イカルスの尖兵

 ルナエのエージェントC12がテイムしたストームホークに案内してもらって、道端に仰向けに倒れている彼女を見つけた。


「騎士様……逃げて……、『イカルス』の尖兵が現れたと……『影』に知らせて……」


 馬車を止めて彼女の元に駆けつけるとその旨を伝えられたが、まずは彼女を助けることだ。


「じっとして、今傷を確認するから」

「わたし……もう長くないから、はやくにげて」

「駄目、見殺しはできん」


 探知魔法で様子を確認すると、胸に魔力の刃で出来た傷二つがあり、その一つは心臓の深くまで届いたそうだ。しかも心臓がもう止まっている。彼女が言う長くないのは、辛うじて魔法で身体機能を維持していることだろう。繊細な操作が必要で消耗も激しい。魔力が尽きるまで治療の手段を見つけないと命が助からない。


 口ではそう言ったが、スーちゃんを送り出した後も延命措置を続けているのは彼女だって諦めたくない証拠だろう。ただエージェントとして自分より任務を優先しただけなのだ。


 俺の治癒魔法は残念ながらこんな深い傷を治れない。それに外部の魔力を受け入れると延命措置の魔法が干渉されるのは疑いようがない。つくづく肝心な時役に立たないものだ……。


 幸いこの任務のために購入した回復用霊薬があるから俺はすぐそれを取り出した。


「それは騎士様の……だめ」

「大人しく飲め、これは高いから零すんじゃないぞ」


 C12の頭を支えながら霊薬を飲ませる。


 死の恐怖から解放された彼女は強張った体が解れて、安堵な表情を浮かべた。再び傷に手を当てて探知魔法で様子を見たが、もう傷はきれいに治っていて、胸から鼓動を感じ取れた。


「騎士様はなんで私を助けるの?貴重な霊薬を使ってまで……」

「そいつは念のためのものだ、俺が傷を負わなければいい。お前は王国のエリートだろ。お前の命は霊薬よりも貴重だと分かってほしい。それに助ける理由は……、強いて言えば俺は騎士だったから」


