第49話 ナンプレ対戦勝負

 四方の壁は別々の色で塗られていて、数えの塔にも天井はなかった。上や下に行く階段も見当たらなくて、見た範囲には何もない塔だった。

 急に強風が吹いて威力も増しだした。立っていられずに四つん這いとなって踏ん張る。目も開けられなくて、そのままの状態で耐えた。30秒ほどで強風が止んで、綾音ちゃんは私の横でうつ伏せになって、ロクヨちゃんは壁の隅まで飛ばされた。


「台風かと思った。私の体は問題ないけれど皆は大丈夫かな」

「初めて経験する凄い風でした。わたしは平気です」

「私も大丈夫にゃ。でも視覚系が上空へ飛ばされたにゃ」


 頭上に視線を向けると灰色の空しか目に映らなかった。わた雲さんは消えたけれど無事だとうれしい。塔の中を見渡しても私たち以外には誰もいない。

「キリリキくんは何処にいるのかな。迎えに来たよ」

 無意識のうちに言葉が出てしまった。


「ここにいる。我が預かっておいた」

 上空から返答があって体全体に緊張が走った。見なくてもヲンとわかる。

「キリリキくんを無理矢理に捕まえた。おかしな話はしないでよ」


「何を言っている。お前たちは俺が捕まえるぞ」

 キリリキくんの声を聞いて見上げてしまった。キリリキくんも一緒でゆっくりと降りてくる。私たちから1番遠い壁際で床に足をつけた。ヲンはキリリキくんのすぐ上で止まった。


「キリリキくん、どうしたのよ。はやくこっちに来てよ」

「俺は俺だぞ。お前たちを捕まえる。それが俺の仕事だ」

 当たり前のようにキリリキくんは答えるけれど、今まででは考えられない。


「我の言葉に従っているだけだ。ナクユに住む者が正気に戻ったのだ」

「元の状態に戻してよ。いつものキリリキくんと違う」

 キリリキくんは正気を失っている。連れ帰っても元に戻す方法を知らないから、ヲンに戻す方法を聞くしかない。ヲンの意図を把握する必要があった。


「ナユクに住む者を返して欲しいのか。パズルで対決しようではないか」

 ヲンから条件をだしてきたので、少しは意図が把握できるかもしれない。

「パズルの勝負なら絶対に負けない。勝敗は何で決めるつもりよ」


「パズルを先に解いた側が勝つ。わかりやすくて簡単だ」

 中央に大きな画面がふたつ現れて、私とキリリキくんの前に移動する。ルールが表示されたのでじっくりと読む。パズルはヒントの数字がないナンプレだった。


 マスと数字を指定して最初に全部のマスを埋めたほうが勝つので、勝敗はわかりやすかった。指定した数字が正解すると連続で指定できて、失敗すると相手に順番が移る。マスに入る数字が相手にもわかるから、ルールに秘密はなさそうみたい。


「代表ひとりのみで解いてもらう。我が勝てばお前たちをナクユから消す。お前たちが勝てばナユクに住む者を元に戻そう」

 代表者はひとりのみだった。ロクヨちゃんはナンプレが得意で、綾音ちゃんは世界パズル競技大会で優勝している。誰が代表者になっても勝てる可能性はある。


「推理力も必要なパズルよね。代表者が重要だけれど誰にするかな」

 ロクヨちゃんと綾音ちゃんを同時に見渡した。

「美奈さんに決まっているにゃ。ほかにいないにゃ」

「わたしもにゃんこちゃんと同じです。1番尊敬している、みーなさんしかできないと思います」


 即座に指名されて、ロクヨちゃんと綾音ちゃんの顔を見ると頷いてくれた。迷う理由はなくなって私が代表者で勝ってみせる。代表者で解くのは私のみだけれど、今は全員の力が必要だった。パズルは始まっていないから、多くの知識を吸収したい。


