第21話 鎖と危険地帯

 ナクユの謎を考えながら歩いたら、また景色が揺らいだ。疲れからの目眩ではなくて、ナユクの世界で何かが起きた証だった。不思議な現象にも慣れてきた。

 周囲を見渡すと、景色の一部に紫色のらせん状が現れていた。中心を起点にねじれていて中央からは紐状の物体が飛び出していた。素早い勢いで私たちに向かってきたのは鎖で、赤い鎖は文字で青い鎖は数字で作られている。


「これも何かの課題かな。迷路などの視覚系パズルが出題しているのかな」

 疑問に思ってキリリキくんとロクヨちゃんへ聞いた。

「初めて見たにゃ。知らないものには気をつけるにゃ。念のために離れるにゃ」

 鎖は空中に浮かんでいた。私たちは来た道を引き返すと、鎖が追いかけてくる。


「ロクヨはどう思う? この鎖は課題とは違うぞ。俺には嫌な感覚しかしない」

「鎖を使うパズルは聞かないにゃ。崩壊現象とも異なるにゃ」

 キリリキくんは真剣な表情で普段と異なっていた。


 急に、胴体に違和感を覚えた。

 締め付けられる感覚で、視線をむけると赤い鎖が巻き付いていた。体が軽くなったと思ったら地面から足が浮く。血の気が引いて身の危険も肌で感じた。


「キリリキくん!」

 声を絞り出したけれども遅かった。鎖に運ばれてしまった。

 腕を近くの枝に絡めながら体を固定して思い切り鎖を引っ張った。何本かの鎖は体から取れたけれど鎖を切るには限度がある。体に巻き付く鎖は数を増やしていく。


 頼みの枝が折れた。踏ん張りがきかなくなって、一気に引きずられた。

「並戸をどうするつもりだ。人間を襲うのは許されていないぞ」

 キリリキくんが駆けつけてくれる。勢いがよく速かったので、すぐに姿が大きくなった。手を伸ばすとキリリキくんも手を伸ばす。手が触れる距離まで近づいて、あと少しで鎖から逃げられる。


 急にキリリキくんが止まった。私の手が空を切った。見えない壁があるのか、キリリキくんは動こうとしない。

「何をしているのよ。早く助けて。このままだと景色に飲まれる」


「駄目だ。立ち入り禁止地帯には入れない。俺では無理だ」

 近くに立て看板があったけれど、読んでいる暇はない。

「今は緊急事態よ。あとで一緒に謝るから鎖をほどいてよ」


「ごめん、並戸。俺には何もできない。ルールだから逆らえない」

 謝るばかりのキリリキくんで、遅れてロクヨちゃんもきた。キリリキくんと同じでロクヨちゃんも中に入らない。


「過去に設置された立ち入り禁止地帯にゃ。長い棒を見つけてくるにゃ」

 ロクヨちゃんは奥の森へ向かって、キリリキくんは辺りを見渡している。その間も鎖に引っ張られた。後ろを向くと、ねじれた景色が目の前まで迫った。


「離してよ。私が何したのよ。私は人間よ」

 束になった鎖が体に巻き付いている。両手で鎖を引っ張ったけれど取れる気配はない。体中を動かして抵抗したけれど鎖は動きを止めなかった。


 景色の一部に空間が存在していて、中は真っ暗だった。目の前に空間が迫ってくると、恐怖のあまり体が動かない。真っ暗な空間が近づいて怖くなって目を閉じた。

「必ず助けに行くぞ。諦めるな」

 耳の中にキリリキくんの声が通り抜けたのと同時に、体へ衝撃が走った。


「痛い。何が起こったの?」

 目を開けると草木が顔にぶつかっている。地面に叩きつけられたみたい。体に巻き付いた鎖を引っ張ると、今度は簡単に取れた。考える暇はなかった。無我夢中で立ち入り禁止地帯の外まで逃げた。


 キリリキくんとロクヨちゃんの姿を見つけたので、近くまで行って抱きしめた。ロクヨちゃんのふわふわ感触が安心を与えてくれる。

「視覚系だ。何故この場所にいる。不自然だぞ」

 キリリキくんが指さしたさきには、2体のぬいぐるみがいた。視覚系みたい。


 姿は絵でできているから、間違い探しか迷路に思えた。もう1体の視覚系は何本もの糸が飛び出している。色とりどりの細い糸で、糸の先端は私が捕まっていた場所にあった。糸には鎖の破片が絡まっている。


「あの糸が鎖を切ったのかな。それで私は助かったのね」

「素早い動きだったが間違いない。今はねじれた空間を修復しているぞ」

 視覚系が空間を直していて、揺らぎがあるけれど元の状態に戻っていく。今頃になって手が震えてきた。さすがの私でも冷静ではいられない。ゆっくりと深呼吸したら少しだけ気分が落ち着いた。


「視覚系は悪い奴らのはずだ。立ち入り禁止地帯にどうして入れる」

「私たちのルールが適用されないかもにゃ。別の世界から来たかも知れないにゃ」

 視覚系は何処から来たのか分からない。状況を考える余裕ができたので、周囲を見渡した。信じられない光景が目に入る。


「知っている人がいる。黒木さんよね。どうしてナクユにいるのかな」

 黒木さんが視覚系と一緒にいた。ナクユに来て初めて人間の大人に出会った。

「おかしいにゃ。特別な大人とは違うにゃ。特別な大人以外は来られないにゃ」

 黒木さんがこちらに歩いてくる。落ち着いた態度だった。


「黒木さんで間違いないよね。何故ここにいるのかな」

「本物だよ。並戸さんが無事でよかった。まだ危険があるかも知れない。1番近いスケルトン国へ避難してほしい」

「お前は何者だ。特別な大人ではないはずだ。感覚的に怪しいぞ」

 キリリキくんが割って入った。


「私のパズルを担当している編集者よ。怪しくはないかな」

「元の世界に戻ったら詳しく話す。今は危険を回避するのが先だよ」

 黒木さんは、キリリキくんの質問には答えなかった。黒木さんは駆けだして視覚系がいる場所へ戻って、立ち入り禁止地帯の奥へと姿を消した。


「何処から来たかにゃ? さきほどの鎖も不明にゃ。わからない事件ばかりにゃ」

「俺も知りたいぞ。でも今は並戸の安全が先だ。スケルトン国へ向かう」

「鎖は嫌いにゃ。美奈さんが最優先にゃ。急いで移動するにゃ」


 キリリキくんの案内でスケルトン国へ向かう。私は息が切れるまで走った。途中では何事も起こらなくて、無事にスケルトン国へ到着する。今日は進められる状態ではなかったので、ナクユのジュエリーを思い浮かべて元の世界へ戻った。

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