 本音を言うと、俺はもう仲間が散るのを見たくないから……。


「護衛さん、その子の様子は?」


 馬車の乗客に危ないから出てこないようにと言ったけど、ソムリエが我慢できずやってきた。


「致命傷を負っていたが霊薬で回復させた。今は安定している」

「そうか、よかった。……あら、護衛さんはもう猫を被るのをやめたのね」


 他の人がまだ馬車の中にいるのを確認し、俺は改めて事情を説明する。


「この際だからはっきり言おうか……。俺はヴィルヘルム、王家から直々に任命された護衛で、この子はサポート役のエージェントだ」

「そうね。ただならぬ者だとは分かっていたけど」


 突然、C12が顔をしかめて苦しむ。


「どうした?まだどこか痛いのか」

「ちがう。敵を足止めしているお姉ちゃんが危ない」


 双子の感応能力か……。


 ということは、延命措置をしていたのは姉に絶望を与えないようにするためでもあったかもしれないな。


「せっかく庇ってあげたのに、お姉ちゃんが足止め役に買って出たの。このままじゃ私だけが生き残ってしまう。そんなのいや……」


 先程とは違い、自分の死よりも強い恐怖を感じる彼女は酷く震え出した。


 感応能力の強い双子は、同じ日に天寿を全うすると聞く。片割れが不慮な事で先に命を落としてしまうともう一人は心にぽっかりと埋められない空洞が生まれるらしい。


「姉を助けてほしい?」


 俺の服を掴む手を緩み、彼女はこくりと頷いた。


 自ら願ってこないのはやはり『影』として任務より個人を優先するのは難しいのか。王家直属のルナエの忠誠心は騎士よりも高いと聞いているし相当葛藤しているだろう。


「ああ、分かった。任せろ」

「え?でも……」

「任務に支障を出ないと俺が判断した。万が一の場合は俺が責任を負おう。まずは敵の規模など戦闘に役立つ情報を手短に教えてくれ」


 それを聞いたC12は目を見開き、そして感情の波をぐっとこらえて凛とした顔つきで語り出した。


「敵は反王国組織、コードネーム『イカルス』の尖兵一人のみだが、魔駆動軽装甲を纏ってる」

「スペックは分かるか」

「大幅に改造を施されたので詳しくは……。ベースはノースクレイリア製の『ホッパーII B』だと思う」

「ノースクレイリア……」


 ノースクレイリアの錬金兵器はかなり厄介だ。デルタ隊の頃ホッパーIIと戦ったことのある俺は分かる。彼女らが苦戦するのは無理もない。


 しかもそのスペックから大幅に改造を施されたのだ。デルタ隊のメンバーと互角に戦えたアレが……。


 そこで静観していたソムリエが口を開いた。


「あの、ちょっといい?」


 彼女は王国に招かれる技術者本人だから、もしかすると俺の決定に異を唱えるかもしれない。


「護衛さんはプランとかある?」

「馬車にステルス機能があるからそれを使って皆は中で待機してほしい。その間に俺は彼女の姉を助ける」

「それってどれくらい持つの?」

「馬車が動いてないから30分くらいかな」

「護衛さんが30分過ぎても戻ってこないことや、万が一見破られる場合は?」

「それは……」

「そもそも戦闘が長引いて重傷を負った人を助けられない可能性だってある」「……」


 ソムリエが言っていることは正論だ。俺一人ではやれることは限られている。この人を説得するのは無理かもしれないが、それでも俺は諦めたくない。


「一刻を争うから単刀直入に言いましょ。貴方のプランは最善ではない、だから私に手伝わせてほしいんだ」

「え?」


 ソムリエの提案は意外な物だった。正直言うと俺の行動に反対すると思っていたから。


「まず彼女を馬車まで運びましょ」

「ああ」


 C12を馬車まで運んで、他の人に彼女が別行動していた冒険者パーティーの仲間カミールだと嘘をついた。


 そしてソムリエがトランクケースからものを取り出してテキパキと何かを組み始めた。宝玉8個と棒12本、見覚えのある組み合わせだ。

「それってもしかして錬金陣か」

「へー、やっぱり分かるんだ。……よし!組み終えた。さあ、その魔導銃を貸して。バレルを強化するから」

「え?どういうこと」

「時間が惜しいからやりながら説明するわ。私のプランを含めてね」


 この前は魔導銃をじっくり観察していたが、外見から解体のやり方を判断できなかった。


 なのにソムリエが魔法……、おそらくは錬金術であっさりバレルを外した。もしかするとこれは錬金術でしか解体できないかもしれない。


「このままじゃあと数発でバレルが壊れるわ。あの威力で暴発するのは危険だから補強しなきゃ」


 ソムリエが言いながらバレルを錬金陣に放り込んで、いくつの素材を加える。


「そっか……!そこまで考えなかった」

「弾丸の魔力で推測すると、これは元々弾倉に入れてある分だけを耐えるつもりだったんだね。でも予想外のことが起こった」


 同調の思わぬ効果……。


「私だって同調にそんな効果があるなんて知らなかったからその錬金術師さんのせいじゃないよ」


 錬金陣の中で金属粉らしきものと溶液が渦巻き、バレルに融合する。


「私の案だけど、私が護衛さんと共に彼女の姉を助けに行って、その間彼女が馬車を率いてソラリスに救援を呼びに行く」

「待て、それは危険すぎる」

「大丈夫、奴らが狙ってるのは私だけだから。出発直前、私は悪意のある視線を感じた。おそらくもう私の外見と乗る馬車を把握してて、無闇に別の馬車を襲うことはないと思うんだ。だからステルス機能をオーバーライドしてキャビンの色だけを変えたら……」

「違う。ソムリエさんの方だ。ノースクレイリアの錬金兵器は危険だぞ」

「だから専門家がいる方がいいと思わない?それに彼女の姉が重傷を負っていたら誰が手当てするの?貴方は戦闘と同時に治療できないでしょ」

「それは……君が正しい」


 言い争っている暇がないし、ここは理に適っている方に従うべきだ。


「出来た」


 バレルの表面に光っていた模様が収まり、ソムリエがそれを魔導銃に戻した。


「はい。ソムリエ特製の合金で補強し、自己修復材質を織り込んだよ。3分以上発射間隔を空けばギリギリ8発目までは耐えてくれる」

「ありがとう、ソムリエさん」


 そういえば俺のこと猫被るのをやめたと言っておきながら自分はまだ猫を被っているのだな。


「それじゃ私は準備するから護衛さんは皆に説明して」

「分かった」


「C12、調子はどう?」


 俺は近くに休んでいたC12に話かけて、様子を確認する。


「はい、体力も戻ってきたので代わりに護衛を務めれる。だからお姉ちゃんのことをお願い!」

「ああ、任せて」


 そして俺は皆に護衛交代のことについて説明した。近くに危険な魔物が現れて、交易路を脅かしている。ちょうど仲間が討伐に向かって傷を負ったが今は回復して、俺が魔物を討伐する間彼女が代わりに皆の護衛になってくれると。


 不安がる人もいたが、ソラリス王国に近づいたことで交易路の治安がよくなり、盗賊に遭遇する可能性はかなり低くなっている。路程はあとわずか数時間だし危険はないはずだと何とか説得できた。



 スーちゃんに案内してもらって、俺とソムリエは森の深くまで入り込んだ。目的地から1キロ離れたところで俺達は最終確認をする。


「そのマントの使い方は分かるか」

「もちろん、でもいいの?貴方のために作られたものでしょ」

「いいのだ。俺は気を引き付ける役割だからそのマントの出番がない。それとこの回復用霊薬を、いざという時彼女に使ってほしい」


 計画は戦闘が始まったら、彼女がチャンスを伺ってステルス機能を利用してC11を救助するのだ。


「あ、忘れるところだった。護衛さん、ミニミサイルには気を付けて」

「ミニミサイル?」

「これ、準備していた時カミールから渡されたの」


 ソムリエの手のひらに乗っているのは何らかの弾頭らしい。


「これは目標に追跡して、至近距離で魔力の刃を放つ道具だよ」

「なるほど、気を付けよう。それにしても、ソムリエは本当についてきていいのか。他に危険が潜んでいるかもしれないぞ」

「ゴールデンソムリエを甘く見ないでほしい」


 ソムリエが背中から金属の棒を取り出した。そして錬金術で変形させ、長い銃の形になった。


「ちゃんと武器を持ってる。この子はアスターMk2、私のカスタム製アサルトライフル型魔導銃で信頼できる相棒よ」

「え、棒が銃に!?」

「ん?初めて見たの?これはマテリアル圧縮という、持ち運びやすくするように物の形を変える技術よ。ばねと考えれば分かりやすいかな。興味があるならあとでゆっくり説明してあげる」


 ばねか、つまり小さくなっても質量は同じという訳だな。


「ああ、後で聞こう」


 この話をエレナに教えたらきっと喜んでくれるだろう。


「事前に話しておくけど、救助対象が安定化した後、私はそちらに戻って錬金兵器の対策をする」


 ソムリエが小さくなった錬金陣と、とある魔道具を見せてきた。


「この魔導回路干渉装置を調整するために、アスターちゃんのスコープで魔駆動装甲の波長を測る必要がある。私が近付く時は新手の敵だと勘違いしないでほしい」

「それは大丈夫、もうソムリエの気配は分かったから」

「……貴方って器用ね」


 感心したような、呆れたような表情になったソムリエ。


「それとこのプロテクターを。攻撃を検知して相応の魔法障壁を展開する魔道具で魔力効率がかなりいい。魔力が足りない時は甲高い音がするからそれだけは気を付けるように」


 菱形のプロテクターが渡された。


 そしてソムリエも戦闘態勢に入り、残りのプロテクターを浮遊魔法で自分の周りに浮かべた。


 1、2、3……。どうやら彼女は4枚しか持ってないようだ。それなのに1枚を分けてくれた。


「最後に、私は戦士じゃないのに余計なお世話かもしれないが、ソムリエとして言えるのは護衛さんが持ってる武器で一番頑丈なのはその長剣だよ。命を預けるなら一生懸命頑張ってくれた彼女に」


 確かに、今日実戦で使った感想として、エレナが作ってくれた長剣は本当に優れた武器だ。ってあれ、知り合いの錬金術師について詳しく話していないはずだが、ソムリエはなぜ女だと分かるのか……。


 いや、今は余計なことを考えるのはやめよう。


「分かった。いろいろありがとう。ソムリエさん!」

「どういたしまして。それでは行動開始と行きましょか」


 ……


 教えられた場所までやってきて、戦闘の痕跡を辿って進む。


 どうやらC11が敵を交易路とは逆方向に誘導しようとしたらしい。不可解なのは、もしその敵が襲撃計画の一部だったら最初から交易路で待ち伏せしていたと思う。もしかして違う目的があるかもしれない。


