沼の近くにいる。感覚的にわからないぞ」

 キリリキくんとロクヨちゃんが起き上がって不思議そうに辺りを見渡している。

「鎖から逃げていたのよ。それとアイがルールを変えたそうよ」

 キリリキくんとロクヨちゃんへ理由を答える。


「ナクユノ世界ハ、人間ガ作リマシタ。今ハ、ナユクニ住ム者ノ、世界デス」

「矛盾がなくなったにゃ。人間の子供たちの話は本当にゃ。でもナクユは私たちの世界にゃ。どちらも間違いないにゃ」

「よかったね、ロクヨちゃん。これで矛盾なく暮らせるね」

 ロクヨちゃんが微笑んだ。ロクヨちゃんと約束した課題が解決できた。


「ヲンが数えの塔から出てきます」

 綾音ちゃんの声に入口へ視線を向けると、ヲンが小さくなっていた。赤色と青色の鎖はもう見えない。今度こそ私たちの勝ちと思うけれど油断はできない。


「よくも我の計画を邪魔してくれた。ナクユに続く入口が封鎖され始めた。お前たちにこの姿を見せることはもうないだろう」

「ナクユハ、ヲンガ来ル、世界デハナイ」


「我の世界はナクユに作れなかった。並戸を連れて新たな世界を作りたかった」

 徐々にヲンは小さくなっていく。ヲンは私をナクユから消そうとしたけれど、本当は新たな世界に連れて行きたかったみたい。

「私ノ管理下デ、連レ去リハ、許サナイ」


「今の我は消えるが、いつかは我の世界を作る。人間の子供たちを楽しませる」

 暗黒の空間は拳くらいの大きさになって、さらに収縮を続けている。私たちが見守る中、ついにヲンが消えた。


「キリリキくんも無事ね。あとはクロスワード国に帰るだけかな」

「スカイカス師匠に交差の辞書を渡すぞ。並戸も感覚的にわかるはずだ」

 普段のキリリキくんに戻って、アイの力で私たちはクロスワード国へ移動した。


 クロスワード国でスカイカス師匠に会って、キリリキくんの元気な姿を見せた。交差の辞書もスカイカス師匠に渡すと、キリリキくんを見て喜んでいた。

 ナンバープレース国でムサシ国王に会って、ルールの変更を知らせた。ムサシ国王は安堵の表情を浮かべた。

 私はナクユで全ての課題を解決した。

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