第26話 ロクヨちゃんの葛藤

 黒木さんからナクユがゲームと聞いたから、疑わずに言葉通りで受け取った。キリリキくんとロクヨちゃんは人間と同じに話せる、相当発達したAIと考えていた。ナクユの世界では異なる理解をしているみたい。


「ナクユが人間に作られたとは知らないのね」

 キリリキくんがいなくなったので、ロクヨちゃんへ聞く。

「私たちは人間の子供たちを喜ばせるにゃ。そのためにナクユは存在するにゃ。把握しているのはそれだけにゃ」


「別世界から人間が来ているのは把握しているのよね」

「人間の世界は国同士の関係と似ているにゃ。遠くに国があって人間の子供が来るにゃ。でもナクユの世界は人間が作っていないにゃ」

 プログラムの設定で決まっているみたい。地球は自然に作られているのと、同じ感覚に思われた。


「黒木さんの説明からナクユはゲームで間違いないかな。ロクヨちゃんは何処まで知っているのか教えてほしい」

「私は人間の子供たちを喜ばせていたにゃ。人間の子供が課題を楽しむために来る頻度を調べたにゃ。その中で時間換算の矛盾が生じたにゃ。それが最初の疑問にゃ」


「5年間の空白と同じかな」

 ロクヨちゃんへ聞き返す。

「理由は同じにゃ。定期的にナクユの時間が遅れるとわかったにゃ。最後にはコンピューター上で動いていると知ったにゃ」


 ロクヨちゃんは簡単に話したけれど、苦労して調べたと容易に想像できる。自分のいる世界に疑問をもつことはなかなかできない。律儀に考えるロクヨちゃんだから時間換算の矛盾に気づいたと思う。


「複雑な問題ね。キリリキくんに話せないのはどうしてかな」

「知ってほしいのは人間の子供がたまにつく嘘にゃ。誰でもわかる簡単な嘘があるにゃ。ナクユの世界は人間が作ったという嘘にゃ」


「ナクユはコンピューター上のゲームだから、人間が作ったのであっているよ」

「ナクユの世界を人間が作ったのは嘘にゃ。私たちには変えられない事実にゃ。でもコンピューター上のゲームでもあるにゃ。私はこの矛盾を解決できないにゃ」


 人間が作ったのは子供がつく嘘で、キリリキくんとロクヨちゃんには変えられないルールだった。事実を付き合わせると矛盾が発生したから、ロクヨちゃんの中では激しい葛藤が起こっている。


「人間の子供がつく嘘が本当かもしれない。だからロクヨちゃんとムサシ国王のみしか知らないのね」

「ナンバープレース国は理詰めが得意にゃ。私たちだから矛盾を抱えたまま処理できるにゃ。キリリキだと感覚的に耐えられないにゃ」


「気持ちはわかった。人間の関与はキリリキくんの前では話さないよ」

「助かるにゃ。もうひとつお願いがあるにゃ。私もムサシ国王もいつまでも矛盾を処理できないにゃ。早く解決してほしいにゃ。そのために美奈さんを選んだにゃ」

 ロクヨちゃんがすがるような表情を見せる。高難易度パズルを突きつけられた感覚だった。相反するものを両立させるのは非常に難しいけれど答えは決まっている。


「何をすればよいかは、まだわからないけれど全力で頑張るね。ロクヨちゃんもムサシ国王も助けてみせるよ」

 ロクヨちゃんは笑顔を見せて片足で回転して踊り出した。回転が止まると両手を広げてお辞儀する。


 翌日は午前中からパズルを作成したけれど、普段と異なって別解のやり直しが多かった。ここまで仕事にならないのは今までに経験がない。1番の理由はロクヨちゃんの問題で、頭の半分以上はロクヨちゃんを考えていた。


「今日はもうパズルの作成は無理かな。ここまで作り間違えるのは初めてよ。明日以降に頑張るしかないみたいね」

 背伸びして体をほぐしてから時計を見ると、午後3時を回っていた。

「黒木さんをどう判断するか早めに決めないとね」


 立ち上がってリビングへ向かうとキリリキくんとロクヨちゃんは定位置にいた。昨日の話が頭をよぎったからか、ロクヨちゃんが寂しく見える。私がおかしな行動を取ればキリリキくんが気づくかもしれないから、普段と変わらない態度を心掛けた。


「視覚系の情報は集まっているかな」

 平常を心掛けて、キリリキくんとロクヨちゃんへ聞く。

「となりの国を含めて聞いたぞ。視覚系を見たのは国の外だけだ。こちらの姿を見るとすぐに逃げた。何をしていたかはわからない」


「私の国も似た感じにゃ。崩壊現象の場所で姿を見たと聞いたにゃ。集団でいたから引き返したにゃ。あとで見に行くと崩壊現象は元通りに戻っていたにゃ」

 キリリキくんとロクヨちゃんがそれぞれ答えてくれた。


「視覚系が崩壊現象を修理していて、本当に直していたのかもね。街に被害が出た話は聞かなかったかな」

「俺はなかったぞ。視覚系を街中で見かけた情報もなかった」

「襲われていないにゃ。門番に聞いても見ていないと言ったにゃ」


 視覚系の実態がわかってきて、文字系と数理系の国とも状況は同じだった。これ以上の情報はなさそうなので、黒木さんをどうするかは私が結論を出すしかない。

「聞いた限りでは視覚系は悪さをしていないから、黒木さんの話と辻褄は合っているよね。黒木さんは嘘をついていなかったと思うから、ナクユへ行く裏技の方法を確認したい。それが本当なら信じられると思うのよ」


「今のところ問題は起こしていない。俺はそれでも構わないぞ」

「私も美奈さんの考えに賛成にゃ。確認できるならそれが1番にゃ」

 この方法が今は最善のようでヒントの足りないパズルを解いている感じだった。キリリキくんとロクヨちゃんも賛成してくれた。


「ナクユへの行き方を確認して、何処に出現できるかは黒木さんに聞いてみるね。こちらの世界とナクユを同時に監視すれば、本当かどうかがわかるはずよ」

「私とキリリキは、どちらかの世界にいるのかにゃ」

 ロクヨちゃんが聞いてきた。


「別々だと助かるかな。黒木さんが何を試すか不明だからね」

「俺はどちらで待機する? どちらの世界でも構わないぞ」

 基本はどちらでも構わないけれど、こちらの世界ではコンピューターやゲームの話が出てくるかもしれない。ロクヨちゃんには心配をかけたくない。


「ナクユ側は危険な場所かもしれないから、キリリキくんにお願いできないかな」

「任せておけ。立ち入り禁止地帯以外なら何処へでも行けるぞ」

 ロクヨちゃんも待機場所について賛成した。


 裏技の瞬間をキリリキくんに見せたくなかったのと、黒木さんが説明で人間が作ったと言う可能性もある。黒木さんに連絡したら、一定の範囲内で意図的に出現できるとわかった。確認方法についても了解を得られた。

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