 森を慎重に進んでしばらく、開けた場所に出てきた。周りが酷く破壊されていて、激しい戦闘を物語っている。そしてC11が木の下で倒れているのを発見した。


 安全を確保するまでソムリエは離れた場所で隠れる手筈だから俺一人で彼女に近づく。


「大丈夫か」


 指を総頸動脈に当てる。脈動は微弱だがまだ生きている。


 しかし……これは明らかに罠だ。手足の要所が魔力の刃で切られておそらく動けない。命まで奪わないのは救助しに来る者を襲うつもりだろうか。


 森の中にいるので探知範囲はかなり狭くなっているが……。


 罠だろうが引っ掛かってやろうじゃないか。


 C11の胸にプロテクターを置き、腕を背中に回して膝の下に差し入れて体を抱えあげようとする。


 すると左側から魔力の反応がした。


 俺はすぐに左手で短剣を取り、襲い掛かってくる二つの投射体を打ち落とした。両断されたミニミサイルと呼ばれる投射体が地面に落ちる前に素早く魔導銃を抜き、狙いを定めて撃ち放った。


 閃光が空気を切り裂いて、日が沈みかけて暗くなっている森を一瞬照らした。次の瞬間轟音と共に凄まじい爆発がした。


 弾丸が通過した空間には風圧で引き裂かれた木々が倒れている。


「150メートル、当たった」


 当たっていなければもっと後ろで爆発していた。


 巻き上がった塵の中にはでかい黒い影がある。


「マジか……こんなことありかよ」


 そしてソレが独り言をしながらゆっくりと煙から出てきた。その黒い影の正体魔駆動軽装甲を装着し、2メートルほど高い巨体なのである。


 どうやら装甲自前の魔法障壁で攻撃の大半を防いだが、右肩にある発射器が少し破損したようだ。


「何者だ」


 まずは次発まで時間を稼いで相手の装備を観察させてもらう。


 全身が装甲に覆われていて、右手には大剣を持っている。正面からは魔駆動コアらしき部位が見当たらないのでおそらく普通のホッパーIIと同じく背中にあって、装甲で厳重に守られている。


 俺が戦ったことのあるホッパーIIと違うのは、胸のノースクレイリアの紋章が削られてなくなり、代わりにこちらが『イカルス』と呼んでいる組織の紋章が描かれている。他にはホッパーIIにはなかった肩兵装があり、首回りは環状のパーツが付け加えられているのだ。


「何者って、お前らがイカルスと呼んでる組織の手下でいいだろ?」


 俺らそれぞれ仮面とヘルメットを被っており、お互いの表情を読めないが、彼が不敵な態度を取っているのははっきり分かる。


「イカルスがお前を派遣したのか。技術者を攫うために」

「はっ、技術者を攫うなど下級でくっそつまらん仕事は下っ端に任せてる。オレ様の仕事は『影』の捕獲だぜ」

「……」


 なるほど、諜報活動の対策かもしくは情報を得るためか。


「この前捕まえたやつは壊れるまで口を割らなくて困ったねぇ。オモチャとしては役に立つがなあ」


 威勢のいい大声が森で木霊する。俺を挑発しているのは見え見えだ。


「今回来てみたら美人の双子で楽しみだったのに、片割れが勝手に動いて致命傷を負ったってよ。両方捕まえたら口を割らせることができるかもしれないのにねぇ」

「双子だからって口を割ることはないだろう」

「ははっ!やってみなきゃ分かんないだろ?それにオレ様にとっちゃ結果はどうでもいい、楽しみはその過程だ。双子を犯せるチャンスはなかなかないぞ?」


 こいつ……。


 挑発であると分かっているのに、効いてしまっている。


「もう一人が魔獣を放ったから『影』の増援を期待していたがまさか来たのは野郎とは……アイツらにお土産をやると思ったのにがっかりしたぜ」

「罠を仕掛けるために彼女の手足を……」

「使えるのはアソコだけでいいからな」


 ああ、やるべきことは分かった。こいつだけは逃がさん。


 素早く魔導銃で二発目を放った。


 しかし――


「お前……アレが魔法の大技じゃなかったのかよ。まさか魔導銃だったとは」


 奴が大剣でそれを防いだ。こいつの反応能力はもちろん、装甲の性能も申し分ない。


 二発目も防がれてしまったが、収穫がない訳じゃない。


 今の攻撃は頭部じゃなく首周りの環状パーツを狙っていた。通常のホッパーIIにはないパーツだから何らかの機能があるかもしれないと踏まえた判断だ。


 彼が大剣でブロックするのはそのパーツが大事な機能があるのと、通常のホッパーIIを上回る性能とはいえ今の発射器のように装甲自前の魔法障壁ではすべての攻撃を防ぎきれないことだ。


