第5話 見えないぬいぐるみ
キリリキくんとロクヨちゃんをリビングにおいて、午後も寝室でパズルを作成していた。ロクヨちゃんのためにも早めにパズル作成を終わらせたいので、締め切りが1番早いお絵かきロジックから始めた。
お絵かきロジックは数字をヒントにマス目を塗りつぶすパズルで、名前からもわかるように解くと絵が現れる。パズルの中では珍しく作成には絵心が必要だった。
寝室にはパズル作成に使う資料やパソコンがあって仕事場を兼ねていた。パズル作成は集中力が必要で、パズルを解くときも集中すれば負ける気はしない。
3問目のお絵かきロジックを作っていて、答えの絵を考えていると玄関のチャイムが鳴った。玄関に行って扉越しに確認すると、近くに住んでいる親戚の
明日香ちゃんは中学3年生で、私よりも小柄ですらっとした体型だった。目鼻立ちも整っていて、お人形さんみたいに肌も綺麗でうらやましい。
明日香ちゃんの両親は私の育ての親でもあった。私の両親は小さい頃に行方不明となったけれど理由は知らない。いつの間にか明日香ちゃんの家にいて、明日香ちゃんとは姉妹も同然に育ててもらった。
「美奈お姉ちゃん。数学と英語でわからない問題があるの」
昔から明日香ちゃんに勉強を教えていたから、私がひとりで住むようになっても遊びに来てくれる。最近は遊びよりも勉強の時間が多かった。
「5分もあれば仕事の区切りがつくから、リビングで待っていてね」
「参考書を読んでいるから大丈夫なの。お仕事を優先してほしいかも」
明日香ちゃんがリビングに向かうと赤色リボンがツインテールと一緒に揺れる。リボンはリズムを刻んでいて今日はチェック柄だった。パズルのマス目みたいで、キリリキくんとロクヨちゃんに雰囲気が似ていた。
忘れていた。思い出した。
「ちょっと待ってね。今からテーブルの上を片付ける」
リビングにはキリリキくんとロクヨちゃんがいる。動かなければ姿が変わっているぬいぐるみで済むけれど触れない。喋ったりしたら説明できない。
明日香ちゃんのあとを追ってリビングへ入るとキリリキくんとロクヨちゃんはじっとしていた。テーブルの中央で存在感を示している。そのまま動かないでほしいと心で念じながら、急いでテーブルに近づいた。
「慌てるほど散らかっていないの。テーブルの上には何もないかも。昔から整理整頓が上手なの。私も見習いたいかも」
予想外の言葉に動きを止めてしまった。キリリキくんとロクヨちゃんが邪魔ではないらしい。意味が理解できないままに立ち止まっていると急にキリリキくんが立ち上がった。手を伸ばして止めようとしたけれど間にあわない。
キリリキくんがテーブルの上を歩き出した。何も言い訳ができない。
明日香ちゃんへ顔を向けると、明日香ちゃんは椅子に座ってテーブルの上に鞄をおいていた。ひとつひとつの動作を緊張しながら見守る。明日香ちゃんの目の前をキリリキくんが通り過ぎると、暑くもないのに汗が滲み出てきた。
予想に反して明日香ちゃんは平然としている。
「もしかして動くぬいぐるみを知っている? 何処かで見たのかな」
「何の話しですか。テーブルの上には、ぬいぐるみは置いていないかも」
明日香ちゃんは不思議そうな顔を私へむける。
「テーブルの上には何もないの? 何も見えていないのかな」
「お化けでもいるのですか? 私はホラー系が苦手かも」
理由は不明だけれど、見えていないみたいで助かった。
「ごめんね。パズルのヒントを考えていたのよ。テーブルの上に置く品物は何かと思ってね。人によって想像する品物が異なるよね」
「あまり脅かさないでほしいの。焦ったの。テーブルの上なら花瓶かも」
「大きさや色、花の本数をヒントにできるかな。花瓶はパズルに使えそうね」
明日香ちゃんは不安そうにテーブルの上を見ている。動き回るキリリキくんとは視線があっていないから安心ね。急いで寝室へ戻って、必要最小限の用事を済ませてきた。明日香ちゃんは参考書を読んでいて、歩くキリリキくんには気づいていない。
「用事が終わったよ。これでゆっくりと答えられるかな。最初は何が知りたい?」
「数学なの。この問題から教えて欲しいかも。途中から間違うの」
「どの辺が解きにくいのかな。明日香ちゃんの解き方を見せてね」
該当する問題を解いてもらって間違う場所を把握した。式を展開する途中で間違えていたみたい。説明する部分が把握できたので、解き方を重点的に教えた。
1時間後に数学が終わったので、コーヒーとお菓子を用意して休憩をとった。周囲を見渡すとキリリキくんとロクヨちゃんはテーブルから降りていた。リビングの隅で休んでいる。見えないとわかっていても心配だった。
「志望高校は決まったのかな。どの高校でも合格できるとおばさんから聞いたよ」
「調子の善し悪しで波があるの。市内の高校で受験するつもりなの」
「どの高校へ行くにしても受かるとよいね」
受験は通常の試験と異なって、受験の緊張感は別物だから頑張って欲しい。
「美奈お姉ちゃんはこのまま市内にいるの? 近くにいると私は嬉しいかも」
「今はそのつもりよ。インターネットで大抵の品物は揃うしね。東京までは電車で少し時間はかかるから不便だけれど、無理して東京へ行くつもりはないかな」
「結婚しても? もしかして遠距離恋愛しているのかも。詳しく知りたいの」
身を乗り出してきて興味のある目をしている。おばさんにも結婚を聞かれているけれど、パズルを解くよりも難しい答えだった。
「まだ相手はいないかな。私の恋愛価値に会う人がいないのよ」
「彼氏はいないの? 私から見ても美奈お姉ちゃんはきれいなの。彼氏がいると思っていたかも。美奈お姉ちゃんは昔から目標が高いの」
「恋人ができたら教えるね。気分転換はできたから、次の科目は何かな?」
明日香ちゃんが英語の参考書を取り出した。苦手分野だったので手に汗が滲んでくる。説明するのに苦労して時間はかかったけれど夕方前には終わった。暗くなる前に明日香ちゃんは帰った。
明日香ちゃんを見送ったあとに、リビングで椅子に座った。明日香ちゃんとの会話は気兼ねなくできるから、またお喋りをしたい。キリリキくんとロクヨちゃんを眺めた。歩いたり座ったりしている姿は心が和む動きだった。
「明日香ちゃんには見えない。でも私には認識できる。何故か知っているかな」
ロクヨちゃんが動きを止めて私のほうを向く。長い尻尾は波を打っていた。
「私たちが見えるのはナクユに来た人間にゃ。誰でも見えるわけではないにゃ。見えない人間には私たちの声も聞こえないにゃ」
「1回行けば誰でも見られるのかな。でも私は行く前から見えていた」
「全員は来られないみたいにゃ。理由は不明にゃ。美奈さんは特別な大人にゃ」
「明日香ちゃんには見えなくて助かった。さきほどは本当に焦ったかな。来られない人もいるのは何か理由でもあるのかな」
「感覚的にわからないか。ルールだからだ。それで構わないじゃないか」
自慢げに話すキリリキくんがいる。腑に落ちない点もあって、ナクユの世界は知らない情報で溢れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます