第42話 アイとヲン

 視線を綾音ちゃんへと向けると、綾音ちゃんはアイを見つめている。

「アイは今までのぬいぐるみと異なっていませんか」

 綾音ちゃんの視線が私に向いて話しかけてきた。


「今までのぬいぐるみはパズルと関係していて、見た目で判断できたよ。視覚系だったとしてもパズル部分がないよね」

「北側の未開地帯は全て初めてだったぞ。それよりもクロスワード国へ行こう」

 キリリキくんは最後までせっかちだった。


「その前にアイへ質問させてね」

「時間は短く頼むぞ」

 アイを見つめた。ゆっくり色が変化しながら、音も立てず空中に留まっている。何の力で浮いているのか分からない。


「あなたは言葉の塔を管理しているのかな」

「私ハ、ナクユヲ、管理スル者デス」

 ナクユ全体だった。神様みたいな存在なら、もしかしたらアイは今までの疑問に答えてくれるかもしれない。


「特別な課題は子供たちの課題と異なっているけれど、特別な大人だけが何故パズルを解けるのかな」

「新シイ、ナクユヲ、作ルタメデス」


「ナクユが変わってしまうのか。俺たちはどうなる?」

「人間の子供たちを楽しませているにゃ。仕事ではなくなるのかにゃ?」

 キリリキくんとロクヨちゃんが会話に割って入ってきた。新しいナクユの言葉へ敏感に反応したみたい。


「今マデト、同ジデス。更ニ人間ノ大人ガ、追加サレマス」

「子供も大人も楽しめるのかな。誰もが来られるナクユになるのね」

「アナタナラ、佐野直也、安藤丈太郎ニ聞ケバ、理由ガワカル」


「佐野君と安藤先生が関連しているの? 戻ったら聞いてみたい」

 佐野君は安藤先生を知らないと話した。嘘だったとは考えにくいから、知らないところで繋がっているのかもしれない。


 ふたりに共通点があるか考えると、頭の中にひとつのパズルが浮かんだ。私が作った漢字のオリジナルパズルで、安藤先生が同じパズルを発表している。ナクユでも使われていて何かが関連しているみたい。


「未登録ノ、大人ガイマス。処理ヲ、検討中」

 嬉しさのあまり綾音ちゃんの裏技を忘れていた。答えの知らないパズルを解くように頭の中を回転させる。でも綾音ちゃんを正当化する理由は思い浮かばない。


「我は許さない」

 頭上から別の声が聞こえた。上空を見上げると、灰色の空を凝縮した暗黒の空間が現れていた。大きさは1メートルくらいで表面は風のように揺らいでいる。燃えさかる炎を思わせて激しく波打っていた。


 敵対的な言葉と見た目で思わずあとずさりした。綾音ちゃんは私の腕を取って離れようとしない。

「飲み込まれそうで不気味かな」

 素直な感想だった。


「お前は何だ。感覚的に危険だぞ。他の言葉が浮かばない」

 キリリキくんだけが1歩前へ出た。

「ナクユに住む者か。人間に作られながら我に声をかけるとは汚らわしい」

「何を言っている。俺たちは俺たちだぞ」

 キリリキくんは強気に発言する。


「ナクユが人間に作られたと知らないのか。愚かしい存在だ」

「お前こそ、人間の子供と同じ嘘をつくな」

「本当は気づいているのだろう。ナンバープレース国は真実を知っている」


「ヲン、黙リナサイ」

 アイの口調は威圧する強さがあって、辺りが静まりかえった。ヲンも黙ったけれど逆に不気味だった。


 前方にいるキリリキくんの様子がおかしかった。ぎこちない動きでロクヨちゃんを見て、何かを訴えようとしている。でも言葉を失ったのか黙ったままで、大切な交差の辞書も床に落としていた。


 交差の辞書を拾って、キリリキくんに渡そうとするけれどが反応はなかった。受け取る気配が感じられない。

「アイが人間の大人に従って、嘘のルールを作ったのが原因だ」

「必要ナ、ルールデス」


 私たちの頭上で口論が始まった。人間が作ったとの単語にロクヨちゃんの言葉がよぎった。キリリキくんは事実を知らない。キリリキくんはロクヨちゃんの真正面にいて、ただ事ではない雰囲気になっている。


「ロクヨも信じていないだろ。ナクユを人間が作った。子供がつく嘘だよな?」

 キリリキくんがロクヨちゃんに問いただす。

「当たり前にゃ。子供がつく嘘に決まっているにゃ」


「ナンバープレース国は何を知っている? ロクヨは何か関係しているのか」

 ロクヨちゃんは答えようとしない。嘘をつけないから話せないと想像できた。

「黙っているのは何か知っているからか」


「人間がナクユを作ったのは嘘と知っているにゃ。でも……」

「続きは何だ。ロクヨは何を知っている。教えろ」

 キリリキくんがロクヨちゃんへ詰め寄る。私は見守るしかできない。


「ナクユはコンピューター上のゲームにゃ。ゲームは人間が作ったにゃ」

「どういう意味だ。感覚的にわからないぞ」

 キリリキくんが座り込んで頭を抱えてしまった。ロクヨちゃんが話しかけても動こうとしない。


「みーなさん、ヲンから赤色と青色の鎖が見えます。中央で渦を巻いています」

 綾音ちゃんの声に従って、即座に見上げた。ヲンはらせん状の紫色に変化していて中央からは鎖が見える。


「前に私を襲った鎖と一緒よ。捕まると危ないから逃げましょう」

 逃げると言ったけれど辺りに隠れる場所はなかった。何処に逃げれば平気かわからない。キリリキくんは動いてくれないから、このままでは捕まってしまう。


「ナクユの世界にいてももう意味がない。人間の大人には消えてもらう」

 2種類の鎖が天井全体へと広がった。

「優先順位ヲ、変更シマシタ。未登録ノ大人ヨリ、ヲンガ最優先デス。皆サン、私ノ近クヘ。国へ送リマス」


 綾音ちゃんと一緒にアイへと向かった。キリリキくんとロクヨちゃんは動こうとしないけれど、全員で一緒に戻りたい。

「キリリキくんとロクヨちゃんも早く。急がないと鎖に捕まる」


「美奈さん大変にゃ。キリリキの反応がないにゃ」

 灰色の空を鎖が覆い隠そうとしていて、捕まるのも時間の問題だった。

「ロクヨちゃん時間がないよ。急いで!」


「でもキリリキが……」

 手を伸ばしてロクヨちゃんを無理矢理に引き寄せる。赤色と青色の鎖が私に向かってきた。目の前にある景色が揺らいで、何度か味わったナクユの移動とわかった。

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