 普通なら魔駆動コアを破壊するか魔力が尽きるまで耐えるかだが、こいつならなるべくパーツ破壊を狙った方がいいかもしれない。発射器まだ稼働できそうだし脅威なのだ。


「ふん、さすがはソラリスの戦士、良い観察眼じゃないか」


 そしてイカルスの尖兵は大剣を構え――


「だから速戦即決で殺してやらないとな!」


 尋常じゃないスピードで襲い掛かってきた。


 俺はそれを咄嗟に長剣で受け流した。


 攻撃は単純だから来る方向は分かるが、回避が間に合わないほど早い。俺は防御を取るしかなかった。


 しかし、魔駆動装甲であの常識外れのスピードは体への負担が大きいはず。いったいどうやって……?


「はっ、やるな。あの逃げ回る『影』とは違うようだ」


 考える暇もなく次から次へと攻撃がくる。なるべくパリィして衝撃を軽減するがその単純な暴力では1割でも大きいのだ。


「まともに戦うもんか」

「っ!?」


 巨刃を弾いて距離を取ったら、いきなり彼の左肩パーツが変形して発射器が現れた。次の瞬間4本のミニミサイルが発射された。


 長剣で二つを切り落とし、残りを魔法障壁で防いだが、彼が突進してきて大剣を横に振る。


 直ちにカンを左手に召喚し左からの攻撃を受け止めたが、その衝撃で右へ大きく吹き飛ばされた。


 何とか武器と体に二重魔法障壁を張っても全身が痺れる。やはりまともに受けてはいかん。


 すぐ体勢を整え直して二つの武器を構える。


「武器召喚か、へぇ」

「そんな珍しいものじゃないだろう」

「戦闘中複数の武器を使いこなせるやつ滅多にないがな」


 そしてまた剣と剣を交え、魔法とミニミサイルが飛び交う。


 こいつは隙が無いように見えても戦ってみれば動きが鈍くなる瞬間はあると分かった。その魔駆動装甲の体への負担は無視できないはずだ。


 しかし魔駆動装甲が稼働している限り、有効打を与えられるのは魔導銃だけ。無理をせず錬金兵器に詳しいソムリエの対策を待った方がいいかもしれない。


 それにC11の様子を横目で確認すると手足の出血はまだ止まっていないようだ。戦闘が膠着状態になっても時間は俺の味方になってくれない。


 何とか広範囲魔法で辺りを魔力で汚染してソムリエにチャンスを作ってあげないと……。


「なんだ、そんなにその女を気に入ってるのか。俺様らの組織に入るならやるよ。見たところお前はウェポンマスターを目指してるだろ?他に強くなる方法が俺様らの組織にある。お前の素質ならお前の国でいうセイントのやつらを超えられるかもしれないぜ」

「断りだ」

「何?」

「力は目的じゃなく己の理念を貫き通す手段の一つにすぎない。俺はあくまで人々とその生活を守りたいだけで、強くなるために彼らを裏切るのは本末転倒だ」

「ふん、理念とか綺麗事言うのはいいが、汚い手段対応できるかなぁ?さあ、自分と他人、どっちを選ぶか見物させてもらうじゃないか!!!」


 彼が動き出したが進行方向は俺にじゃなくて倒れているC11だった。どうやら俺が身を張って彼女を守ると期待した


 これはチャンスだ。


「ほらッ!!!お前も自分を選ぶんじゃないか」


 奴が彼女の手足に目掛けて大剣を振り下ろす。


 だがその大剣がC11に届く前に、彼女の胸から眩しい光を放ってその刃を弾いた。その反動があまりに大きくて彼の腕が後ろに回り、大剣が彼の後ろの地面に刺さった。


「くそ、防御用魔道具か」


 準備が終わった。


『星を砕け、常夜を照らす』


 ――『流星雨』


「さ、踊るがいい」

「な……に?広範囲殲滅魔法!?」


 無数の光が降り注ぐ。その一部が彼に追跡するように調整した


 最初は装甲の魔法障壁だけで耐えるつもりの彼が、しばらくしたら回避行動を始めた。どうやらコアの出力では回避行動の方が長く持つらしい。


「戦術級魔法を使えるやつがなぜ魔導士じゃなく剣士に……」


 戦術級魔法は軍事において魔法の分類だが、その言い方だとこいつは元軍人か。


「武器召喚に戦術級魔法……思い出したぞ……!俺様の中隊をたった一人で全滅させたソラリスの謎の騎士!」


 降り注ぐ光を避けながら彼が吠えた。


「魔法の見た目を変えたからってバレないとでも思ったのか!?」


 俺がデルタ隊にいた頃のことか……。アイデンティティ隠蔽のために皆魔法の見た目をコロコロ変えていた。残念ながらノースクレイリアと衝突が多い時期だったから彼の中隊がどれかまったく見当がつかない。


