第16話 大事なナクユのジュエリー
夕方の時間にリビングで休んでいた。
キリリキくんとロクヨちゃんはテーブルの上で遊んでいる。ロクヨちゃんは踊るのが好きだった。ロクヨちゃんの尻尾を眺めていると玄関のチャイムが鳴ったので、玄関を開けると制服姿の明日香ちゃんがいた。
「数学の応用問題がわからないの。明日も授業があるので教えて欲しいかも」
「仕事の区切りはついているよ。ゆっくり教えられるかな」
明日香ちゃんをリビングに案内した。
キリリキくんは慣れてきたようで、テーブルの上を堂々と歩いていた。明日香ちゃんには見えないけれど不安はある。ロクヨちゃんは状況を心得ているみたいで、リビングの隅で休んでくれた。
「難しい問題があったの。教科書が一杯あって探しにくいから、中身を出すね」
明日香ちゃんは鞄の中身を取り出して、テーブル上に教科書や文房具を並べる。
「教科書は同じ大きさが多いよね。並べやすいけれどわかりにくいかな」
「見た目も似ているの。鞄へ入れるときに間違えるかも。この教科書かも」
無事に見つかったみたいで、取り出した物を鞄に戻し始めた。明日香ちゃんの手が鞄に当たると、鞄は勢いを増してテーブルの上をすべる。
「危ない!」
とっさに鞄へ手を伸ばしたけれど、間に合わなかった。鞄と一緒にテーブル上の品物が床に落ちた。直後に床へぶつかる音が室内に響く。
「慌てると駄目かも。すぐ拾いますね」
明日香ちゃんは落ちた品物を拾って鞄の中にしまった。私は床をみて何も残っていないのを確認する。ガラス製品などの割れ物がなくてよかった。
「壊れた物はないから気を取り直して始めるね。不明点は何処かな」
「最後の問題が理解できないの。美奈お姉ちゃんはわかりますか」
明日香ちゃんが目的の頁を開いた。教科書の問題を読み始めると、確かに中学生では難しい問題と思われた。わかりやすく教える必要があるから、頭の中で説明の順番を整理する。
「視点を変えれば解きやすいよ。最初は右辺から式を展開する。次に――」
何度か質問に答えていくと、明日香ちゃんは最後には理解してくれた。役に立ててよかった。明日香ちゃんは他の問題でも疑問点があったみたいで、わかりやすいように要点のみを教える。
「数学は苦手なの。何度か聞かないと覚えられないかも。でも美奈お姉ちゃんのおかげで難問は理解できたの」
「無事にわかったみたいでよかった。数学なら何でも教えられると思うから、いつでも来てね。遊びで来てくれても平気よ」
外が暗くなると明日香ちゃんが帰ったので、夕食の献立を考えながらリビングに戻った。キリリキくんとロクヨちゃんがテーブル上で飛び跳ねている。初めて見る光景で、何をしているのか分からない。
「大変だ。並戸! すぐに――」
キリリキくんの姿が揺らいだ直後に目の前から消えた。ロクヨちゃんも同時に姿が見えなくなった。
「何が起きたのかな。今までは急に消えなかった」
私がいないときにナクユへ戻ると聞いていたけれど、キリリキくんの声は切迫感があった。意図せずに消えたみたい。
その場に立ち止まってテーブルの上を凝視した。頭の中を回転させたけれど、理由が思い当たらない。数分が経過しても、まだキリリキくんとロクヨちゃんは戻らなかった。ルールを知らないパズルを解いている気分だった。
椅子に座って状況を整理したけれど、直前まで変わった行動はしていない。ナクユで事件が起こったのかもしれない。私だけでもナクユに行けるかな。
視線をテーブルの上に向けると綺麗に片付けられている。綺麗すぎる。
「ない。ナクユのジュエリーがない。明日香ちゃんが来る前はテーブルの上に置いてあったはずよ」
勢いよく立ち上がって、テーブルの下や周囲をくまなく探した。ナクユのジュエリーは出てこなかった。ナクユの世界に戻ったのかもしれないけれど、今まで聞かされていない。
先ほどまでの状況を思い出した。
「ナクユのジュエリーは明日香ちゃんの鞄かも知れない。キリリキくんとロクヨちゃんが消えたのは、ナクユのジュエリーと関係がありそう」
明日香ちゃんは勉強前に鞄を落とした。急いで家を飛び出して、明日香ちゃんの家に全力で走った。
ナクユのジュエリーは明日香ちゃんの鞄に入っていた。無事に見つかってほっとした。自宅に戻ってテーブルの上にナクユのジュエリーをおいた。手にとると同時にキリリキくんとロクヨちゃんが姿を見せる。
「ナクユのジュエリーをなくすな。感覚的に重要とわかるだろ」
キリリキくんの第一声だった。
「ごめんね。テーブルから落ちたと気づかなかったのよ」
「ナクユのジュエリーは重要にゃ。私たちと人間の世界をつなぐ大事なものにゃ」
キリリキくんとロクヨちゃんにとって重要な宝石みたい。今度から無くさないように注意する必要がある。
「明日香ちゃんの鞄に入っていたのよ。でもどうして消えたのかな」
「人間の世界ではナクユのジュエリーを介して、私たちは姿を見せるにゃ。ナユクのジュエリーの近くから離れられないにゃ」
「並戸がナクユのジュエリーに触ると場所が特定できるぞ。家に戻ったのを確認できた。それまではナクユで待機していた」
郵便封筒にあったナクユのジュエリーを思い出した。宝石を触ると同時にキリリキくんとロクヨちゃんが現れた。
「ナクユのジュエリーが大切とわかったから、今度からはいつも身近に置くね」
「並戸は俺が知らない言葉を話す。賢いと思っていたが間抜けでもあるぞ」
キリリキくんが強気な態度だったけれど、今回は私の落ち度で何も言い返せなかった。ちょっとだけ悔しい。
「キリリキくんはナクユに戻ったよね。その状態で話せないかな」
「当然できない。例えば俺がナクユにいてロクヨが人間の世界にいる。それならロクヨを介して並戸とは会話ができるぞ」
「どちらかは私の近くにいる必要があるのね。何かのときに役立ちそうかな」
「感覚的にわかるだろ。並戸はナクユについて勉強が必要だ」
聞かないとわからないと、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。今日のキリリキくんには反論しないのが得策に思える。
「私がナクユのジュエリーを持ち歩いたとするよね。その場合は家の外でもキリリキくんとロクヨちゃんに会えるのかな」
素朴な疑問だったので聞いてみた。
「基本的に何処でも平気にゃ。持ち歩く時はなくさずに気をつけるにゃ」
ロクヨちゃんからも釘を刺されたけれど、持ち歩けるのなら試したい。綾音ちゃんがナクユを知っているか調べられる。
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