「ロクヨちゃん、綾音ちゃん、ナンプレを解くときは何に気をつけているかな」

 交代で答えてくれて、おおむね私の解き方と同じだった。早解き競争は何度も経験しているけれど、対戦式のパズルは経験が少ないのでふたりに聞く。


「世界パズル競技大会では対戦もあります。ひとりでの解き方と異なって、相手の情報が重要になります」

 綾音ちゃんの考えは重要に思えて、接戦時の判断材料として使えそう。綾音ちゃんの考えを頭の中に詰め込んで、精神を集中させて呼吸も整える。


 気持ちが整ったのでヲンへ視線を向けた。

「私が代表者よ。勝ったら約束を通りにキリリキくんを返してもらう」

「約束は守る。こちらはナユクに住む者が相手しよう。先行はお前たちに譲る」

 画面上部が明るくなって、画面にナンプレのマスが表示された。


 最初は勘で答えるしかない。間違えると相手に正解の数字がわかってしまうから左上のマスを選択した。欄外にある1から9の数字から5を選んで、決定と表示されている部分を押す。


 塔の中央上空に鐘が出現して、お寺の鐘と同じ低音が1回だけ鳴った。同時にマスの色が黄色に変わって、選択した5の数字が小さく表示される。普通は確定候補の数字を小さく記入されるけれど、今回は逆の意味だった。

「不正解だけれど最初は仕方ないかな」


 画面上部が暗くなってキリリキくんの画面上部が明るくなった。キリリキくんは迷う素振りがなかった。数秒で選択が終わったみたいですぐに鐘が現れる。私と同じく1回だけ鳴って、同時にマスのひとつに数字が入った。


 同じ事が繰り返されて最初に正解したのはキリリキくんだった。正解は風鈴に近い高音で2回鳴る。私は数字が確定できる列を答えていないから、キリリキくんの勘が冴えていた。やっぱりキリリキくんは感覚的な判断は強い。


 私にも正解が出始めて確定している数字は20個前後に増えた。実際のパズルと異なって数字は解きにくい位置にある。全部が埋まるまで時間はかかりそう。

 綾音ちゃんの考え方を頭の中で実行して、キリリキくんが確定した数字を記憶にとどめた。確定した数字の数は内訳が決まっているから、キリリキくんが正解した数と私が間違った数の合計だった。


「頑張ってください。慌てなければ勝てます」

「美奈さんなら勝てるにゃ。強さを見せて欲しいにゃ」

 ロクヨちゃんと綾音ちゃんから勇気をもらって、笑顔を作って手を振り返す。基本は確定の数字から決定するしかない。確定の数字がない場合は仮定の数字が少ないマスから選んだ。


 確定した数字の数はキリリキくんが多いけれど、失敗したマスの位置を考える。キリリキくんの選ぶマスからナンプレに不慣れとわかる。私が勝利する鍵だった。

「俺が先に全部のマスを数字で埋め尽くす。さっさと終わりにするぞ」

 キリリキくんの言葉には強さがあったけれど、私は若手四天王のひとり。


「私が負ける理由はないよ。最後に笑うのは私よ」

 半分程度の数字が確定して、完成するまでの道筋が見えてきた。仮定のマスがいくつかあったけれど、仮定を確定にできれば勝利が近づく。


 キリリキくんは正解と間違いを繰り返した。キリリキくんがマスと数字を決定すると、鐘が現れて1回のみ鳴った。欄外にある数字が赤色となって、キリリキくんは私の数字が確定しているマスを選んでいた。


 全体の配置を見渡して、マスと数字を決めると鐘が2回鳴る。仮定が確定に変わった瞬間で、完成までの道筋が見えた。

「全部の数字がわかったかな。間違えずに選べば終わりになるよ」

「俺ももう少しで終わるぞ。勝つのは俺だ」


 空白のマスはまだいっぱいあるけれど、ヒントの数字が全部揃った。解く順番も頭の中に入っているから、自信を持って次のマスと数字を決定する。鐘が現れて2回鳴った。続けて選んだマスと数字でも鐘は2回鳴った。

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