 この辺りが魔力で充満しているのを確認して最後の仕上げをする。


 光の雨に紛れて魔導銃を撃った。魔法のおかげで彼の回避行動は容易く予測できる。そして一際大きい光が装甲の脚部パーツに直撃して炸裂した。


「くそ、魔導銃のことを忘れちまった」


 脚部パーツを完全破壊できなくても、移動性能は少しでも下がったはず。


 俺は魔法を止めてまた近接攻撃を仕掛けた。


「お前……仲間の仇を討ってやる!」

「仲間の死は国のせいだと思わないのか。侵略を仕掛けたのはそっちだぞ」

「黙れぇ!!!」


 俺の言葉で彼は激怒した。


「ちっ、気が変わった。捕獲はもういい。お前の仲間をぶっ殺してやる」


 彼が転向してC11に居たところに突進したが……。


「消えた!?センサーオーバーロード……、そうか……そういうことか!」


 どうやらこっちには協力者がいることに気づいたが、もう遅かった。


「どこまで俺様を邪魔する気だ!!!」


 彼は怒りに任せて大剣を振って来た。


 しかし脚部パーツの破損により機動力が低下していて俺はあっさり攻撃を避けられた。


 後ろに下がりながら少し前に入手した蛇腹剣を召喚してその大剣に巻いた。


 そしてワイヤーを伝って稲妻を模した魔法攻撃を仕掛ける。


「くっ!この武器は……まさか、お前は技術者の護衛だったのか!?」

「そうだが」

「よくもまた俺様の部下を……っ!!!」


 魔法の持続攻撃で若干動きが鈍くなったが彼は蛇腹剣を掴んで引き千切った。


 やはり魔駆動装甲は厄介な兵器だ……。


 すぐ反撃に備えたが彼は突っ立ったままだった。


「これを使うつもりじゃなかったが、もういい。リミッター解除!」


 魔駆動装甲の魔力が膨れ上がっていく。いや……、それは彼自身の魔力か。


「あの時は無力だったが今はもう違う……、今度はこの手で無念を晴らしてやる!」


 その次の瞬間はもう刃が目前までやってきた。


 本能でカンを戻して二つの武器で受け止めたが、角棒の鈍器が今までと違う破壊力で折れた。俺もその衝撃で後ろに大きく飛ばされる。


「何という速さと威力……」


 飛来するミニミサイルを投げ剣で対応し、なんとか体勢を立ち直った。


 大剣に纏っている魔力が段違いになっているし、おそらく機動力も比例的に増加した。もし脚部パーツを破損させなかったら防御すら間に合わなかったかもしれない。


 さらに追撃来ると思ったら彼がよろめいた。さっきも動きが鈍くなる瞬間があったが今はさらに大きくなっている。


 とはいえ、いつ立て直すか分からないので無闇に間合いに入れない。それにC11を救出した今はもう時間がこっちの味方だから積極的に攻める必要もない。


「お前……」


 その声色から相当体に負担が来ていると分かる。


「お前が大事にしてるすべてを蹂躙してやる……」


 戦いに集中せず何を言っているのか……。


「お前の家を荒らし、お前の友人を殺し……」


 回復の時間稼ぎか、それとも暴走しかけているのか。夥しい魔力のせいで判断できない。どうするべきか。


「お前の大切な女を死ぬまで凌辱する!」

「貴様……」


 ……。


 落ち着け、ヴィルヘルム。怒りに呑まれてはいけない。


「そうだな。手足一本ずつ折って、鳴き声が出なくなるまで犯し――」

「黙れ!例え王族だろうが不届き者を彼女に指一本触れさせない!!!」


 憤怒のせいか、体の芯が燃えて魔力が沸騰しているような感覚になった。


「はっ!威勢がいいじゃないか。やれるならやってみろ!」


 瞬きの次見えるのは至近距離の敵。


「なっ!?」


 しかし驚愕の声からして、これは彼にとって想定外の出来事。


 振り下ろされた剣が分厚い装甲と衝突し、魔力のぶつかり合いで凄まじい衝撃波が発された。


 お互い再び間合いを取った時ようやく理解した、俺は頭で考えるより体が先に動いていた。


 このイライラしてならない感じ、動き出したくて仕方がない感じ、おそらく魔力が体の許容範囲を越えている時の感覚だが、なぜいきなり?


