第35話 もうひとりの大人

 数日後に東京で黒木さんと会った。

 隣の姿が見えにくい喫茶店を選んだのは、キリリキくんとロクヨちゃんにも一緒に聞かせたいからだった。キリリキくん対策のために、ナクユを人間が作った件は言わないよう事前にお願いすると、黒木さんは了解してくれた。


 注文した飲み物が届いてから、椅子の上に鞄をおく。その上にキリリキくんとロクヨちゃんを出現させて、顔のみが黒木さんにみえるようにした。

「ナクユで特別な課題に取り組んでいます。課題の解決にはパズルクリエーターの菊池さん、綾音ちゃんの力が必要になりました。綾音ちゃんをナクユに連れて行きたいので、ナクユのジュエリーを借りることは可能ですか」


「世界パズル競技大会で優勝した若手四天王の子か。宝石が減るわけではないから使っても構わない」

「助かります。特別な課題の解決には条件があって、パズルが得意な人を連れて行く必要があります」


 特別な課題の中身を黒木さんへ説明する。子供たちの課題とは異なっていて、難易度も高く知恵も必要だった。北側の未開地帯へ行く条件なども話した。

「ナクユも変わったね。僕がいた頃は北と南に未開地帯はなくて、地図にも載っていなかった。並戸さんの特別な課題はナクユらしくないと思う」


「だから特別な課題だ。黒木も並戸と同じく、感覚的に判断ができていないぞ」

 キリリキくんが話に割り込んできた。交差の辞書が関連しているから、キリリキくんは積極的になっていると思う。


「見つかると困るから国や街の中へ入っていない。だから今の状況を知らない。それで僕は何を手伝う?」

 黒木さんが私に聞く。


「ナクユへ行く方法を綾音ちゃんに教えてほしいのです」

「教えるのは構わないが、僕も最初は試行錯誤だったよ。上手くいくとは限らないから、その点はわかってほしい」


「助かります。場所は私の家になりますので、詳細はメールで連絡します」

 黒木さんに理解があって助かった。課題解決の可能性が出てきて、あとは実際に綾音ちゃんがナクユへ行けるかね。こればかりは試さないとわからない。

 今日は仕事の話はなくて夕方前に自宅へ戻った。


 綾音ちゃんがナクユへ行けるのかを試す日が来た。駅で黒木さんと綾音ちゃんを乗せて、今は家のリビングにいる。綾音ちゃんに説明を開始した。ロクヨちゃんはテーブルの上で静かにしている。


「最初にナクユへ行く方法を習ってもらうね。成功すると睡魔が襲うから無理せずに眠ってね。精神だけがナクユに行く感じかな」

「ナクユに着いたら何をするのですか。難しい作業はできないです」


「下手に歩き回らないでね。その場所に待機でキリリキくんが探してくれるよ」

 キリリキくんの姿を紙に描いて説明する。ほかのぬいぐるみが近くにいない場所を指定したから、問題なく会えると思う。


「特徴があってわかりやすいです。大きさはどの程度ですか」

「小学生くらいの背丈かな。探すのに時間がかかればこちらで起こすね。眠りから覚めれば、強制的に戻れるから安心してね。他に質問はあるかな」

「ナクユへ行ったあとはわかりました。行く方法を教えてください」

 綾音ちゃんの顔つきは真剣そのものだった。


 黒木さんがナクユのジュエリーを取り出した。

「ナクユのジュエリーを使った裏技を説明する。注意点は宝石の持ち方で、宝石を強くさわる位置と順番が重要になる。僕が実際に試すからよく見てほしい」

 黒木さんは裏技を何度か見せたて、綾音ちゃんは1回見ただけで覚えたみたい。暗記が得意らしくて、2回目以降は正確な位置を確認していた。


「いろいろな色に変化して宝石のオパールみたいです。ずっと眺めていられます」

「たしかに変化する色合いはきれいよね」

「わたしもいつか、ナクユのジュエリーを持ちたいです」

「綾音ちゃんの願いが叶うとよいよね」


 私と雑談している間でも、綾音ちゃんは裏技の確認をしていて、黒木さんからは合っているとのお墨付きをもらった。全ての準備が整って、綾音ちゃんがナクユのジュエリーを凝視する。


「1番尊敬するみーなさんがわたしを頼っています。必ず成功させます」

 綾音ちゃんがナクユのジュエリーに触って器用に指を動かした。黒木さんは頷くだけだから、正確に触っているみたい。白色にナクユのジュエリーが輝くと同時に綾音ちゃんが眠りに入った。


「ナクユへ行ったみたいだから、キリリキくんと連絡を取ってね」

「探し始めたにゃ。まだみたいにゃ。――人影にゃ。菊池さんで間違いないにゃ」

 順調に発見できて出現する位置も正確だった。綾音ちゃんが眠りから覚めて、私と視線が合うと笑みをこぼした。


「体に違和感を憶えましたが、本物の世界と変わらなかったです」

「無事に戻って来られたね。何事もなくてよかった」

「にゃんこちゃんがいる!」

 綾音ちゃんがテーブルの上を指さした。


「ナクユに住んでいて、私はぬいぐるみと呼んでいるよ」

「たしかに、にゃんこちゃんのぬいぐるみです。にゃんこちゃんをもっと早く知りたかったです。みーなさんが羨ましいです」

 綾音ちゃんはロクヨちゃんをじっと見つめた。ロクヨちゃんは1回転してから最後にお辞儀する。


「ロクヨにゃ。よろしくにゃ」

「話し方もにゃんこちゃんです。触ってもいいですか」

 ロクヨちゃんが答える前に綾音ちゃんが手を伸ばした。手は勢いよくロクヨちゃんの体をすり抜ける。


「残念だけれど触れないのよ。でもナクユに行けば触れて、ロクヨちゃんはふわふわとしているかな」

「今から楽しみです。早くロクヨちゃんを撫でたいです」

 綾音ちゃんはすぐに触りたいみたいで、ロクヨちゃんに手をかざした。何度試しても無理で寂しい顔をしている。やっと諦めがついたみたいでこちらに顔を向けた。


「不思議な現象だけれど事実よ。ナクユの世界を信じてくれたかな」

「にゃんこちゃんは嘘をつきません。これでナクユへ行けます。みーなさんと一緒にパズルが解けます。行くのが待ち遠しいです」


「特別な課題を進められるから、綾音ちゃんありがとう。黒木さんにお願いがありますが、ナクユのジュエリーを借りても平気ですか」

「事前に連絡してくれれば構わないよ。崩壊現象の対応は空いた時間で行く」

 話がまとまるころにキリリキくんが戻ってきた。綾音ちゃんとナクユへ行く日を決めると、今日の予定が全て終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る