第50話 約束の意味合い

 ロクヨちゃんと綾音ちゃんへ顔を向けると、ふたりとも笑みを浮かべている。もう仮定の数字がないとわかっているみたい。解き進めて最後のマスに最後の数字を選んだ。祝福するように何度も鐘が周囲へ鳴り響く。


「さきにパズルを解いたから、約束は守ってもらうね」

「お前たちの勝ちだ。ナユクに住む者を元に戻そう」

 ヲンはあっさりと負けを認める。キリリキくんが歩き出して、私たちとヲンとの間に来るとその場で倒れ込んだ。


「キリリキくん大丈夫?」

 駆け寄ってキリリキくんを起こした。手も足も力なく垂れ下がっていて意識がないみたい。ロクヨちゃんも近くまで来たので、ロクヨちゃんの手も借りた。キリリキくんを綾音ちゃんの元まで運んで仰向けに寝かせると、キリリキくんが目を覚ます。


「並戸の顔が近いぞ。それよりも俺は何故寝ている?」

 キリリキくんは頭の中が真っ白みたいで、今までの出来事を覚えてない。

「キリリキを心配していたにゃ。元に戻ったかにゃ」


「ロクヨが何で俺を心配する。感覚的にわからないぞ。俺は先ほど交差の辞書を取り戻しただけだ」

 いつものキリリキくんに戻って、安心したら体の力が抜けた。


「キリリキくん、交差の辞書よ。スカイカス師匠へ届けに行かないとね」

 交差の辞書を取り出してキリリキくんへと渡す。抱え込むように受け取るとキリリキくんは立ち上がった。


「交差の辞書は俺がスカイカス師匠へ届けるぞ。ところでここは何処だ?」

「塔の中よ。それよりもクロスワード国へ戻りましょう」

 誘導するようにキリリキくんへ語りかける。


「感覚的に並戸の言うとおりだ。特別な課題はもう解決したぞ」

「私の特別な課題も終わったにゃ。すぐ帰れるにゃ」

 ロクヨちゃんも私の意図に気づいたみたいで、一緒に話を合わせてくれた。何事もなく数えの塔を去りたかった。


「ナクユに住む者よ。ナクユが人間に作られた事実を忘れたのか」

 ヲンに先手を打たれてしまった。キリリキくんには知られたくない言葉だった。ヲンの言葉を聞いて、キリリキくんがロクヨちゃんに詰め寄る。


「思い出したぞ。ロクヨは何を知っている。ナクユの世界を人間が作った。子供がつく嘘だ。その通りだろ」

 キリリキくんは周りを気にせず叫んで、頭を抱えて座った。また混乱が始まったみたいで、下を向いたまま耳をふさぐ。周囲の雑音を閉ざしているみたい。


「キリリキが動かないにゃ。どうしようにゃ」

 ロクヨちゃんはキリリキくんと私を交互に見た。この状態を避ける必要がある。

「次はお前たちだ。ナクユから消えてもらう」


「みーなさん、見てください。赤色と青色の鎖が現れて、渦を巻き始めました」

 視線をヲンに戻すと、私たちを捕らえる鎖で間違いなかった。

「約束が違う。ルールは守るのよね」

 ヲンに向かって叫ぶ。


「破った覚えはない。我はナユクに住む者を元に戻した。我が負けたらナクユから消さないとは言っていない」

「屁理屈よ。キリリキくんにも変な話しを吹き込まないでよ」

 ヲンは黙ったままで次の言葉がなかった。これ以上は何を言っても無駄みたい。


 その間にも鎖は渦を巻き続けている。このままではキリリキくんとロクヨちゃんが混乱して、私と綾音ちゃんは何処かに消されてしまう。パズルなら何でも解決できるけれど、この問題には正解がない。でも若手四天王の名にかけて解決してみせる。


「もう失敗はしない。お前たちを別世界へ連れて行く」

 ヲンが沈黙を破った。

「松の木さん、わた雲さん、助けて」

 天井に向かって大声を絞り出す。ヲンがルールを破ったので、同じくルールを破れる視覚系を呼んだ。実際に現れるかは賭けだった。


「ヲン、黙リナサイ。今カラ、ルールヲ、変更シマス」

 上空にアイが出現して希望がわいた。鈴木さんにお願いした内容を思い出す。システムの変更が間に合ったみたい。


「今のうちに逃げるよ。逃げ切れば勝てる」

 私はロクヨちゃんの手を取ったけれど、本物のぬいぐるみみたいに反応がない。

「ロクヨちゃん、返事してよ。ロクヨちゃんは無事よね」


「アト数分デ、完了シマス。ソノ間、ナクユニ住ム者ハ、機能ガ停止シマス」

 純粋に止まったみたいで、でも危険な状態は変わらない。今は鎖から逃げるのが優先だった。鎖の量がさらに増えてきて、まだ渦を巻いている状態だった。私たちへと襲いかかってはこないけれど、時間の問題は明らかである。


 視界を妨げるものが横切って、ふわふわしたものが私の前で止まった。わた雲さんが戻ってきた。

「わた雲さん、お願いよ。私たちを乗せて鎖から逃げてね。島からは出ないでね」

 キリリキくんとロクヨちゃんをわた雲さんに乗せて、私と綾音ちゃんも急いで飛び乗る。そのまま数えの塔の外へ出た。島の大きさは野球場と同じくらいだった。


「どうしますか。いつまでも逃げ切れないです」

 綾音ちゃんが聞いてきた。

「キリリキくんとロクヨちゃんが目を覚ますまで逃げたい。起きればナクユのジュエリーで元の世界に戻れる」


「数分で完了らしいですが、逃げ切れるでしょうか」

「大丈夫よ。逃げ切ってみせる。綾音ちゃんも鎖を見張ってね」

 逃げ切れる根拠はなかったけれど、私が不安になれば綾音ちゃんも心配する。あえて強気な発言で綾音ちゃんを安心させた。

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