「今まで以上のスピード……まさかまだ奥の手があるとは。これこそ殺し甲斐があるぜ!」


 殺す。


 そう……、奴を殺したい、塵さえ残さず燃やしてやりたい……!


 燃え盛る内なる炎がそう訴えている。


 しかし、色んなことを経験してきた俺は分かる。奴を潰してもその背後の組織が存続する限り問題は残っている。エレナの生活を守るためには、ソラリス王国に危険を及ぼす組織を完全に叩き潰さなければならない。情報を吐かせるのに奴を捕まえてルナエに引き渡す必要がある。


 濁っていた思考が晴れていき、頭脳明晰な状態に戻ってきた。


 訳わからないが魔力が異常に湧いてくるし体はいつもより軽い。


「なんだ?かかって来ねぇならこちらか行くぞ!!!」


 イカルスの尖兵がまたかかってきた。


 軽い攻撃とミニミサイルは剣で捌いて、重い攻撃は回避する。


 俺はとにかく極力消耗を抑えるつもりだが、しかし極限に近い身体強化はずっと続けられる訳がない。漲ってくる魔力のおかげで気を付ければ魔力が切れないが、体の疲労は溜まる一方だ。


 C11を助けてくれたソムリエを信じて時間を稼ぐしかない。


 身体強化を抑えて自分に回復魔法を掛け続ける。これで肉体への負担を相殺できるはず……。後は魔力の余裕があれば長剣にチャージするか。


「はああああ!!!」


 敵の猛攻は続く。やはり無視できない攻撃を与えて攻勢を挫くべきだ。


 大剣による重い一撃を巧妙に逸らして大きな隙を作り、首回りのパーツを狙って魔導銃をぶっ放す。


 思った通り彼はパーツが当てられないように体を捻った。銃弾は胸部装甲に当って爆発したがその崩れた体勢で彼が後ろに倒れそうになった。


 また魔導銃による攻撃を警戒し始めた奴は、攻勢を緩めるしかなかったから、しばらくは戦いやすくなるだろう。


 そういう感じで遣り合って、魔導銃に弾が残り一発しかない時、俺はヘマをやらかした。


 肉体への負担は軽減したものの、魔法を使い続けるによる霊体への負担のせいで俺は眩暈がしてよろめいた。その隙を見てイカルスの尖兵は高く飛び上がって大剣を振り下ろす。


 回避が間に合わない。


 命を預けるなら――


 一生懸命頑張ってくれた彼女を信じて長剣を頭上に構えて攻撃を受け止める。


「うおおお、死ねぇええ!!!」


 剣身に纏っている魔力同士がぶつかり合い、激しい衝撃波を生じ続ける。


 その裏腹に、長剣の魔力調和コアが柔らかく光っていてまるでどうともないと訴えているようだ。


 鈍器でさえ切断されるような重い一撃をこの長剣は耐え切った。


「とっとと死ねよぉおおお!」


 彼の肩にある発射器の発射筒に、ミニミサイルが装填されるのを見た!


 しかし足が地面に食い込んで動けない。


 身体強化と回復魔法に使っている魔力を魔法障壁に回すべきかと悩む瞬間だった。


 敵の両肩に爆発が起こった。


「護衛さん、大丈夫か」

「ああ……」

「対策を用意してきた!」


 横からソムリエが現れた。どうやら爆発は彼女の魔導銃によるものだった。


 ソムリエがさらに援護射撃をして、イカルスの尖兵はやむを得ず大きく後退しながら大剣でそれを弾く。


 しかし、弾丸の威力を把握した後、彼は防御をやめた。


 これは……!


「ソムリエ、下がって!」

「っ!?」


 庇おうとするが、よろめいてしまって一歩遅れた。


 目で捉えられないような速度でソムリエに接近し、イカルスの尖兵は大剣を振り下ろした。


 連続で甲高い音が三回した。


 そしてイカルスの尖兵が吹き飛ばされた。


 そうか、プロテクターか。


「私は大丈夫!」


 だが安心するのは早かった。


「お前の仲間を殺してやる!!!」


 装甲の脛パーツが変形し、発射器が現れた。手の内すべてを見せないところ彼は本当に狡猾だ。


「ソムリエ!」


 今度こそ身を挺して彼女を庇う。


 2、4……、ミニミサイルは全部で8本!


