第9章 ひとつのパズルとふたりの解答者

第36話 知らない大人

 スケルトン国近くの中立地帯にいて、さきほど綾音ちゃんと合流できた。

 中立地帯で無駄な課題に遭遇したくないから軽快な指輪を身につける。綾音ちゃんはロクヨちゃんと遊んでいて、ロクヨちゃんを触って一緒に飛び跳ねていた。ロクヨちゃんは喋る猫だから、綾音ちゃんが興奮するのも頷けた。


 綾音ちゃんが落ち着いたので、特別な課題の話を切り出した。

「これから行く場所は知らない場所になるかな」

「みーなさんの近くにいます。一緒にパズルを解くのが楽しみです」

 綾音ちゃんの腕が私の腕に巻き付いた。


「私も楽しみよ。何が起こるかわからないから、私たちから離れないでね」

 北側の未開地帯はキリリキくんとロクヨちゃんも詳しくない。何が起きるかわからない土地で懸案事項はほかにもある。崩壊現象と危険な鎖はナクユへ来る前に綾音ちゃんへ説明しておいた。


「迷子にならないよう気をつけます。何かあったら声をだします」

「キリリキくんとロクヨちゃんが対応してくれるよ」

「にゃんこちゃん、頼りにしています」

 綾音ちゃんはロクヨちゃんを相当気に入っている。キリリキくんとは普通に会話していたから、ナクユでも猫好きは変わらなかった。


「綾音ちゃんは体が思うように動くかな。私は最初の頃に転びそうになったよ」

「まだ遅れて動きますので、倒れないで歩くのが精一杯です。少しずつ慣れます」

 綾音ちゃんは私ほど運動神経はよくないけれど対応力はあった。特別な課題に挑戦する頃には慣れてくれると思う。


「体が無意識で動けば楽になるよ。あとナクユに長時間いると疲れるから、体調に異変を感じたら早めに教えてね」

「違和感が大きくなったら声をかけます。今は平気です」


「説明は終わったか。北側の未開地帯へ向かうぞ」

 相変わらずせっかちなキリリキくんだった。先頭を切って動き出す。北側の未開地帯へはキリリキくんが案内してくれる。


 途中で課題は発生しなくて、北側の未開地帯との境界へたどり着いた。

 見ただけで別領域とわかって、目の前には底が見えない渓谷がある。渓谷の向こう側には灰色の世界が広がっていた。昔の映画を見ているようで、草木は枯れた真冬の風景を思い出すほどに、濃淡のある灰色で表現されている。


「課題を見つけて北側の未開地帯へ渡るぞ。東側と西側のどちらで探すかだ」

「ふたつの特別な課題が北側の未開地帯を目指しているよね。きっと文字系と数理系の中間にあると思うけれど、どちらの方向になるかな」


「並戸の考えで行けば西側だ。さっそく進むぞ」

 渓谷に沿って歩き始めたけれど、渓谷を境にした景色は変化しない。北側の未開地帯には高い山がなくて遠くまで見渡せた。さすがに言葉の塔は見えない。


 視線を戻すと前方に人影が見える。200メートルくらいは離れていたので目を凝らす。どのような人影か何とかわかった。

「ぬいぐるみと人間の大人よね。黒木さんと綾音ちゃん以外で初めて見たかな」

「特別な大人にゃ。特別な課題をしているのかにゃ」


「もしかして次の課題は特別な大人同士で組むのかな。それなら納得がいく。裏技で大人を探すのは本当に裏技よね。この状態はまずいから一旦引き返すね」

 綾音ちゃんの手を取ってきびすを返した。キリリキくんが横に並ぶ。

「感覚的におかしいぞ。何を慌てている。目的の場所と逆方向だ」


「綾音ちゃんを隠すためよ。後ろにいる人は特別な大人で、ぬいぐるみもいた。ロクヨちゃんと同じく特別な大人を区別できるはずよ。綾音ちゃんが普通の大人とばれると、いろいろと面倒になると思うのよ」

 足を止めずに歩きながら、キリリキくんに説明する。


「交差の辞書を早く取り戻したいが、感覚的に俺も賛成だ。特別な大人が早足で近づいてくる。俺たちも急ぐぞ」

 キリリキくんが先頭で歩き出して、綾音ちゃんは早歩きに近くなった。後ろを振り向くと距離が縮まって100メートルくらいだった。視線が合うと中年の男性だと分かる。男性が両手を振ってきたけれど、向きを変えて歩を早めた。


「待ってくれ。俺に気づいただろ。お前たちも特別な大人だろ。一緒に進めよう」

 パズルが得意な人かもしれない。普通なら嬉しい出会いだったけれど、今は逃げる必要があった。キリリキくんを追い越して先頭で走り出す。

「逃げ切れないと思うぞ。このままずっと走り続けるつもりか」

 キリリキくんが横に並んで聞いてきた。


「私たちを瞬間的に移動させられるかな」

「今できる移動はひとつにゃ。ナクユのジュエリーで人間の世界に戻るだけにゃ」

「人間の世界へ戻る前に追いつかれそうね」


 綾音ちゃんが遅れだした。これ以上は走り続けてもすぐに追いつかれそう。特別な大人ではない理由を考えるのが、最善の策かもしれない。

「追いつかれるぞ」


「逃げられないよね。綾音ちゃんがいる理由を考えながら、相手を待ってみる」

 うしろに視線を向けると距離は50メートルくらいだった。私たちが止まると男性も歩き出した。一緒にいるぬいぐるみはスケルトン国みたい。


「どうして逃げる。話したいだけだ。ふたつほど聞きたい内容がある」

 ふたつのうちひとつは綾音ちゃんだと思う。説明する内容は決まっていない。キリリキくんとロクヨちゃんは嘘をつけないから、私が話を進めるしかない。


「別のぬいぐるみが近くに見えます。合流するのでしょうか」

 綾音ちゃんだった。

 いつの間にかぬいぐるみが増えていた。背中にマス目が書かれていて、ナンバークロス国のぬいぐるみに思えた。ぬいぐるみはうしろを向いて顔まではわからない。


「会話をしているみたいね。何をしているのかな」

 ぬいぐるみが男性と話している。

「課題が発生したにゃ。美奈さんは軽快な指輪を持っているにゃ。課題に遭遇せずに済んだにゃ」


「今なら逃げられるかな。見えなくなるまで離れて、そこから迂回しましょう」

 課題ならある程度の時間はかかるはずだから、綾音ちゃんに速度を合わせて移動を始める。うしろから声が聞こえたけれど今度は止まらなかった。

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