 全身全霊の魔法障壁を張ってやる!


 錬金兵器が魔法障壁にぶつかった瞬間魔力の刃を放った。


 1、2……4本目……、魔力の刃を相殺したが、魔法障壁は瞬く間に弱くなった。


 そして5本目で魔法障壁は粉砕された……。


 残りのミニミサイルの一つは左胸に向かっている!


 致命傷を負うという事実を受け入れようとする瞬間、胸のところが光った。


 そして痛みが走った……。


 が、脇腹と腕に掠り傷を負っただけで、胸は無傷だった。


 もしかしたらと思い、裏ポケットからお守りを取り出したが、それが微かに光っていた。光がすぐに収まったが、僅かに残っている魔力でお守りのおかげで助かったとなんとなく思う。


 ……ちゃんとお礼を言わないと。でもまずは目前の問題だ。


「護衛さん!?」

「軽傷だ。それより対策とやら今がチャンスだぞ」

「分かった」


 ソムリエは魔導銃を構え、アンダーバレルランチャーで何かを放った。


 吹っ飛ばされて立ち上がろうとするイカルスの尖兵にそれが見事に命中して貼りついた。すると彼は動きが鈍くなり、膝をついた。


「魔導銃にまだ弾薬がある?私のものだと威力が心許ない」

「ああ、まだ一発が残ってる」

「あの首のパーツを狙って。あれが投薬装置なの」


 それを聞いた俺は直ちに最後の一発を放った。


 暗い森を一瞬真っ昼間みたいに明るくなって、焼かれた空気の匂いと共に轟音がした。


 魔駆動軽装甲の頸部パーツに大穴が出来て、中から絶えず液体が流れ出した。


「あれは……回復薬か」

「強化薬と狂暴化の副作用を中和する鎮静剤も含めていると思う」


 だからあのような動きを長時間でできると言うのか。


「オマエ……!コロス!ウオオオォォォォォオオオ!!!!」


 苦しみながらの拳を振り回す彼は理性を失いつつ恨めしく大声を上げた。


 回復薬と鎮静剤が投入されていない今、あの装甲を使っていた反動で激痛がするだろう。


「……終わらせよう」


 長剣に魔力を込める。


 彼を跳び越えて後ろから魔駆動コアのある部分に長剣を押し込んだ。


 干渉装置のおかげで装甲の防御魔法が弱くなっていて、長剣はすんなりとコアに届いた。


 夥しい魔力が漏れ出てくる。


「ガハッ……」


 コアを破壊した手応えと共に、目の前の敵が動きを止めて前へ倒れ込んだ。


「し、死んだの?」

「いや、コアが破壊された時の魔力で気を失ったかもしれない」


 ヘルメットを剥がして、首の脈動を確認する。


「まだ生きてる。『影』に引き渡そう」


 日が完全に沈んだ頃、スーちゃんが現れて『影』のエージェント数人がやってきた。その中にはサポート役の双子もいる。


「C11にC12か、二人とも大丈夫か?」

「はい、おかげさまで私は無事でいられた」


 どうやら霊薬のおかげで手足はちゃんと治ったそうだ。


「私は増援を連れて来たの。こちらはディヴィジョンDのD3さん」

「初めまして、ヴィルヘルム様。この場はディヴィジョンDの姉妹たちが引き受けたわ。あの双子が捕まえていた人ももう見つけた」

「それはよかった……」

「それと、憎き敵を確保してくれてありがとう」


 深くお辞儀する彼女。


 最初は穏やかなD3だったが、『憎き敵』という単語から怒りを感じ取れた。


「お恥ずかしいながらディヴィジョンDはあの敵のせいで被害が出ていた。奴から情報を聞き出して対策を練ると思うの」

「ああ、そのつもりで奴を殺さなかった」

「ご配慮、本当にありがとう」


 感激の気持ちからか、彼女はまたお辞儀をした。


「あなた方はさぞお疲れでしょうから、今日は是非私達の拠点でお休みください」


 旅館で休んでもいいけど、今の調子ではとても護衛を務めると思えないから彼女の申し出はありがたい。今日はルナエの拠点を借りるとしよう。


「ならお言葉を甘えよう」


 後片付けはディヴィジョンDのエージェントに任せて、俺達はすっかり暗くなった森を後にしたのだった。


 明日にはエレナに会える。と、俺は何となしに期待しながら。

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